7.リベンジチュートリアル!
こんなに走ったのは小学生以来か。
休日の狩りでもこんなに走り続けた事はない。
肺が悲鳴を上げて俺に止まれと警告してくるが、胸を鷲掴みにして黙らせる。
街は野次馬達で喧騒に包まれていたが、変な仮面をつけた俺が現れた事で、更に喧騒の度合いを強めていった。
どこだ! どこだ! どこだ! どこだ! ――あそこか!
今まさに馬車の荷台に木で組まれた檻にシェリルを詰め込もうとしている最中であった。口上を立ててやる必要もない、先手必勝だ。
更に強まった喧騒で三人の衛兵は俺に気付いたようだ。
「なんだ、お前は!」
二人の衛兵が槍の先端に斧頭がついた武器を構えて俺を威嚇してくる。
確かあれって槍斧とか言う武器だっけな。あの長柄武器では取り回しが大変だろう。
俺は彼らを無視し、シェリルの手を絞り上げている衛兵の側頭部にメイスを振り下ろした。
「ぐあ!!」
シェリルを押さえつけるために両腕が塞がっていた衛兵は、俺の打撃を避けることが出来ず、一撃で弾けるように倒れた。
その隙にシェリルの手を取り、自分の後ろに退避させる。
シェリルが俺の服を両手でぎゅっと掴む。背中を通してシェリルの震えが伝わってくる。
「……どうして……どうして来たの?」
蚊の鳴くような、か細い声で俺に問いかけてきた。
「……シェリル遅くなって悪かったな。そのまま聞いてくれ。通りの外れに武器屋があるのは知ってるな? 俺が合図したらそこまで走っていけ。事情を話したら匿ってくれるはずだ。決して振り返るな。後で必ず迎えに行くから、俺を信じて待っててくれ、分かったな?」
「……うん」
槍斧を構えた衛兵がじりじりと距離を詰めてくる。
「貴様! こんなことをしてどうなるか分かってんだろうな」
「分かんねえよ!」と発すると同時に、俺は片方の衛兵に飛び掛かり「走れ!」と叫んだ。
衛兵は俺の動きに合わせて、槍斧で突きを繰り出してくる。俺はそれをメイスで弾き、返す刀で、もう一人の衛兵に対して、横なぎの一撃を繰り出す。衛兵は警戒しているので難なく避けた。
でもこれで構わない。シェリルは追わせない。そっと横目でシェリルの姿が既に視界から消えている事を確認し、深く深呼吸をした。
「俺もここで捕まる訳にはいかないんでね。大人しくするなら見逃してやってもいいが?」精一杯の虚勢を張る。これで引いてくれたら御の字だ。
「ふざけた事言ってんじゃねえ! 仲間やられて引くわけねえだろうが! そのふざけた仮面剥ぎとってボコボコにしてやるよ」
あら、更に激高させてしまった。そりゃこれだけの衆人環視の中引くわけにはいかないよね。でも怒ってくれた方がこちらとしてもやり易い。動きが単調になるからな。日頃の鍛錬と狩り(ほぼ小動物)で身に着けた俺の技に慄け。
二対一。相手は長柄武器、それなりに頑丈そうな防具……シェリルは既に逃がすことに成功した。っとなると、俺に出来る事は……
「衛兵諸君! さらばだ!」
俺は一目散にその場から逃げ出した。衛兵達もまさか俺が逃げるとは思っていなかったようで、一瞬反応が遅れたようだ。
「待ちやがれ! この野郎」
俺はその声を後ろに聞きながら、全速力で町人の間を駆け抜けた。
町人も誰一人俺を捕まえようとする者は居らず、むしろ逃げやすくルートを空けてくれた。衛兵達はこの町では嫌われているのか? とりあえず助かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、はあ……」
とにかく全力で逃げまくった。最初のうちは聞こえていた衛兵達の叫び声も、いつしか聞こえなくなっていた。
ここまで来ればもう大丈夫だろう。俺は人目に付かないところで仮面を外し、服の中にしまった。
メイスも腰布に隠し、路地裏の階段に座って一息つく。石で出来た階段はひんやりしていて、火照った体を幾分冷やしてくれた。
なんとかシェリルを逃がす事に成功した。でもこんな事を続けていてはいつか捕まって酷い目に遭うのは間違い無い。どんな理由があるにせよ、もう止めさせなければ……。
俺は息が整った事を確認し、武器屋へと向かった。
武器屋の前に着いた俺は、念のため人の流れを観察する。衛兵が居ない事、不審な動きをするものが居ないことを確認の上、武器屋の扉を開いた。
「無事だったか……カケル」
「ガンジさん、シェリル……いや、女の子はここに来たか?」
「ああ、お前の部屋にいるよ」
「恩に着るガンジさん」俺は礼を伝え、借りていたメイスと木彫りの面をガンジさんに手渡した。
ガンジさんは「これが残ってると、後々厄介になるかもしれねえからな」と言い、メイスで木彫りの面を粉々に粉砕すると、「早く上に行ってやれ」と俺を促した。
俺はシェリルがいる二階の部屋へと急いだ。
扉を開け、シェリルがそこに居る事を確認すると「シェリル……よかった……」と声を掛けた。
「馬鹿! 女の子の部屋開ける時はノックくらいしてよ!」
いつものように軽口を叩きながらも、目を真っ赤にしているシェリル。
多分かなり心配してくれていたのだろう。
俺は「いや、ここ俺の部屋なんだが……」と軽口で返すのを途中で止め「帰りが遅くなって心配かけたな」と微笑んだ。
「本当だよ……馬鹿」
「悪い、でもシェリルが無事で本当によかった」
「うん……もう駄目かと思った。まさかカケルが助けに来てくれるなんて……」
やはり怖い思いをした直後だからなのか、いつもよりしおらしい。可愛らしいけど調子狂うな。でも、聞くべき事はちゃんと聞かないとな。
「なぁ、シェリル。聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「――うん」
「初めて会った時も、今日もシェリルはスリをして追われていたんだよな?」
「うん……」
「シェリルがそんな事するなんて、何か理由があるんだろう? 俺に教えてくれないか?」
シェリルは話すかどうか逡巡していたようだが、覚悟を決めたのか、ぽつぽつ話し始めた。
「――ねえカケル……カケルは貧民街とか行った事ある?」
「いや……ない」
そう言われれば俺は貧民街に足を踏み入れたことが無かった。特に避けていた訳では無かったが、行く必要性も感じなかったからだ。
「あのね――」
それからシェリルはスリをする理由を教えてくれた。
この街の人口の三分の一は貧民街と呼ばれる所に住んでおり、その日の食事もままならない極貧の生活を送っているようだ。その理由は、近年即位したルートヴィヒ一世と呼ばれる王が派遣したアドルフ伯爵の圧政に問題があるとの事だ。
この街にある土地は全て伯爵の所有物になるようで、商売をするにしても伯爵の許可が必要で、農業をするにしても、収穫量の一定量を伯爵に納める必要があるらしい。
この『税』を新しい伯爵は従来の二倍程度に引き上げる事によって私腹を肥やし、その変わりに市民の暮らしは貧しくなる一方なのだそうだ。
「でも、普通そんな事をしたら暴動が起きるんじゃないのか?」
「衛兵達を優遇する事により、伯爵は彼らを味方につけているってエドワードは言ってた」
「軍部は掌握済み……ってか」
うーん、確かに軍部を掌握していたら、迂闊には手を出せないな……。だから衛兵は町人から嫌われてるのか……。
「で、シェリルは私腹を肥やした奴らから盗み、貧民街で暮らす人たちに食料とかを届けてるってこと?」
「うん、届けてるのは姉ちゃんの仕事だけどね」
「なぜ、子供のお前がそんな危険な役目を?」
「子供の方が警戒されにくいから、自分でやらせてってお願いしたの。お姉ちゃんやエドワードには反対されたけど、私にはこれくらいしか出来ないから……」
なるほど……ようは義賊のようなもの……か。子供のくせに自分の危険を顧みず、他人の為に何かを出来るって、やっぱこいつは良い奴だったんだな。 その方法が正しいのか俺には分からないが……とにかく助けて良かった。
「シェリルは良い奴だったんだな。見直したぞ」そう言ってシェリルの頭をぽんぽんした。
シェリルは「なんだよ。今頃気付いたの?」とか言いながら僅かに赤く染まった顔がいじらしい。
「でも! もう駄目だ。こんな事続けてたら、いつか捕まって酷い目に遭う。今日だってたまたま俺が居なかったら今頃どうなっていた事か……」
「分かってる! 分かってるけど、でも、私どうすれば……」
唯一自分が義賊として出来る事、それを取り上げられたら自分の存在価値が無くなる。きっとシェリルはそんな風に考えているんだろう。
その答えは俺には分からなかった。
俺は何と答えて良いか分からず「とりあえず、アジトに行こう。送るよ」と声を掛けた。
こうして俺は二度と関わらないと決めていた彼らのアジトにまた足を踏み入れるのであった。