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まだら双子はかく咲う番外編 十束、隠れ鬼に遭う事

作者: 久蔵伊織


 ──かき氷よりも、ひんやりとしたお話ですよ。


 氷しるこを匙で掬い口に運びながら、弟達は口火を切った。

「どうせ血腥い話なのだろう」

 首堂十束は弟達の趣味嗜好をよく知っている。猟奇趣味が昂じて、帝都の夜を散歩しては凄惨な事件を嗅ぎつけ弄ぶ──。ほとほと困った不肖の弟達だ。

 弟達は瓜二つの双子だが、鏡写しに似ているが故に、見間違えることはない。双子の兄の方──羽々斬は右の目が白鼠、左の目が黒紅。弟の布都は左の目が黒紅、右の目が白鼠。黶の位置まで対称だ。人形よりも整った貌が、シンメトリィに微笑めば、大抵の人間は眩暈と共に泥沼に嵌まったような錯覚を覚える。

 羽々斬は子どものように頰を膨らませた。

「ホントウに、怪談なのですよ。──まぁ、人死には出るのですが」

「そらみたことか」

「十束のあにさま、そういわず、我らの話を少しばかり聞いてください」

 布都もまた、唇を尖らせて拗ねる。

 十束は仕方なく頷く。どうしたって弟達の異様な趣味話に付き合う羽目になるのだから。いつものことだ。


「何処ぞの女学生が遭ったお話だそうですが──」

 

 曰く、まだ多少日が傾いたばかりの夏の夕刻。貴方は何歳ですか、と訊く者がいるという。

「──なんだ、新手のナンパというやつか」

「いえいえ、男女問わず、訊いてくるそうですよ。どうやら狙いの年齢というものがいるようで、訊かれるのはは十代後半から二十代前半の年頃の方です」

 十束の兄様も訊かれるかもしれませんねぇ、と機嫌の良い猫のように羽々斬はくるくると喉を鳴らして笑う。

「それで?歳を訊いてどうするんだ」

「訊いて、答えて、それでお終いです。けれど──近頃聞く殺人事件には、二十三歳の被害者が多いですねぇ」

 くすくす、くすくす、と双子は互いの頰を寄せ合い、指を絡ませ、含み笑う。


「ねぇあにさま」

「ねぇ十束のあにさま」

「七夕に、二十三のお誕生日を迎えられるあにさま」

「そして、この世の何者よりもお強いあにさま」

 ──弟達の期待は分かる。

「……この私に、囮になれ、と」

「うふふ、久しぶりに血塗れのあにさまが見たいのです」

「鬼の如く、神の如く、断罪する慈悲無き刀の冴えを」

 羽々斬はそっと十束の頰を包み、口付けんばかりに顔を近付ける。

 布都は十束にしな垂れかかり、その腰にある刀の柄につうと指を滑らせた。

 十束は軍人であり、佩刀も許されている。しかし濫りに抜いたことはない。

 ──これを抜けと、双子は囁く。唆す。

 人殺しを厭う質で軍人はやっていられない。死ぬべきは死ね、と思い、殺すべきは殺す。

「まぁ良いだろう。下手人が私に引っ掛かるかは知らないが」

 帝都の連続殺人鬼を野放しにしておくわけにはいかない。

 双子は夢見る少女のように頰を紅潮させ、喜んだ。

「あぁ、羨ましい」

「十束のあにさまの手に掛かる者共が羨ましい」

「僕達も、重ねて四つに」

「その手に掛けてくださいませ」

 十束は盛大に溜め息を吐き、目の前のかき氷を睨んだ。砂糖をかけただけの砕いた氷だ。ふと思いつき、珈琲を掛けてみる。突然の兄の奇行に双子は目を瞬かせた。かき氷は茶色く濁り、何だか汚らしい。匙を一掬い、そして──これが意外に美味かった。




 ──隠れ鬼だよ、と姉は面倒臭そうに言った。今なら分かる。小さい私は姉達にとって、足手纏いなのだ。遊びに入れるにも手間だったのだろう。何より姉は、両親に押しつけられた私の世話が厭だった。私を厭うていた。だから、隠れ鬼だと嘘をついて、私を神社の本殿の中に置いて、きゃあきゃあと愉しげに遊びに出掛けた。当時の私は、姉の気持ちなど知る由も無く、隠れ鬼をしているのだと思い込んで、神社の薄暗い本殿の中で縮こまっていた。

 きゃあ、ぎゃあ、と騒ぐ声。誰かが見つかったのだろう。私はますます縮こまって、じいっと固まった。小さい私が最後まで残れば、きっと皆褒めてくれる──そう思って。

 その日、姉は死んだ。

 姉と遊んでいた子ども8人が死んだ。

 皆、死んだ。

 頭を割られ、腕を落とされ、腹を裂かれ。散々な有様だったらしい。私は伝え聞くばかりだった。

 脳病の男による凶行だという。

 私はひとりぼっちになった。

 誰も見つけてくれない。

 なら、私が探さなければ──


 ──私が、鬼だよ。




 

 軍服の人間に、おいそれと声を掛ける者はいない。十束はシャツに袴を合わせて着、書生のような形をしてみることにした。

 ──これがまぁ、似合わない。

「あにさまのお顔は精悍で、そこらの男衆など比べるべくもなく、綺麗なのですが」

「思えば背が高くて、とても目立ちますね」

「……お前達……」

 双子もまた、改めて思う兄の外見に苦笑した。身近な分、家族の顔貌や背丈に物思うことはない。 

 無骨な面構えではないものの、六尺に近い身丈だ。一先ず、丈が分からないように座っていた方が良いだろう。

 夕刻にそれは出るという話だが、犯人は何処で被害者を”見繕う”のか。先ずは犯人の目に触れなければならない。

「僕達の考えによれば……。犯行の前後には早良神社で市が立っています」

「そこで犯人は目星をつけているのではないでしょうか」

「遊びましょう、あにさま」

「夕刻までまだ、時間があります」

「……冷たいものは駄目だぞ。先程、食べたのだから。お前達は直ぐにあちこちを悪くする」

 十束の左右にぴったりと双子は張り付き機嫌良く笑う。

 両手に花、とでもいうべきか。彼らの性根を知っていれば、両手に毒花、とでもいいたくなる。十束に毒は効かない。そうでなければ、彼らの兄など務まらないのだから。



 小気味よい呼び込みの声が朗々と響く。野太い男の声。甲高い婆の声。

 ちりりぃんと風鈴が幾重にも重なり、涼やかな音を立てた。

 小さな神社での市だが、それなりに人が群れなしている。嗜好品から、青野菜や柴、花、日用品、雑多な品々が並んでいた。屋台で買った鮎の塩焼きを囓りながら、十束達は神社の境内、狛犬の下で座り込み人の波を眺めていた。

「おや、内臓だ。苦い」

「羽々斬、にいさま。ぺっしなさい、ぺっ」

「面倒だ、飲み込んでしまえ」

「十束のにいさま、殺生な!」

「おや、今度は塩の塊が」

「羽々斬~!」

「飲み下せ、夏には塩が効く」

 なんだかんだで市を楽しんでしまっている。 こうした場では普段なら食べないものも食べたくなるのが不思議だ。

 元々健啖家の十束は存分に、小食の双子もまた、珍しく細々と飲み食いしている。団子やら鮎の塩焼きやら、志那蕎麦。ラムネで喉を潤し、さて次は、と思う。

 双子が美しい細工の風鈴に気を取られているので、背中を押し、十束は一人、また狛犬の下で座り、弟達の背を目で追った。矢張り白と黒の斑髪が目立つが──あぁして屈託なく笑っていれば、普通の、無邪気な少年に見えるものを。

 何故、暗がりに首を突っ込もうとするのか。

 あまつさえ、兄に殺されたいなどと宣うのか。

 十束には分からない。

 軍人として、先の出兵で数多の命を斬り殺し撃ち殺した十束には分からない。……穏やかに歳を取り、畳みの上で、家族に囲まれて死ぬるならば上々だというのに。後ろ暗いものなど、残酷なものなど、この兄に任せておけば良いものを。何故好き好んで猟奇趣味に走るのか。

「ふ、赤と青の風鈴で悩んでいるな……」

 二つを指差し、双子は何やら話し込んでいた。風鈴屋の娘はにこやかに彼らに応対してくれている。 


 ふ、と目の前に誰かが立った。

 座している十束が見上げれば、困り顔の男が立っていた。歳は十束よりも十ばかり上だろうか。下がり眉は如何にも気弱げで、線が細い。袴にシャツの格好は今の十束と似通っているが、遙かに彼の方が書生”らしい”。

「──何用だろうか」

「あの、すみません。ここいらで、子ども達を見なかったでしょうか?」

「子ども?」

「はい、すみません。かくれんぼだ、私が鬼だなどと言い出して、この始末でして。はぐれてしまいまして」

「……鬼なら見つけなければならないな」

「見つかりませんで、こうして尋ねて回っている次第です……」

「私も探そう。何歳ぐらいの子だろうか」

「七、八歳の子……男子も女子もいます。探している数は九人」

「多いな……」

「見掛けたらこう伝えてください。『幸の字が探している』と」

「分かった。二手に分かれよう」

 そういえば己の弟達は何処だ、と十束は風鈴売りを見た。

 ──彼らは居らず、そして風鈴が二つ、減っていた。



 ──早良神社境内。

 結局子どもは見つからず、男と十束は徒労に終わった。

 日が暮れゆく夕刻だ。これからの捜索は更に困難を極めるだろう。

「警察に助けを求めた方が良いかもしれん」

「はぁ、全く、困った……一体何処に行ったのやら……一度、彼らの家を回ってみます。帰っているのかも…」

「帰っていなければ警察に」

「はい。──どうも、ご足労をお掛けしまして、有難うございました」

「いや、力になれず、申し訳ない」

 青年は気弱げな顔に苦笑を浮かべた。

「貴方は私より少しばかり年上に見えますが、とてもしっかりしていらっしゃる」

「そうだろうか」

「失礼ですが、お幾つ、ですか?」

「二十三だ」

「そうですか……私は、二十九になります」

「そうか」

「本当に、何処に行ってしまったのか」

 男は呻くように呟く。

「本当に、何処へ」

「あぁ」

「何処へ隠れてしまったのか」

「……」

「魂が、」

「何?」

「魂が、隠れてしまって、探さなければ、」

「魂?」

「だから、こうして隠れていないか調べてみないと」

 十束は静かに息を整える。

 ゆっくりと息を吸い、吐く。そうして準備は整う。



「こうして、割ってみなければ、魂の在処が分からない」



 男は茫洋とした目で、しかし明瞭に、言った。手荷物に隠した手斧を片手に、


「私が、鬼で──だから、探さないと」


 



 ■■■■■



 皆は死んだ、その年に生まれた者は、もしかしたら皆の生まれ変わりかもしれない。お坊様も言っていた。何処かで幸せに生まれてくる、と。それが、輪廻転生だと。

 探さなければ。

 でもどうやって?

 前世を思い出して貰うには如何すれば良い?

 そうだ、あの死に様を思い出して貰おう。

 頭を割って、 

 腹を割いて、

 腕を落として、

 そうして皆死んでいった。

 とても嫌な前世の思い出。嫌な思い出ほど忘れられない。そう、嫌な思い出、怖い思い出は忘れない。私も忘れられない。ずっとずっと脳裏にこびりついて離れない。皆ずっと、私の頭の中という地獄で死に続ける。

 解放しよう。

 解放してよ。

 私を一人にしないで。

 私を一人にしてくれ。


 

■■■■■


 



 十束は死なせずに人を害する方法をよく知っていた。

 連続殺人鬼といえど、鍛錬を積んだわけでもない人間の制圧など容易い。

 振り下ろされた手斧を避け、その勢いを生かして蹴りを入れる。そうすれば、手斧の起動は乱れ、

「ッあぁ──!!」

 男は自ら自身の脛を叩き割ることになる。べしゃりと血飛沫が飛び散る。十束は更に追撃した。男に刺さった手斧を蹴り上げれば、歪んだ楽器のように男は思う様に悲鳴を上げる。痛みで人は死ぬ。しかし死なせない。

 ──更なる痛みで死なせない。


 やがて男は虫の息の中、たすけてください、くるしいんです、いたいんです、たすけてください、と呟くばかりになる。



 ぱちぱちぱち、と拍手は背後から。

 ちりぃん、という場に似合わない美しい音色も背後から。

「──にいさま、素晴らしい……!」

「警察は呼びましたよ、十束のあにさま」

 頰を赤く染め、恍惚とした双子に振り返らず、十束は瀕死の下手人を見下ろしたまま、

「ご苦労」

 と双子を労ったのだった。




『死んだものの魂を追いかけ、かくれんぼ』『非情な隠れ鬼の結末──』

 新聞の見出しはそんなところだった。

「あの男は輪廻転生を信じ込んでいたのですね」

「それにしても姉や友人が殺された隠れ鬼の続きをやる、とは。──元々壊れていたのでしょう」

「──解放したかったし、解放されたかったそうだ」

「何からです?」

「自分の頭の中の地獄から」

 ふむ、と双子は頷いた。

「残された者は残された者の地獄があるのですね」

 十束はそうだな、と気のない相槌を打つ。この世の地獄を作り出していく己は鬼か、獄卒か。

「ねぇあにさま」

「俺達を切り捨てたその後に」

「どうか僕達をあにさまの頭の地獄には放り込まないでくださいませね」

「俺達は楽しく二人で逝くのです」

「あにさまに殺されてきっと幸せです」

「十束のあにさまに殺されて恍惚と逝くのです」

「──そうか、ならば、私がお前達を殺すことが来るならば、天上に送るのだと思っておこう」


 双子は夢見る乙女の顔で笑んだ。

 

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