6.望まぬ再開
今朝はとてもいい天気で、頭上高くでは鳥たちがのびやかに歌っていた。
今日は仕事が休みなので、いつもなら狩りに出かけるところだが、雀の涙ほどの給金を貰ったばかりと言う事もあり、街を散策することにした。
この世界に来てどれくらい経っただろうか? もう街の景色を見ても『初めて海外の地に降り立った時のような高揚感』は感じ無くなっていた。と言っても実際に海外に行ったことはないけど。
露店で木製のワゴンにうずたかく積まれた色とりどりの果実の中から、赤い果実を購入し、食べ歩きながら散策を続ける。この赤い果実はとても果汁が多く、気を付けて食べないと、果汁が溢れ出て服が汚れてしまう。街中を歩いていて、いつもより衛兵の数が多い気がした。何か事件でもあったのだろうか。
とはいえ、俺は既に善良な一般市民だ。衛兵が居ようが別に怯える必要はない。
この果実もちゃんとお金を払って買ったものだしな。そんな考えながら果実をかじる
なにやらいつもより街が騒がしい。人々が大通りの片隅に集まっていく。やっぱり何か問題が起きているようだ。
俺は暇だった事もあって、野次馬根性丸出しでその騒ぎを見物しに行った。
既に大勢の人が集まっていたので、人垣で何が起きているのか分からなかった。
「すいません、すいません」
人混みの隙間を掻い潜って、ようやく騒ぎの一部始終を観察できる位置に辿り着いた。
一人の衛兵が子供の両手を後ろに絞り上げ、両サイドには別の衛兵がそれぞれ付き添って、周りの市民を追い払っていた。
――嫌な予感がした。
「ちょっとすいません。通してください」そう言い、更に人混みを掻き分け、子供の顔が見える位置まで移動し、嫌な予感が的中した事を知った。
一瞬息をするのを忘れた。
今まで様々な色彩で俺の目を楽しませてくれていた街の景色がモノクロに変わっていくような感覚。少女の周りだけスポットライトを浴びているかのように、いつも通りの色彩のままだった……。
「シェリルっ!」思わず大声で叫んでいた。
虚ろな目をした少女は顔だけこちらに向け、声に出さずに口だけで合図を送ってきた。
「カケル来ないで……」そう言っている気がした。
いつかはこうなる予感はしていた。
だから彼らとは深く関わらないように、アジトから立ち去った。
やっとこちらの世界で平穏な生活を手に入れた。
三人の衛兵。初日に死ぬほどボコボコにされたトラウマが蘇る。
それに彼女も来るなと言っている。
いつの間にか膝が笑っていた。
膝に手を添え、無理やり膝の震えを抑え込む。
シェリルと一緒に馬に乗って走った事を思い出す。
シェリルとアイリーンと一緒に楽しく食事をした光景を思いだす。
いつも大人びた言動で俺を惑わせてきたシェリルを思いだす。
『助けろ』という命令と『関わるな』という命令が頭の中でぐるぐる回る。
――そんな時、昔見た某アニメのセリフを思いだした。
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……』
「――このガキ、大人しくしろ!」
シェリルの腕を絞り上げていた衛兵の怒声が響く。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「そう……逃げちゃ駄目なんだよ!!! どいてくれ!!!」
俺は群衆を撥ね退け、一目散に武器屋に向けて走り出していた。いつの間にか膝の震えは治まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
武器屋の扉を手荒く開けると、ガンジさんはいつものように酒を煽っていた。
「こらっ、カケル! 扉壊れちまうだろう」
「ガンジさん、聞いてくれ! 俺は今この店を辞める。もし今後何かあっても俺はクビにしたことにしてくれ」
俺の切羽詰まった声色を聞いたガンジさんは真剣な眼差しで「どういう事だ、手短に話せ」と言った。
俺は今まさに衛兵に連れて行かれそうになっている少女を助けたいを言った。
「衛兵に捕まっているって事は悪い事したんだろ? 何でお前が助ける。それに衛兵に喧嘩売る意味分かって言ってんのか?」ガンジさんの眼差しが鋭さを増す。
「絶対何か理由があるんだよ。悪い奴じゃないんだ。前に一度助けてもらったこともある。それに……」
「それに?」
「一緒に過ごした時間はそんなに長くはないけど、俺にとっては妹みたいな奴なんだ。放っておけないんだよ。ガンジさんが止めても俺は行く! もう決めたんだ!」
ガンジさんは俺を見つめ、長い溜息の後、俺にメイスを投げて寄越した。
「さすがに衛兵を殺すとマズい。そのメイスなら短いし、軽めの奴だから短剣と同じように取り回し出来んだろ。あとこれ持って行け」ガンジさんは机の下をごそごそ漁ったあと、アフリカ等で売ってそうな木彫りのお面を投げて寄越した。どこかの民芸品か?
「ガンジさん……これ?」
「おう、それで顔隠していけ。どこかでガキの物売りにせがまれて無理やり買わされた面だ。こんな所で役に立つとはな……」
「ありがとう、ガンジさん恩に着る」
俺は急いでシェリルの所に向けて走り出す。後ろから「メイスは売りもんだから、終わったらちゃんと返しに来いよ!」とガンジさんの叫び声が聞こえたので、メイスを突き上げて合図した。
ありがとうガンジさん。あんたの所で働けてよかったよ。
走りながら頬を叩いて気合を入れる。
さあ、チュートリアルのリベンジだ!