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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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どこかに行っていた自分の心が戻ってきたとき、ミホは一言だけ聞いた。「バ、バスケはもうできないんですか?」…『お気の毒ですが病気が完治するまでは無理と思ってください。』


歯に衣着せぬ言葉がこんなにも人を奈落へ突き落とす凶器になるなんて…。それはナイフよりも鋭くミホの心をえぐり泣く事すら忘れていた


。そしてその日は家までどうやって帰ったのか覚えていなかった。不器用な父も沈黙という精一杯の優しさで何も話そうとはしなかった。ただ、頭の中で、バスケがもうできない事、担当医の『お気の毒ですが…。』の一言で全否定された自分の未来、どうしてワタシなの…。ネガティブの連鎖から抜け出せなかった。そんな気持ちは入院しても変わりなく、

ベッドの差額を考えて大部屋に入ったが、ミホ位の若い子は珍しいらしく格好の井戸端会議のえじきになっていた。そんな自分に壁を作り固い殻に身を押し込んだ。他人の心にズカズカと土足で踏み込むような雑音にいちいち答える程の人生経験は積んではいない。そしてだんまりと言う方法で心に鍵をかけ周りを拒んだのだ。


しかし、時間は待ってくれない。無情にも過ぎてゆく。大学のスポーツ推薦も取り消しになった。突然放り込まれた闇の中から必死で出口を探す日々を送っていた。大部屋の一番奥、窓際

のベッドでぼんやり外を眺める時間だけが唯一

自分と外の世界とを繋ぐ希望の扉だった。抗がん剤と放射線治療、もうどれだけ続いただろうか…。体も心もクタクタになったミホのベッドの窓越しに時折やって来る一羽のすずめがここでの傷ついた心をなごませてくれる唯一の友達だった。巣立ったばめの家を横取りするでもなくこんなコンクリートだらけの街の中でどこからか土やワラみたいなものを一人でせっせと運んできては見事にりっぱな自分の家を作りあげていた。副作用に苦しむ中でも少しずつだけど出来上がっていくすずめの巣には随分助けられたものだ。それはきっとミホにとっても希望の城だったにちがいなかった。病棟の5階なら天敵のネコやカラスの嫌がらせに合うこともないだろう。ちっちゃな頭で良く考えたなぁ…。と毎日ながめているうちにある日ふと気づいた。すでに立派な自分の巣があるのに、もうひとつ隣にせっせとまた土を運んで巣を作ろうとしている。去年も今年も同じひとつの巣を大切に使っていたのに、何故今頃またもうひとつ必要なんだろう?お嫁さんがもう一羽、一夫多妻性?それとも、浮気??言葉が通じれば聞いてみたかった。この子との付き合いも入院して以来三年近くにもなるんだからね…。始めのうちは心配してか、物珍しさでか、それとも義理からか、お見舞いに来てくれる人も多かった。しかしカレンダーをめくるたびにそんな人達もだんだん減り、三年も経つと夏休みに顧問だった先生が一度だけお見舞いに来て『お約束の』気休めを言ってはかえってゆく。そのたびに忘れようとしている希望の儚さを思い起こさせられる。そんな失望にまみれた日々を送るミホに唯一心を許せるのがこのすずめくんだった。よく考えると、かえって言葉が通じない事のほうが救いだったのかも。心細い時、しんどい時、窓の外を見るといつもそこにはすずめくんの姿があった。


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