用水路と少年
◇◆◇◆
月が雲に隠れると何も見えなくなる。
俺の住んでいる場所はそんなところだった。
田んぼはあれど街灯が無い、さすがに信号機の近くにはあるがそもそも信号機が1つか2つしかない。
視界が真っ暗だから田んぼを住処にしている蛙の鳴き声がより強調して聞こえる。
ペダルをこぎながら夜風を頬で切りながら坂を降りる。
左腕に着けた腕時計を覗くも暗すぎてうまく読めない。
しょうがないので時間を知るのをあきらめて自転車のハンドルを握りなおす。
(スマホを見ながら自転車をこぐなんて器用な真似は俺にはできないからなぁ)
真夜中の道には通行人などいない。
自転車の光を頼りに坂を降り終えそのまま加速に合わせて体を倒しながらカーブする。
思いっきり車道の真ん中に飛び出すが車なんて通っていない。
そのまま道に合わせて流れる用水路のそばを走る。
ゴー......ゴー......
と音を立てて流れる水音に蛙の合唱もかき消される。
しばらくはこの音を聞きながらペダルをこぐしかない。
夜中に一人で出歩くといろいろと考えてしまう。
嫌なこと、失敗したこと。
こういう時に楽しかった思い出が出てこないのはなぜなのだろうか。
夜の闇が俺自身の弱い心をあざ笑うようでならない。
「......ッチ」
無意識に舌打ちが漏れる。
別に思い出したくて思い出しているわけではないのだから深く考え根くてもいいような、今ではどうでもいい過ぎた記憶に嫌気がさしたのだ。
(忌々しい、そんな普段なら思い出さないような記憶をわざわざ思い出さなくてもいいだろうに)
「あら、忌々しいなんてひどい話ね?」
!!!!!!!!
全身から嫌な汗が吹き出す。
不意に後ろから声がかかる。同時に腰のあたりに細く、白い肌が巻き付いてくる。
(落ち着け、幻覚だ、幻聴だ)
「そうかしら?いつもならそうかもしれないけど今日は違うかもよ?」
また声が聞こえる
あの声が
あの時の声があの時のまま
「......なぜ今このタイミングで現れたんです?」
「あら、このタイミングだから現れたのよ、そうじゃ無きゃ死者が現れるわけないでしょ?」
腰に巻き付いた腕の力が少し強まるのを感じる。
背後に座る人物は俺の背中に頬を当てる。
俺はスピードを緩めることなくペダルをこぐ。
いつのまにかあのゴーゴーうるさい水音もなくなっている。
「......僕は死ぬんですか?」 「フフフ、そうだね。」
「なんで死ぬのかわかります?」 「んん~♪ 」
「はぁ、内緒、ですか?」 「そだよ~♪」
あの頃と同じ反応か。
......いや、これもいつもの幻覚か。
「ここ曲がらないでいいの?」
「!!!」
ボーっとしていたのか曲がるべき場所に曲がり損ねそうになり急いでハンドルを右にきる。
ぐらっとくるが何とか曲がることができた。
「と、思ったでしょ?」
ガンッ!!
という前輪からの衝撃、その一瞬後に感じる浮遊感。
腰を締め付けるように腕の力がこれまでより強くなる。
......さぁ、いっしょにいようね♪
7月6日 午前1:44分 澤部菊池朗は18年という短い人生を終えた。
次回 「真奈美1」
投稿日未定