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狗神様の祟り姫  作者: 月楸
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第二話 守り役の後継者

狗神憑きの少女、勇那は焔炉という狗神に憑かれている。祟り神とも恐れられているが、扱い方を間違えなければ福の神になるかもしれない。今日も上手く制御出来ず振り回される少女は、不幸から幸福になれるのか。


鬼神憑きの少年、弥寅は草薙という鬼神に憑かれている。弱くて小さい小鬼だが、成長して強くなる事は出来るのか。怪異に巻き込まれる度に、自力で何とかしなければならない少年は、今日も適当に頑張っている。

鬼道キドウ家の家系は鬼神憑きの一族である。家系図の記録では、約八百年は続いているらしい。

代々に渡り一世代に一人だけとされる憑き神だが、鬼神は時々によって、複数人にその能力を継承される。

鬼道弥寅キドウミトラの場合、数少ない例として、赤子として生まれた時から、鬼神の小鬼に憑かれていた。

悪霊を追い払い、幸福をもたらす存在である鬼神は、一転して災いを呼ぶ荒神になるとも言われている。


幼い頃の弥寅は鬼神の小鬼を、自らの意思で影の中には戻せず、長老達は例外的存在として持て余した。

「守り役を継がせるだけなら、付き合いも限られている。屋敷から出さなければ、然程さほど困らんだろう」

一族から吉兆の存在として、幼少期を外界から隔離された弥寅にとって、継承はただの面倒事でしかない。

(あの頭の固い長老ジジイ共の勝手な都合に、外面そとづらだけでも辰兄はよく付き合ってられるな)



鬼道家は代々領主として、拠点とする小さな港街を統治してきた。だが、それは表面的な役目でしかない。

限られた耕作地や漁場だけでは、領民の生計は立てられず、主に貨物流通の貿易港として栄えてきた。

先祖から代々継承されてきた本来の役目は、その屋敷の敷地にある、古代の遺跡を管理する事だった。


風雨に晒されて崩れた古めかしい土塀に沿って、弥寅は敷地内にある鬼道家の屋敷へと向かう。

「弥寅くんの家は本当に広いですよね。これに比べたら、うちの家なんて犬小屋のように見えます」

幼馴染みの火神勇那カガミイサナが、土塀から崩れ落ちた瓦を眺めながら、何やらしみじみと呟いた。

他所の家の事情はよく知らないが、世間に疎い弥寅でも、その例えがあまり良くない事くらいは分かる。


「勇那、そう言う事は考えていても、ぐに口に出すもんじゃないぞ。……相手に馬鹿にされるだけだ」

「そうなんですか? そう言えばこの間、辰弥さんに同じように聞いたら、何故か物凄く笑われましたね」

鉄面皮を被るあの偏屈者を、本気で笑わせたのかと弥寅は感心する。無邪気さが為せるわざだ。


弥寅の歳は就学していれば、義務教育は既に卒業している。戸籍はあるが、一度も通った事は無かった。

「あいつはあれでも、勉強の方はそれなりに出来る。後は将来、守り役を継ぐ気があるのかどうかだな」

親類に継承について聞かれる度に、従兄弟の辰弥はそう答えていた。嫌がらせではなく、至極本気なのだ。


「守り役って具体的には、何をするんですか? というか、遺跡にある何を守ってるんでしたっけ?」

「俺もまだまともに聞かされてない。長老ジジイ共の話では、初代の先祖が祀った、鬼神の形骸だとさ」

幼かった弥寅の代理として役目を引き継いだ辰弥からは、それが実在するのかさえ聞かされてはいない。


「弥寅くん、ケイガイって何ですか? 私の辞書にそんな言葉はありません。是非、教えて下さい」

「……お前な、人に内容を聞いておいて、返す質問がそれなのか。まあ、簡単に言えば、ミイラだな」

気味悪がるかと思ったが、弥寅は勇那に事実を伝えた。そもそも遺跡自体が、先祖代々の墓なのだ。



勇那の影の中から焔炉が飛び出し、先を歩いていた弥寅の遥か前方へと、かなりの速度で駆け出した。

この先にある何かに、興味を持ったらしい。それを勘繰ろうとした弥寅のすぐ隣で、勇那が慌てふためく。

「焔炉! お座りして下さい! でないと、今日のオヤツは抜きですよ!」


「……お前の式神の扱いの方が、俺よりも酷いんじゃないのか? 制御の訓練以前にやる事があるだろ」

「ちゃんと毎日(しつ)けてるんですよ? 弥寅くんは一体、何が足りないって言うんですか?」

「憑き神は先祖の呪詛じゅそみたいなものでも、式神としては宿り主の感情に、一番左右されるんだ」


「……ええっと、つまり原因は焔炉ではなく、私自身の精神の精進が足りない、と言う事ですか?」

式神への理解が追い付かず、勇那が懸命に考え込むが、弥寅はその理由をあまり説明したくない。

古参の憑き神一族ほど血縁が濃く、その秘匿ひとく性を保持する為に、社会的関わりを制限する事になる。

(憑き神の継承者としての素質を持つだけで、あの長老ジジイ共に目を付けられかねないからな)


「草薙、出て来い。焔炉の後を追え。……姿を見つけたら、ぐに戻って報告しろ」

弥寅が名前を呼ぶと同時に、自分の影の中に潜んでいた鬼神が、スルリと音も無くその姿を現した。

草薙と呼ばれた鬼神は、薄緑色の肌をした、一見すると小鬼のような姿をしている。

大きな黒い目をしばたたかせると、草薙は弥寅が指示した通りに、焔炉より遅い速度で駆け出した。


「草薙は弥寅くんの言う事を聞いてくれるんですね。……うちの駄目な焔炉とは大違いです」

「いじけて腐ってる場合じゃないだろ。俺たちも後を追うぞ。別に付いて来れなくてもいいけどな」

制御のすべを有耶無耶にして、弥寅は先を急ぐ事にした。意外に勘の良い勇那も、黙って付いてくる。


焔炉を追う草薙が向かうのは、遺跡のある方角ではない。屋敷にいる辰弥の許可を、得る必要も無いだろう。

(継承者は素人同然でも、憑き神は上位格だ。でも、こいつが興味を持つものなら、そんなに危険は無いな)

「焔炉は何か面白いものがあると、勝手に飛び出しては、それを拾って帰るんですよ。本当に困った子です」

弥寅が予想した通り、大した事は無さそうだ。勇那の式神である焔炉は、その呑気な精神を反映していた。

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