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いつも僕の部屋を訪れてくれる人々

作者: 27人委員会
掲載日:2021/10/02

ら~らら ら~らら

  ら~ららら


 僕の日課は鼻歌だ。


 ふ~ふふ、ふ~ふふ‥

  ふ~ふふふん‥





 ある小春日和の午後、四時ちょっとをまわったところ。


 来た。

 こんな日は、ニコニコした顔を浮かべて、

 雨宮さんがやってくる。


「こんにちは」


 僕が扉を開くと、ずぶ濡れの長靴を脱ぎ散らかして「今日さー、バイトの面接応募したんですけど」と彼女は話し始める。


 彼女はよく喋る。

 鳥のさえずりみたいに心地よい彼女は話し声を、僕は好ましく感じている。


 僕はお喋りな彼女に、はい。とかうん。とかへぇ‥とか頷いて、

 彼女の紫色の髪が傷付かないようにさらさらとしたヘアオイルを塗り込み、ドライヤーをしてあげる。


 床に、彼女の長い髪がハラハラと落ちた。

「お風呂」と彼女が言うので、「どうぞ」と僕はすりガラス製の扉を指差す。


 彼女はパジャマにこだわらない。

 いつしか僕の下着や短パンを着用するようになった。


 すりガラス越しの、熱い湯気に包まれた少し痩せぎすで小ぶりな胸のシルエットを意味もなく眺めながら、僕は彼女が買ってきたブロッコリーを生でかじった。


 とても苦くて、嫌になったので僕は台所に向かった。



 ーー


 彼女と僕は歯を磨いた。

 それから、ブロッコリーとアボガドのマリネとステーキと、ご飯を食べた。



 意味のない日々。

 僕らはこれをそう呼んでいる。

「今は二人気が合うだろうけど、いつまでも同じではないんじゃないかな。二人はまだ若いんでしょ?」、隣の部屋に出入りしているベレー帽の漫画家先生に言われた日から、そういう関係になった。


 定義された。

 そんな気がしたけれど、気にしないことにしている。



「雨宮さん」

「なに」

「大学行けてますか?」

「大学は」

「うん」



 僕は、ギターを手にして歌を歌う。

 雨宮さんは、そんな僕に拍手をくれるたった一人のお客さん。壁ドン。隣の漫画家。ごめん。


 僕らは布団に潜った。

 電気を消す。

 お互いに、別々のスマホ画面を覗き込みながら、なんとなく求め合う。



『世界は変わる』



 翌朝、僕の本棚から一冊の本が消えた。

 雨宮さんも消えた。




『彼氏が出来た』




 雨宮さんはハキハキとそう言いながら帰ってきた。

 少しふっくらして、赤いリップを塗った唇を僕に押し当てた。


 僕は冷蔵庫から雨宮さん用のビールを取り出し、

 雨宮さんはリクルートスーツをクローゼットに引っ掛ける。


 僕は漫画家になろうと、下手くそな絵をなぐり書きしていた。『下手くそな絵をなぐり書きしているから、漫画家になろうとしているんじゃないかね』と隣に住む老人に怒られたが、僕にはどちらか分からない。


「雨宮さん」

「ん?」

「………や、なんでもないです」


 prururururu,と雨宮さんの電話が鳴った。「ご契約ですか?ありがとうございます‥!」、よれよれの短パンを履いた雨宮さんがガッツポーズをしてし、思わず壁をビシバシ殴っていた。


 ふと窓の外を見ると、実り過ぎたイチョウの葉を爆撃するように雨が降っていた。

 雨宮さんの髪は濡れていなかった。

 カバンの中に折り畳み傘を入れることを覚えたんだ。



 雨宮さんおめでとうございます、

 パチンと僕たちはハイタッチをした。



「意外と死なないもんですよ」

「ははは」


 二人で晩ご飯を食べて、雨宮さんが仕事の愚痴や何気ない話を沢山してくれて、歯を磨いて、お風呂に入って、それからぱちりと電気を消した。



 雨宮さんの短いロウロクにも負けない微かな寝息を吹き消したくなくて、のそと、僕は布団から抜け出す。机に向かう。一度だけ誰かに好きだと言われたぐらいの下手くそな絵で、12コマの漫画を描く。


 僕の隣の、ベレー帽の大漫画家は100を超える漫画を描いてるらしい。12巻完結の漫画とか、映画化された漫画とか。


 僕の漫画は、12コマ。

 ネットに公開して、大したリアクションもないままに。


 雨宮さんと初めて出会ってから、3年が過ぎた。



 ーー



 雨宮さんが入院した。

 病院の駐車場には大きなイチョウの木があって、その向こう側の窓の中に雨宮さんと恋人と、その恋人に顔がそっくりな幼子がいた。


 僕は、消灯直前に雨宮さんの病室を訪ねた。


「あ、来てくれたんだ」

「メロン良かったら」

「気が利くよね」


 雨宮さんはすっかり立派だった。


「別れたい」

「はい」

「メロンは貰う」

「どうぞ」


 僕は、雨宮さんとは違う。

 違うから、イチョウの木の向こうから眺めていたし、メロンを差し出さなければならない。



「私ね、貴方の漫画が大好きだった」



 病室の扉に手を掛けた時、雨宮さんが僕にそう言った。



薄暗い病院の廊下。

立っていられなくて革製のベンチに腰を落ち着けた。



『彼氏ができた』

『私ね、貴方の漫画が大好きだった』

『めちゃくちゃ弟みたいですよ〜』


色んな時代の雨宮さんと、血の気のない僕の手の平。

僕は帰りにコーラを買って、『2030年:すべ◯が「加速」する世界に備えよ』という映画をしばらく眺めながら、漫画を描いた。



描いて、

描いて、

描いて、描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて描いて、


誰もいない部屋で、僕の日課の鼻歌を歌う。




“クソくらえ〜”



昔リクルートスーツが掛かっていたクローゼットの扉を閉めて、思いダンボール箱を屈強なお兄さんに任せる。隣の大漫画家に別れの挨拶をして、今時それっぽくない激励をもらって、僕は苦笑いを浮かべながらもそのアパートの階段を後にした。


こつこつこつ、

こつこつこつ、

こつこつこつ。


昔、雨宮さんのうるさい靴がよく登ってきた階段を、

僕は今更降り始めた。


それだけの話。



おわり。



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