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自慢ではないですが、シスコンなので






最近、ニール様の様子がおかしい。

いつからか、というと、あの夜会の日からだ。


もともとぼんやりしていることは時々あったが、さらにソワソワしていることが増えた。ニール様は手が空いたときに魔法を教えてくれることがあるけれど、そういう時も突然、心ここにあらずになることがある。



「ニール様、と、止まらない!止まらないです!」

「…」

「ニール様ー!」

「えっ!あ!ごめんなさい!」


ニール様のお陰で、僕は魔法が使えるようになった。でも、時々こうして制御不能になってしまう。

そういう時、普段ならすぐに止めてくれるニール様は、今日は声をかけてもどこかをぼんやり見ていた。


ようやく反応してくれたニール様により、僕の水魔法は止まった。が、庭に大きな水たまりができてしまった。


ニール様はやっぱり何かを考えている様子で、ぼんやりしながらも的確に魔法を操り、温風を出して水たまりを乾かしていく。

この人は、やっぱりすごい。



「ニール様、ありがとうございます」

「いえ…。アルト君は、やっぱり魔力量に対して精霊の加護が強い傾向にありますね。操作を覚えていかないと」

「はい」


みるみるうちに乾いていく水たまりを見ながらアドバイスをしてくれていたニール様は、ふと視界の隅に人影が通るとそちらに視線を向け、またぼんやりとし始めた。




最近のニール様が挙動不審な理由。

それは十中八九、今通った人影、つまり僕の姉さんだ。




姉さんは僕より7つ年上で、ずっと僕の親代わりをしてくれてきた人だ。

物心ついたときには、両親は金と見栄のことしか頭になく、彼らに親らしいことをしてもらった記憶などほとんどない。

姉さんは僕のことを想ってか、両親を悪く言うことはあまりないけれど、僕は親に対しての情など最早ほとんどない。




僕の家族は姉さんだけだ。




僕は姉さんのことが世界で一番大事だけれど、同時にずっと罪悪感も感じていた。



7つ年上の姉だと言っても、姉さんだって子供だった。それなのに僕を育てなければと、親が蒸発する前からすでに、姉さんは必死だった。


孤児院に入れられたときは、むしろほっとしたくらいだ。親なんていてもいなくても変わらない存在だったし、これで姉さんと一からスタートできる、なんて思った。



でもそれは、浅はかだった。

借金取りは孤児院にまで追いかけてきて、姉さんが成人した途端、孤児院側と共謀して姉さんを娼館に売り飛ばした。



あの時は、絶望した。



何度も孤児院を抜け出して、姉さんが売られた娼館を探そうと歓楽街に忍び込んだ。



でもまだ9歳の子供に何ができるわけもなく、姉さんを探し出すこともできずに、僕はただ泣いてばかりだった。




奇跡が起きて姉さんが僕を迎えに来てくれたときは、本当に夢のような思いだった。

娼館で何があったのか、姉さんは詳しくは話してくれなかった。店には出ずに済んだのだと言っていたけれど、それが本当かはわからない。

どちらにせよ、僕はその時、二度と姉さんが傷付けられないよう、早く立派な男になると誓ったのだ。



でも、現実は厳しい。

子供の僕にできる仕事などほとんどなく、姉さんは家計を支えるために仕事を掛け持ちして働いた。僕は家事と小遣い稼ぎ程度の仕事しかできない。



僕を学校に行かせるのだと意気込む姉さんに、そこまでしてくれなくてもいいと、何度も言いそうになった。でも、教育が無いと得られる仕事の幅が狭まるのも事実。将来僕の稼ぎで姉さんに楽をさせてあげるためには、確かに学校を卒業すべきではあった。




姉さんに早く楽をさせてあげたい。

でもそのためには成人するまで、姉さんの庇護下にいるしかない。




僕は毎日葛藤していた。


 



姉さんがニール様と出会ったのはそんなときだった。姉さんを侍女にと望んだニール様は人を見る目がある。

ニール様は僕たちを屋敷に住まわせ、姉さんにはこれまでの仕事の倍額近い給料を出してくれているらしい。さらに居候のはずの僕に、勉強の機会まで与えてくれている。




ニール様は僕にとっての大恩人だ。






そんなニール様が、僕の姉さんに熱い視線を注いでいる。

それがどういうことかなんて、子供の僕にだって分かる。

姉さん自身は気づいていないようだけど。


姉さんはこれまで、年頃の女の子らしいことがほとんどできてこなかったから、恋愛面では絶望的に鈍い。恋で飯が食えるのか?という恐ろしい発言をしていたこともある。

まあ、姉さんに悪い虫がついても嫌だったから、僕も姉さんの恋愛遠さにはあえて口出ししてこなかったけれど。




ニール様なら、きっと姉さんを幸せにしてくれるだろう。ニール様は良い人だし、社会的地位も稼ぎも十分にある。

ただ、男として魅力的かと言われると、微妙だ。どう考えても、俺について来い!というタイプではないし。


姉さん自身、俺様な男は好きではなさそうだから、かえってニール様のような人の方が相性はいいのかもしれない。




でも、やっぱり少し複雑だ。男としてではなくとも、姉さんを幸せにするのは自分でありたいと思っていたので。





それでもやっぱり、姉さんの幸せの為には、僕はニール様を応援すべきなんだろう。





「ニール様」

「あ、はい。どうしました?」

「姉さんが好きなんですか?」

「ふぁーっ?!ど、ぐぇっ、ゲホっゲホっ!え、わぁっ!」


ガシャーン!!


ニール様は僕の突然の質問に奇声をあげたかと思うと、むせて咳き込み、そのまま後退して背後に置いてあったバケツに足を突っ込み転倒した。


「…だ、大丈夫ですか…?」

「は、はい…すみません…」


僕はニール様に手を貸すと必死に彼を起こした。

ニール様は背が高いので、意外と重い。まだ子供腕力の僕では助け起こすのに一苦労だ。



「あの、姉さんが好きなんですよね?」

「だっ?!?!?!」


立ち上がったニール様に容赦なく同じ質問を投げかけると、ニール様はまた奇声をあげ真っ赤な顔をした。

僕が視線をそらさずにいると、ニール様は観念したのか、困ったように眉を下げた。


「…分かります?」

「はい。多分、皆気づいてます。気付いてないのは、姉さん本人ぐらいかと」

「…嬉しいような悲しいような…」



ニール様ははーっとため息をつくと、外にも関わらず地面に座り込んだ。

僕もその隣に腰掛ける。



「ニール様は姉さんと結婚したいんですか?」

「けっ?!?!け、け、結婚なんてそんな」

「恋人にはしたいけど結婚はしないってことですか?」

「ええっ?!ち、違いますそうじゃないです」

「では、結婚したいってことですよね?」

「アルト君…今日はやけに畳み掛けますね…?」

「姉さんのことなので」


僕が真剣に言うと、ニール様にも伝わったようで、まだ顔を赤くしながらも、ゆっくりと話してくれる。


「…確かに僕は、アメリアさんが、す、す…好きです。でも、今すぐどうこうしようという考えはなくて…アメリアさんのお気持ちをもちろん尊重しなくては、ですし…いきなり雇用主の僕からそんなこと言われたら、断りづらいとも思いますし…」



なるほど確かに、雇い主に言われたら気を遣って断れない人もいるだろう。姉さんは多分、嫌なら嫌と言うと思うが。



それに僕自身、姉さんがニール様をどう思っているのか、いまいち掴めていない。僕に向けるような慈愛の視線を向けていることがあるので、男というより弟枠として見ている気がする。

それはそれで少々複雑だ。姉さんの弟は僕だけでいい。




「…姉さんは恋愛面に関しては多分、もの凄く鈍感です。姉さんがどう思っているかを知るためにも、まずは二人きりの時間を増やしてはどうですか?」

「ふ、二人の…?」

「はい。二人で出かけるとか、贈り物をして特別な会話をしてみるとか」


傍から見たら23歳の大人が11歳の子供に膝を突き合わせて恋愛相談という、なんともシュールな光景だ。



「…二人で出かける…ハードル高いですね…。」

「でも、ニール様。姉さんは結構、モテますよ。気付いたら恋人ができているかも」

「ゔっ」


ニール様が傷付いたように胸を押さえる。想像してダメージを受けたらしい。



「僕としても姉さんがどこの馬の骨かもわからない男に攫われるより、ニール様のような方と幸せになって欲しいという思いがあります」

「アルト君…」

「なので、気張ってください。姉さんを本気で好きならば!幸せにすべく!気張ってください!!」

「はっ!!はいぃぃ!!」



うっかり大恩人に向かって偉そうに迫ってしまった。

が、この件に関しては大目に見てほしい。





自慢ではないけれど、僕はシスコンなので。






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