突然の帰宅
◇◆◇◆
湯船につかりながら一葉の髪で遊んでいると唐突にそれはやってきた。
......ガラガラガラ
「「!!!!!!!!!!!!」」
脱衣所の扉が開く。
(まずい、一葉の親だ。)
買い物に行っていた一葉の両親が帰ってきたのだ。
手を洗いに来た父親は娘が風呂に入っているのに気づき台所まで戻っていった。
だが問題は母親のほうだ。
「一葉~?入ってるの~?」
風呂の扉をノックして一葉の母が声をかけてくる。
このまま扉を開けて入ってきそうな勢いだ。
このまま反応が無ければ扉を開けて中の様子を確認してくるのは必然。
しかしこのシチュエーションで一葉が普段通り返事ができるとも思えない。
現に一葉の心臓の鼓動が数分前より大きく、荒くなったのを感じる。
「一葉~大丈夫~?のぼせてるの~?」
まずい、今風呂場を覗かれるのは非常にまずい。
自分の娘が男と一緒に風呂に入っているところなんて見たらどうなるか分かったものではない。
警察に通報されるならいいほうで最悪殺されても文句をいえない状況であるのは間違いない。
一葉の両親が怒りに狂って俺を殺しに来る結果を想像し、俺は静かにため息をつき内心あきらめていた。
「一葉~?開けるわよ~?」
ザバンッ!!
一葉の母親が扉の取っ手に手をかけた時、俺の膝上に座っていた一葉が勢いよく湯船から立ち上がり浴槽から出た。
その際俺の足首を思いっきり踏んだが今はそれをとがめている暇はない。
俺は一葉が行おうとしていることを瞬時に理解し、全身を浴槽の中に沈めた。
「まって~、今出るから~」
一葉は浴槽の蓋を持ち上げ、潜っている俺が見えないように水面をそれで覆い隠す。
あまり広くない浴槽に身を縮めて全身を隠すのはかなりきつく、息継ぎもままならないが今はこれしかない。
「一葉寝てたの?お母さん溺れたかと思ったわ。」
「ごめんね。寝てた。」
「そう、気を付けなさいよ。湯冷めする前に出なさいよ。あとお母さんたちまた出かけるからお留守番頼める?」
「ふ~ん。わかった。いってらっしゃい。」
「もしかしたら遅くなるかもしれないから冷蔵庫の中のもの食べてね。」
「わかった~。」
「......」
しばらく母娘の何気ない日常会話が繰り広げられたが隠れている俺は窒息寸前である。
ほんの数分だったのだろうが俺には何時間も隠れていたように感じた。
「......ごめんね、お母さんたちもう行ったから出てきていいよ。」
一葉は風呂の蓋をどかし、俺を水の中から引っ張り出してくれた。
「......それじゃぁ、髪乾かしたらまた私の部屋にい行こうか♥私にあんなこと言ったんだもん、もう帰るなんてなしだよ♥」
酸欠で意識がはっきりしない中、一葉のささやきだけがはっきりと俺の意識に語り掛けてくる。
どうやらまだ俺は帰れないらしい。
「さぁ、一緒に体をふこっか♥風邪をひかないように、ね♥」
次回「親の思いは必ずしも子供に伝わるとは限らない」