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精霊に愛されすぎた男







ガタゴト、と揺れる馬車に、アメリアとニールは向かい合って座っている。


先程までニールはしきりにアメリアに怪我がないかと心配していたが、本当にアメリアに怪我はないと確認し、馬車へ乗り込んでからは、何かを考え込むように押し黙って窓の外を見ている。




アメリアは後悔していた。

あの場をやり過ごす方法は他にもあったはずなのに、結局令嬢を煽り、ドレスを破られ、ニールに心配をかけてしまった。


思えば、ニールに初めて出会った時もそうだった。チンピラを相手に女一人で立ち向かうなど、浅はかだ。全く、頭に血が上ると後先考えなくなるこの性格は、どうにかしないといけない。





アメリアがすっかり落ち込んでいると、ニールがおずおずと話しかけてきた。


「…アメリアさん」

「は、はい」

「…あの、すみませんでした」

「えっ?」


アメリアが驚いて目を見開くと、ニールは心底申し訳無さそうにうつむいた。


「ニール様、どうして謝るんです?私、ニール様に何もされてません」

「…怖かったですよね?」

「え、あのご令嬢たちですか?全然ですよ、あれくらい子犬にじゃれつかれたようなものです」

「こ、子犬…。いえ、そうじゃなくて、いやそれもなんですけど、その」


ニールは何か言いたいことがあるらしく、しどろもどろになりながらも一生懸命言葉を選んでいるようだった。

そしてしばらくすると、意を決したように顔を上げた。


「…その、怖かったですよね?僕…」

「え?」

「あの女性たちに、僕、柄にも無く怒ってしまって…それで、その」



アメリアはニールの言いたいことを何となく理解した。

アメリアは魔法にも精霊にも疎いが、ニールがあの時、単に怒っただけではないような気はしていた。彼の瞳はあの時不穏に揺れ、表情もいつものそれと違っていた。

だから思わず手を握って、彼の名前を呼んだのだ。




「ニール様が何となく普段と違うことには気付きましたけど、怖くはなかったですよ。ただ、ちょっと不安でした」

「不安、ですか?」

「はい。私の知ってるニール様が、いなくなっちゃった気がして」


アメリアがそう言うと、ニールは少し困ったように眉を下げ、両手の指先を落ち着きなくすり合わせた。


「不安にさせて、すみません。その、頭に血が上って我を忘れて暴れるとか、そういうことはないんですが」

「そんなニール様想像もできませんよ」

思わずアメリアが苦笑すると、ニールも少し微笑んだ。


「…僕が魔法に関してだけはそれなりに優秀なのは、精霊の意志を何となく理解できるからなんです。言葉を完全に理解しているわけでも、はっきりと全てがわかるわけでもないんですが、何となく、伝わってきます」



アメリアはニールがアルトに魔法を教えていたときのことを思い出す。確かに彼は、同じようなことをアルトに言っていた。


「これに関しては研究中で、いくつか論文を出したりもしてるんですが…まだ自分でも、よくわかっていないことが多いです。まぁ、それは今は関係なくて…とにかく僕は精霊の意志がなんとなく分かり、そしてそれはどうやら逆もそうなんです」

「逆、と言うと…ニール様の意志が伝わりやすいってことですか?」

「はい。そして精霊は、僕の魔力がとても好きなようなんです。なので彼らは、僕に魔法を使わせて、対価として魔力を得たがる。おまけに僕の心身状態が良いと魔力の質も上がるようなので、精霊は僕の望みを積極的に叶えようとします」

「えーっと…」

「す、すみません。分かりづらかったですよね。つまり僕に加護を与えている精霊は、僕が望んでいようがいまいが、僕の望みを叶えようとするんです。」




ニールは少し考えるように、視線を宙に彷徨わせた。


「…これは極端な例、ですが。例えば僕が、朝起きるのが嫌だなあ、朝が来なければ良いのに、と思ったとします。そうすると精霊が、本当に朝が来ないようにしようとする。もちろん僕は本気でそんなこと望んでいませんが、精霊には本気かどうかなんてわからない。そんな感じです」

「ええっ!?」


アメリアは目を限界まで見開いて驚いた。

なんだ、そのとんでもない爆弾は!



するとアメリアの様子を見て、焦ったようなニールが補足を始める。


「もちろん、実際にはそんなこと起こりません。そんな大規模な現象は精霊をもってしても起こせませんし、僕は魔力量自体はそこまで多くないので、大がかりな魔法もたくさんは使えません。何より、そうならないようコントロールできるように、小さい頃から訓練してきましたから、万一にもそんなことは起こらないです」


ニールはただ、と付け加えた。


「精霊には人間のそういう機微はわからないし、彼らには関係ないんです。彼らは純粋に、気に入った人間、というより魔力、ですが…を、文字通り加護します。なので、滅多にないんですが…僕が怒ったり悲しんだりすると、その対象を遠ざけようと、勝手に動くことがあるんです」


アメリアはそこまで聞いて、ニールが何を説明しようとしてくれているのか、理解した。


「…あの時、エメラルダ様達にニール様が怒ったから、精霊が反応した…ってことですか?」

「…そうです」


お恥ずかしながら、とニールが呟く。




「あんなことは滅多にないので…あのご令嬢達も怖がっていましたし、アメリアさんも怖かったのではないか、と…。本当に、ごめんなさい」

「ニール様…」



悲しそうに謝るニールに、アメリアは胸を締め付けられた。

彼はまるで自分の責任のように言うが、それは違うだろう。ニールがたまたま精霊に強烈な加護を受けているからそうなってしまっただけで、彼のせいではない。



「ニール様が謝る必要なんて、全くありません。むしろ謝るのは私の方です。騒ぎを起こしてしまって、申し訳ありませんでした」

「えっ!そ、そんな、アメリアさんはちっとも悪くないです」

「でも、ニール様に心配をかけてしまって」

「そんな、元はと言えばアメリアさんを巻き込んだのは僕ですし」

「私がもっと上手く立ち回れていれば」

「それは僕の方です」


謝罪合戦がしばらく続いた後、二人はじっとりと目を見合わせ、吹き出した。


「…す、すみません」

「ふふっ…。ニール様、これはおあいこってことで良いでしょうか」

「おあいこ、ですか」

「はい。だからお屋敷に帰って、反省会をして、お疲れ様会をしましょう。二人で!」


アメリアがニッコリ笑うと、ニールは眩しいものを見るように目を細めた。




「…あの」

「はい?」


ニールは非常に言いにくそうに下を向いている。

せっかく顔を上げてくれていたのに、アメリアはなんだか残念に思った。


「嫌になってませんか?僕のこと…」

「え?」


ニールはどんどん沈み込んでいく。


「…誓って、暴走はさせません、が…。僕のこの体質は、爆弾を抱えているようなものだとは、理解しています。だから、面倒だとか、怖いとか、言われても、仕方ないって思うんです…」


ニールの声は震えている。

アメリアは無性に悲しくなった。そして、ちょっと怒った。


だからアメリアはニールの膝に手を乗せ、ぐっと身を乗り出して、うつむく

ニールの顔を覗き込んだ。



「ひぇっ!?あ、アメリアさん!?」


突然至近距離に現れたアメリアに酷く驚いたニールは、もはや叫び声に近い声を上げた。


「ニール様。心外です!」

「へっ?」

「私は確かにただの侍女ですが、だからこそ、ニール様には恩義を感じてます。私も、アルトも、ニール様に大事にしてもらって、本当に感謝してるんです!ニール様に対して、これくらいのことで面倒だとか、思いません」

「アメリアさん…」

「それに私、ニール様のこと、魔法とか精霊とか関係なしに、尊敬しているんですよ」

「そ、そんけい!?」

「はい。だってニール様、ご自身の性格上絶対に辛いってことも、投げないで頑張るじゃないですか。賢人のお仕事も、今回の夜会だって、いつも結局やり遂げていて、私、すごいなって思ってるんです」



ニールは確かに内気で気が弱くて、泣き言だってたくさん言う。でもアメリアは少なくとも彼と出会ってから、彼が何かを中途半端に諦めたり放り投げたのを見たことがない。



「もっとあります。ニール様は思いやりのある方で、使用人にも優しいし、物を大事にするし、好き嫌いなく食べるし、ちゃんと毎日お風呂に入るし、あと…」

「あ、アメリアさん、どうしたんですか…っ!?」



熱が入るあまりニールに襲いかからんばかりの体勢になっていたことに気付き、アメリアはさすがに身を引いた。



ニールは涙目で顔を真っ赤にしていて、なんだか純情な少女に襲いかかったような罪悪感がある。相手は成人男性だと言うのに、なぜだ。


アメリアはえほん、と咳払いした。


「…つまり。ニール様のその体質がニール様の一部である限り、私は何も怖くありません。ニール様が制御できると仰るならそう信じられますし、例え暴走したとしても体当たりとかして止めてみせます。それくらいの忠誠心は、持っているつもりですよ?」


アメリアがえっへんと胸を張ってみせると、ニールはしばらく口を開けて呆けた後、穏やかな顔でふーっとため息を付いた。



「…ありがとうございます、アメリアさん」

「…っ!」


ニールはこれまでアメリアが見てきた中で一番、ゆったりと、花開くような笑顔を見せた。

男性に花開く、は少々珍しいかもしれないが、まさに蕾が咲いたような、そんな笑顔だった。


アメリアはその笑顔にあてられたのか、なんだか顔が熱くなり、思わず目を逸した。



(…ニール様は、いつも不意打ち…)






しかし、精霊に加護されすぎるというのは、きっと想像を絶するほど大変なことだろう。幼い頃からそうだったと思うと、アメリアはニールが気の毒に思えた。子供なんて、いつ感情を爆発させてもおかしくない。その度に精霊に気を遣うのは、ものすごく大変なことだ。


そこまで考えて、ふと、アメリアは思い当たった。


「…じゃあニール様が滅多に怒らないのも、人とあまり関わらないようにしているのも、内気でお屋敷にこもりがちなのも、そういう理由で…!?」

「あ、それは元からの性格です」


違った。即答された。ニールの性格は元々の性分だったらしい。


でもそれなら良かった。アメリアがそっと胸をなでおろしていると、ニールが突然、今日最大の爆弾を落とした。




「あ、このことは、家族とテオ、あとローズくらいしか知らないことで…殿下にも誰にも言っていませんので、アメリアさんも内緒にしておいて下さい」

「なんですと!?!?」



アメリアが今日一番の叫び声を上げると、ニールは「わあっ」と飛び上がった。






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