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アメリア、懐かれる(成人男性に)

宜しくお願い致します!

「アメリアちゃん、こっちの野菜安いよ!」

「お嬢ちゃん、今日うちは肉の特売日なんだ!寄っていきな!」

「おじさん、おばさん、ありがとう!仕事終わりに寄るね!」


アメリア・バーンズは一つに結んだ栗色の髪を揺らし、急ぎ足で市場を抜けた。

空色の瞳はくるくると辺りを見回し、帰りに購入すべき特売品を頭に叩き込んでいる。


健康状態良好。18歳と若く、体力があり、手先も器用。文字の読み書きも出来るし、高等教育は無理だったが幼い頃は貴族の子弟が通う学校に通っていたこともある。


なかなかに有能な彼女だが、今その彼女の才能はほぼ全て、「お金を稼ぐ」ことに全振りされていた。



アメリアは“バーンズ“などという立派な名字を持つ貴族だった。元、である。

彼女の両親は悪質な人物ではなかったが、絶望的に金管理と領地経営の才能がなかった。

アメリアが物心つく頃には借金をこさえ、思春期を迎える頃にはその額はもうどうにもならないほど膨らんでいた。


アメリアが15歳になる頃、両親はアメリアとまだ8歳の弟を親戚に預けたまま蒸発した。

親戚は自身の元にまで借金取りが来ることを恐れ、早々にアメリア達を孤児院に預け消えた。


それから1年はアメリアにとって暗黒の1年だ。

借金取りはアメリアたちの居場所を突き止め、孤児院にまでやってきた。

だがまだ成人前のアメリアと弟に、大人でさえ蒸発するほどの借金が返済できるはずもなく、最初は孤児院側も借金取りを追い返してくれていたが、段々と疎まれるようになってしまった。


そしてアメリアが16歳となり、ついに成人してしまうと、借金取りはアメリアを大人の歓楽街に売り飛ばした。つまりは夜の相手をさせられる場所である。

一応、没落令嬢なんかが多い高級店だったが、それでも最終的にすることは変わらない。


もう逃げ場はない。借金取りはどこまでも追ってくる。ここまでか…と諦めた時、客の接待で店に訪れていた紳士が絶望の表情でいるアメリアに話しかけてきた。

紳士は法の専門家で、まだほぼ子供のアメリアを見てどんな事情があるのかと気になったようだった。

彼はアメリアから話を聞くと、遺産放棄の手続きをしてくれた。

全ての遺産を放棄する必要があると言われたが、両親がアメリアに遺したのはほぼ借金だけだ。アメリアは喜んで遺産を放棄し、晴れて自由の身となった。


あの時紳士に出会えたのは、奇跡である。



だがその後まで紳士のお世話になるわけにもいかず、少ない生活費のみ握りしめたアメリアは弟を連れ、仕事探しに奔走した。


できるだけ景気のいい街を目指し、いくつかの職を経て、今はこの王都にほど近い港町、カンデルで雑貨屋の店員として働いている。



外での仕事を終え店に戻ると、奥から店主が出てきた。恰幅のいい40代の男性で、夫婦で店を営んでいる。


「アメリアちゃん、お使いありがとう。その…ちょっといいかな?」

店主は後退し始めた頭をせわしなく撫でつけている。

アメリアのここ数年で培った「勘」が、嫌な予感を告げていた。


「…はい。なんでしょうか?」

「あのね…実はここ最近、うち、景気が良くなくてねえ…アメリアちゃんも感じてたと思うけど、港の方に新しいお店がどんどん増えてるでしょう?そのせいかうちのような小さな店は、常連さんばかりになっちゃって」


確かに、カンデルは最近目覚ましい発展を遂げており、新しいお店や市場も増えた。良いことではあるが、昔ながらの店にとってはライバル店が増えて苦しいのも理解できる。


「それでね、アメリアちゃん、申し訳ないんだけど…うちの店、今月いっぱいで辞めてもらえるかな」

「…」


今、何日だとお思いで?

今月って、あと3日ですけど!


アメリアはジト目で店主を睨んだが、店主はすっとアメリアから目をそらした。


こういうことは、初めてではない。

職場の規模が小さくなればなるほど、クビも突然だったりする。

そしてこういう時、ごねても何も良いことがないということは、経験上学んでいた。


「…今月までのお給料は出ますよね?」

「それは、もちろん、うん、出るよ!出す出す」


なんだか怪しいが、少なくとも働いた分が出るなら納得するしか無い。


「……分かりました。今までお世話になりました」

「いや、ああ、うん、こちらこそ。アメリアちゃんは働き者で、助かったよ!」

「…」


アメリアはため息をつくと、肩を落として帰路についた。








「…これからどうしよう」

アメリアは先程声をかけてくれたお店で食材を買い、とぼとぼと歩いている。

しばらく過ごすくらいの貯金はあるが、アメリアにはそれとは別に大きな目標があるのだ。

それは、今年11歳になる弟、アルトの学校入学。

もう貴族ではないから王立学園のようなところは到底無理だが、それなりに裕福な家の子たちが通う学校は平民向けにも存在している。

受入期間は、10−15歳。在籍期間は最低3年と決まっているので、アルトの年齢を考えると来年が最後のチャンスだ。


教育があるかないかで、職につける確率は格段に変わってくる。アメリアとて、幼少期に王立学園の幼稚舎に通っていたという経歴があったからこそ、これまでまともな職に何とか就けてきたのだ。


弟の人生のためにも、どうしても入学させたい。

アメリアは必死だった。


アメリアは今日クビになった雑貨屋の仕事以外にも、掛け持ちでいくつか仕事をしている。だから食いっぱぐれることはないが、貯金に影響が出る。


(なんとか仕事、探さないと)


アメリアが決意を新たに買い物袋を持ってワシワシと歩いていると、市場の裏から何やら人が揉めるような声がした。


「ーー?ーーーっ!?」

「ーーーーーっ!や、やめてください…」


よく聞き取れなかったが、か細い声でやめてくれ、と言っている気がする。


アメリアは悩んだ。首を突っ込んでも良いことは無い。ほぼ確実に。


でもこれで誰かが怪我をしたとかーーーもっと最悪のパターンで、明日遺体が発見されたとかーーーになったら、見過ごしたアメリアの目覚めは悪い。悪すぎる。最悪だ。


とりあえず状況だけ見てみよう…と声のする裏路地を覗くと、3人組の男がローブを深く被った人物を取り囲み、何やら文句を言っていた。


「おい、お前金持ってんだろ?ちょっと恵んでくれよ」

「なあ、聞いてんのか?金出せって言ってんだよ、金!」

「ひぃっ、い、今、手持ちは無いんです…」

「あぁ?!お前、このローブ、かなりの上物だろ!?俺はな、これでも機織り屋の倅だったんだよ。だから俺には分かる、お前は金持ちだろ?」

「あ、あの、機織りして生活していただければと…」

「店は潰れたんだよ、どアホ!!」


なんだかよく分からないが、気の弱そうな人物がカツアゲされているということは分かった。


すぐに命の危険は無さそうだが、ここまで見たら止めなければならないだろう。


アメリアは思い切って路地に飛び込むと、大きな声を出した。

「ちょっと!カツアゲなんてみっともない!その人の言う通り、まずは機織りなさいよ!」

「あぁ!?てめえなんだ!?関係ねえだろ、口出すんじゃねえ!」

「関係ないけど、さすがに暴力沙汰は見過ごせないわよ!その人、あんた達になんかしたの?」

「うっせえ!」


男たちがアメリアの方へ向かってくる。

アメリアは男たちの気が自分にそれたのを見て、怯えて縮こまっている人物に目で訴えた。


(早く、今のうちに逃げて!)


しかしその人物は座り込んだまま動かない。


(いや、逃げてよ!!)


アメリアは内心盛大に突っ込んだが、フードの人物は動く様子がない。

仕方がないのでアメリアは目の前に迫る男たちに言った。


「今私を殴ってもいいけど、もうすぐ騎士隊が来るわよ!声掛ける前に呼んだから!」

「あ?」

「ちなみに私、さっき仕事クビになったばっかりで、お金なんてむしろこっちが欲しいくらいよ!!!」

「お、おぅ」

「…ちっ」


アメリアの悲痛な叫びが効いたのか、騎士隊に怯えたのか、男たちはアメリアに手を出すことはなく去って行った。


(…なんとか、なった)


アメリアは男たちが去って行ったのを見届けると、変わらず座り込んでいるフードの人物に声をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」

「うぇっはっはぃぃ!!」


近付いて声をかけるとなんと、その人物は男性のようだった。

怯えた声は裏返っていて、男とも女とも判断がつかなかったのだ。


「立てますか?」

「す、すみません…」


アメリアが手を出すと、男はその手をそろそろと握って立ち上がる。

なんとまあ、男はアメリアよりもずっと背が高かった。ローブを深く被っているので顔も体もよく見えないが、ガタイだってそれなりにありそうだ。

なぜあんなチンピラに絡まれて震えていたのだろうか。


(…まあ、いっか)


とにかく大きなトラブルにならなかったのだから、良しとしよう。


「では、私はこれで」

「あ、あのぅ…」


立ち去ろうとしたアメリアに、フードの男はおずおずといった様子で声をかけてきた。


「なんですか?」

「あ、あの、お、お、おれおれ」

「俺俺?」


なんだこの人。


「お礼を、させていただけますか…その、ありがとうございました…とても助かりました…」


フードの人物はお礼をすると言いたかったようだ。

だが、アメリアはこれくらいのことで恩を売りたくはないし、この人物だって正直十分怪しい。


「いえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」

「で、でも…」


フードの人物は意外と食い下がった。気が弱そうなのに、変なところで頑固だな。


「本当に、気にしないで。まー強いて言うなら、怪しくなくて合法ですごい稼げるお仕事紹介してほしいですねえ」


アメリアは欲望のままに言ってみた。

当然、冗談だったし、この怪しい男にそんなことが出来るとは思っていない。


「…仕事…ですか…」

「ふふ、冗談です。私が今欲しいのはそれくらいしかないってことです。だから気にしないで下さい。では」

「あります」


会話を終えようとしたアメリアの言葉を遮るように、男が呟く。


「仕事、あります」

「…へ?」

「怪しくなくて合法でお金のいい仕事…お金は、ちょっと要相談ではありますが…それなりに出せるかと…」


男が小声で呟く。

どう考えても怪しさ満点だ。怖すぎる。


「いや、ほんとに冗談だったので、大丈夫ですよ…」

「あの、むしろ、こちらからお願いしたいです…大丈夫です、辛い作業でも汚い作業でもないです、怪しくないです」

「その言葉が怪しい!」


アメリアが引いていると、市場の方から初老の紳士が歩いてくるのが見えた。


「やっと見つけた!旦那様!!」

「へっ」

老紳士はフードの男にそう呼びかける。


「約束のお時間にお戻りになられないから、探したんですよ!一体どうしてこんなところに…と、こちらは?」


老紳士が男と一緒にいるアメリアに目を向けると、不思議そうに問いかける。


「えっと…」

「ごめん、テオ。…あの、こちらは侍女にスカウト中で…あ、お名前…」

「侍女?」


フードの男は老紳士を呼び捨てにし、アメリアを侍女にスカウトしていると言った。

そんな話聞いていない。


「侍女って?あの、お話が分かりません」

「あれ、説明してなかったですか…?」

「してません!」


テオと呼ばれた老紳士は驚いた表情で男とアメリアを交互に見ていたが、しばらくしてハッと気を取り直すと、旦那様、と呼びかけて男のフードを取り去った。


「まず、そんなお姿ではご令嬢が怖がりますよ。はい、自己紹介」

「は、す、すみません…。ニール・レヴナスと申します…」


フードを取られた男は、普段からフード生活なのか顔色は青白かったが、思ったよりも若く端正な顔立ちをしていた。

何よりその瞳が綺麗な若草色に輝いており、アメリアは一瞬見惚れた。少し長めのサラサラで真っ黒な髪と白い肌に、若草色の瞳が美しく映える。


だがそんな感動は、男の次の言葉により一瞬で忘れ去られた。


「僕は、あの、あそこの屋敷の当主でして…侍女を募集していて、ぜひ貴方を、スカウトしたいなと」

「…へっ!?」


男が指さしたのは、街の外れにあるのに姿がハッキリ見えるほど大きなお屋敷。

そこの?当主?この人が?


アメリアは驚きのあまりあんぐり口を開けてしまい、老紳士に笑われてしまった。




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