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胸を占めるこの想いは

ニールは困惑していた。


今ニールは、会場付近で待機していた辻馬車の一つに声を掛け、アメリアが来るのを待っていた。行きは王家から迎えが来たが、帰りはさっさと帰るつもりだったので、王家の馬車ではなく辻馬車を借りるのが良いと考えたのだ。こういう夜会の時は、馬車は付近にたくさん用意されている。




王太子フェリクスは、予想はしていたが二人の関係を怪しんだようで、アメリアに探るような問いかけを浴びせていた。

普段大人びているので意外だったが、煽られたアメリアは少々むっとした顔で、ニールの良いところをいくつも挙げて反論したから、ニールはとても驚いた。




でももっと驚いたのは、ニールが一連のアメリアの振る舞いを、嬉しい、と感じたことである。



褒められて嬉しい、と感じるのは、多分普通のことだ。

でもニールが感じたのはそういう嬉しさではない。もちろんそういう意味でも嬉しいが、ニールが何よりも嬉しく、そして安堵したのは、アメリアが見目麗しい王太子や他の貴族男性に目もくれず、自分だけを見て、褒めて、会場に何の未練も残さずニールの屋敷でご飯を食べたい、と言ったことだった。




ニールは着飾ったアメリアを連れて会場に入った時、注目を浴びるというプレッシャーからもちろん失神しかけたが、もう一つ、急激に不安に感じたことがあった。


会場にいる若い男性が、アメリアを見ている。それはもちろん、普段全く公の場に姿を見せない賢人のエスコートで現れた謎の女性だから、ということもあったと思うが、何よりアメリアはとても綺麗だったのだ。



アメリアは美しい女性だ。そして今着飾った彼女は、想像よりもずっと、目を引く存在だった。

隣に立つ彼女はとても緊張していて、ニールがよく知る彼女なのに、急に遠い存在になってしまったような気がしたのだ。



もしこの場でアメリアにとって良い男性が現れて彼女を誘ったら、彼女はその男性のことを好きになるだろうか?彼女は真面目だし義理堅いから、この場ではニールと共にいてくれるだろうが、後日会う約束などをして、結婚して、ニールの側から離れて行ってしまうだろうか。


王太子フェリクスだって、とても美しい見目をしている。彼は婚約者がいるからどうこうなるなど考えてもいないが、比べられて余計ニールが野暮ったく見えないだろうか。


今までニールの狭い世界に閉じ込められていたアメリアが、急にどこかへ行ってしまう気がして、そしてそれを嫌だと自分勝手に考えた自分がとても情けなくて。



偽りの恋人だと言うのに、無意識に「アメリアとしか結婚しない」なんて言ってしまったのも、自分のそんな欲が表れたものだったのだと思う。

アメリアにとっては迷惑な話だったはずだ。

それなのに、ずっと侍女でいたいなんて言って、彼女がニールの元から去っていかないことに、ニールは心底安堵して、嬉しかったのだ。

そしてそんな執着めいた感情を他人に抱いたことのなかったニールは、たった数ヶ月しか共に過ごしてきていないアメリアに対してそう感じたことに、ひどく困惑している。





アメリアは不思議とニールが最初から受け入れられた存在で、前向きで元気で明るく、屋敷を照らしてくれる存在。

他の使用人にとっても、彼女の存在はきっと大きい。だから、いなくなってほしくないのだろうか。




ニールは今日、着飾った彼女を目にした時に感じた衝動を思い出した。

普段のお仕着せの彼女だって好きだけれど、ニールの瞳の色のドレスを着こなして、ローズと一緒に頑張ったんだという髪型や化粧で一段と華やかになって、何よりそんな格好をして嬉しそうに笑うアメリア。


あの時ニールは確かに、彼女に触れたいな、と思った。



はにかんで笑うその桃色の頬に触れてみたい。ふんわりと結い上げられた髪に触れてみたい。初めて見る、ドレスからむき出しになった、思っていたよりもずっと細いその肩を、抱きしめてみたい…



(…うわーーっ!!)



そこまでを回想して、ニールはヘナヘナとその場に蹲った。自分が考えていたことがあまりにも恥ずかしくて、泣けてくる。


こんな顔、誰にも見られたくない。

でもアメリアのことを考えていたから、一刻も早く彼女に会いたくて堪らなかった。

ついさっきまで、一緒にいたというのに。



(…ああ、もう…)



ここまでくれば、誰にだって分かる。

いくら女性関係、それどころか他者全体との関係に疎いニールにだって、分かる。



「…好きになってしまった」



ニールはアメリアが好きなのだ。女性として。彼女を、愛している。





そう気づいたらもう、堪らなくなった。

恥ずかしい。誰に聞かれたわけでも、見られているわけでもないのに、もう堪らなく恥ずかしくなって、ニールはせっかく整えられていた髪を思わず振り乱して顔を覆った。


もし誰かが見ていたら、きっと変質者だと思ったに違いない。






「…落ち着け。だからと言って、何かが変わるわけじゃ、ないし」


アメリアへの気持ちに気付いたからと言って、はいでは告白しようなんてことには、ニールの性格上ならない。


とりあえずアメリアは当分侍女として屋敷にいてくれるのだから、それで良いではないか。恋人同士になるなんて、そんな夢のようなこと、ニールには無理だ。アメリアはニールのことを、ただの雇用主だとしか思っていないはずだし。こんな自分じゃ、想われたって、アメリアには迷惑かもしれない。

…それにニールには、アメリアにはまだ説明できていない「体質」もある。




…でも、今は良くても、一年後は?五年後、十年後は?変わらずアメリアは側にいてくれるだろうか?そんなに時間が経てば、彼女だってきっと結婚するだろう。それを自分は、指を咥えて見ているのだろうか。



でも、だからといってどうしたら良いのだ。対人関係が壊滅的なニールには、どうしたら良いのかがさっぱり見当もつかない。



普通の男性は、どうしているのだろう?

両親はどうやって結婚したのだろうか。実家の兄や姉は、どうやって今のパートナーと結ばれたのだろうか?



(…わからない…)




ニールが途方に暮れていると、ふと、周囲の風がざわめいた。

精霊の仕業だということは、すぐに分かった。ニールは精霊の言葉を全て理解しているわけではないが、彼らが何かを伝えようとするとき、その意図を理解することに長けている。



ざわざわ、ざわざわ、ニールの周囲で彼らが落ち着きなく騒ぐ。ニールは彼らが危険を伝えようしていることを理解した。

すぐに周囲を警戒するが、何もいない。



精霊は基本的に、ニールの望みに沿うように行動する。それは以前アルトにも説明したとおり、そうやって彼らの好む魔力をニールから得るためだ。そして彼らは人が思っている以上に、人の感情に敏感だ。本人も気づいていないようなことに気付き、察して、勝手に行動してしまうこともある。

だからこうして騒いでいるということは、ニールが望まない何かが起きているということ。

現状、ニール自身に何も起きていないことを考えると、考えられるのは…



「…アメリアさん?」



アメリアはニールが大切に想う存在だ。当然それは、精霊にも伝わっているだろう。



そういえば、いくら手洗いに行っているとはいえ、遅い気がする。

彼女に何かあったのかもしれない。



ニールは精霊たちに導かれるまま、アメリアを探して走り出した。






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