action8
まるでミホの体を気遣ってくれるように、飛び去っては戻り居なくなったと思えばまたいつの間にか戻って目覚めると、枕元にはいつも彼がいた。そして、たまには珍しい花や雑草を窓越しに置いていってくれたりもした。そんな無邪気さがミホの心を温かくしていた。開かない窓ガラスだったが手を伸ばせば届きそうでいつかは外界に戻りたいという希望を持たせてくれるすずめくんだった。しかしそれは近くてとても遠く、そしてまるでそれを許させぬように触れると冷たい窓ガラスが現実だった。治療も大きな正念場をむかえていた。外科的手術は数回にも及び放射線と抗がん剤の副作用は若く元気だったミホの体をむしばんでいっていた。髪の毛はもちろん最近では歯も数本抜けてきていてニット帽子とマスクは欠かせない状態だった。鏡を見ると言う事が今の自分を受け入れられないミホには最大の苦痛でしかなかった。そんな失望の日々を送る中、一筋の光が射し込んできた。骨髄移植のドナーが見つかったのだ。今度こそ最後の手術になると川崎医師は確約してくれた。信じよう。
他に道はない。もしも此の世に神様ががいるなら…今度こそ最後の生きるチャンスを与えてくれたのだと、素直に前だけを向いて歩いていこう…。窓側のすずめくんに呟いた。「でも、失敗したら…。」希望と絶望という相反した言葉がミホの心に爪をたて激しくかきむしるのだった。そんな底知れぬ不安のなかでも目の前にいるふてぶてしい程のハルの明るさが、はつらつとしたその姿が、心の底から羨ましくねたましく憎かった。もちろんそれらは自分のエゴだと言う事は十分過ぎるほどわかっている。しかし頭の中で理論立てはできても人間の感情とは数式のようにはいかない。込み上げてくる嫉妬はうねった海のように次々と悪意の波を打ち上げては岩を砕こうと悪あがきをする。定時検診の時、検温や血圧測定などでさんざん悪態をついてはハルを困らせては心の中で「ざまあみろ」と悲しい叫びを繰り返していた。それでもハルはいつも何事もなかったようにウザイい明るさで話かけてくる。『根競べじゃない‼』と一段と卑屈になった。自分がどんどんイヤな人間になっていくのはわかっていた。それでも益々嫌がらせは続きエスカレートしていった。サイテーの人間…。生きる資格なんてナイよ…。ワタシ…。
そしてそんなミホを嘲笑うかのように手術は無事に成功した。サイテーな心を持った自分の体に善意のドナーの骨髄が注ぎ込まれた。術後の経過も順調だったある日、久しぶりに車椅子で院内散歩に出かけた。最近では紹介状がないと総合病院などを受診するには、一万円近くもの費用が必要だと聞いている。と言う事はここに居る人達は皆それぞれ相当の重病を抱えているのか…。以前効いたことがある「他人の不幸は蜜の味」なんてゲスい言葉がなんだろう。その人達と自分を比べて安堵感や優越感で心を満たすのだ。もう少しでまた、サイテーでイヤな自分になる所だった。そんな気分を吹っ切って車椅子の方向を変え、病院の奥の方に進んでいくと見覚えのある女性が診察室から出て来るのが見えた。すぐにはそれが誰かはわからなかったが少し先の曲がり角でちらっとのぞかせたその横顔で直感した。ハルだ。「ふーん…。あんな『元気だけがとりえです!』みたいな人でも病気になったりするんだ…。」そのときはそんな風にしか考えなかった。




