瑠璃さん視点5
◇◆◇◆
先輩たちが会議で席を外し、私は部室に残っていました。
何も用意してこなかったので暇をつぶせるものが手元にありません。
役者の人たちは舞台でセリフの練習をしており部室にはおらず、何人か残っていた裏方の人たちも一人、また一人と用事があると言って帰ってしまいました。
そして部室には私と池垣くんの二人だけの状態ができてしまいました。
ここで帰ってしまえば、必然的に彼に鍵の管理を押し付けてしまうことになります。それに私は帰っても家に居場所なんてありません。なので帰るに帰れない状態がズルズルと続いていました。
先日書いたとおり私は人と話すことが苦手です。異性なんてもってのほか。
彼もこの状態をどうしたらいいか困っているようでした。
ごめんなさい。私なんかが残っていてごめんなs
「あー......先輩たち遅いね。」
不意に彼が私に声をかけてくれました。
しかし私は突然のことで反応するタイミングを逃してしまいました。
あぁ、彼はきっと私が無視したと思っているだろう。きっと怒って私とはもう二度とかかわってこないだろう。......今まで出会った人たちと同じように。
そう勝手に思い込み、絶望し泣きそうになった時でした。
なんと彼は優しく微笑んで、私にもう一度話しかけてくれたんです。
私は声を出すことができなかったので首を縦に振りました。
すると彼は安心した表情で私が話しやすいように自己紹介という形で話しかけてくれました。。
ここでまた反応しなければもうこんな優しい男性は二度と会えないでしょう。
もう一人は嫌なんです。友達が欲しいんです。
遅れてもいいよ
彼はそう言ってくれているかのように私の言葉を待っていてくれました。
私は勇気を出して途切れながらも彼に合わせながら自分の自己紹介をしました。
心臓がドクドクとなっているのが聞こえます。顔に熱を帯びているのがわかります。
私、初めてちゃんと男の人とちゃんと話をしている。
緊張と嬉しさが同時に押し寄せてきます。
ですが決して嫌な気分ではありませんでした。
「よろしく、黒鳥さん。......上の名前で呼ぶとなんか他人行儀みたいかな?下の名前で呼んだほうがいい?」
この変な気分に浸っていた私は彼にそう言われたとき、はじめて彼を下の名前で呼んでしまったことに気が付きました。
さっきの幸福感はあっという間にどこかへ行ってしまい、後悔が波のように押し寄せてきます。
私は気を使ってくれた彼に慌てて謝りました。
しかし彼は私を許してくれました。私なんかが下の名前で呼んだことを嬉しいと言ってくれました。
彼は私に素の自分で接してくれていいと言ってくれました。
私は彼ともっと仲良くなりたいと、もっと話したいと思い始めました。
なので彼が私を上の名前で呼ぼうとしたとき、とっさに
「瑠璃でいいよ」
と言ってしまいました。
彼に私の名前を呼んでほしい。彼の優しい声で【瑠璃】って呼ばれたい。
優しい彼は少し照れながら私を「瑠璃さん」と呼んでくれました。
普段は名前で呼ばれることなんてめったにない私にとって、彼が私の名前を呼んでくれたことに対して言葉で言い表すことが出来ない喜びが私の体を駆け巡りました。
「......私は、なにも予定無いから。それに、部室の鍵、先輩たちの荷物あるから。」
私が幸一君の質問に答えると、彼から一緒に帰ろうと誘われました。
私は悩みました。
こんな自分に突き合わせてしまっていいのか、迷惑じゃないか。
でもそれ以上にもっと彼と、幸一君としゃべりたいという身勝手さが勝りました。
私は恥ずかしかったので、声を出さずにゆっくりうなづくと彼を待たせてはいけないと思い、急いで身支度を整え、彼と一緒に薄暗い校舎の外へ向かいました。
まだ闇に染まりきっていない空に、小さな三日月が薄く浮かんでいました。
次回「幸一くん視点5(下校)」
更新日は4/1(木)深夜を予定しています。