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わざと2ヶ月という時間を設けることであくまでも偶然を装い、善意の第三者である臓器提供者が現れたという筋書き通り私の肝臓の一部が美保ちゃんの体になったのよ。もちろん、一連の出来事の中で金銭が絡んだものなどひとかけらもなかったわよ。全てが美保ちゃんの命を繋ぐ為の優しさのバトンのリレーだった。そして、皆の願いが届き、この計画が成功にと導かれていった。そういう壮大な計画の中での私の役目は、ただひたすらあなたに嫌われる女優を演じる事だった。常に不愉快感を与え鬱陶しく、顔も見たくないほどの嫌悪感を与え続けなくてはならなかったの。ほんのひと粒の砂ぐらいも疑問を抱かせず、私を悪で塗り潰してほしかった。さぞ、ウザかったでしょうね。私が美保ちゃんでもそう思いますよ。ゴメンナサイね。そして全てのミッションが成功したのを見届け、安心したかのように妹のユキは天に召されました。余命宣告よりもかなり長い間、生きながらえたのはこの事が気掛かりだったのかも知れないわね。』
昔、美保ちゃんのお父様から頂いたパールのイヤリングはちゃんとあなたの元へ届きましたか?病院のすずめさんの巣に隠したのは私ですよ〜。闘病中あなたは心を閉ざして、かたわらの窓から外ばかり見ていましたね。その目の先には唯一の友達だったのでしょうか?すずめの巣がありました。ここならいずれは美保ちゃんが見つけてくれるかも…と願いをこめて置いておきました。彼の事ですからきっとあなたの元に届けてくれたと思います。妹の犯してしまった罪を二人で背負って生きていこうと心に決めた時から、ユキと私で片方ずつ大切に持っていました。‼「父さん!全てを知っていたの⁉まさか…そんなことって…⁉」『そして、最後の質問の答え。「私は、あなた」もうおわかりですね。洋子さんから発信された命のリレーは今やっとここにたどり着きました。今までいろいろと失礼があった事、お詫びします。これで全ての償いになったとは思っていませんが、どうかユキを、妹を許してやってください。そしてこれを機に美保さんも新しい人生を歩んで行ってください。遠い異国の地よりあなたの幸せをお祈りしています。』
最後になりましたが、これら一連の私達のわがままで心ならずも巻き込んでしまった方々、御協力いただいた皆様方に深く感謝申しあげます。これで、本当にお別れです。サヨウナラ、美保さん、もうひとりの年の離れた妹へ愛をこめて…。』DVDはそこで終わっていた。…暗転しその後の砂あらしの画面をミホはしばらく見つめていた。そして、水風船がはじけたようにせき止めていた心の声が口から放たれた。「なんなのよ…どうなってんのよ…勝手に一人でしゃべっちやってさ、それも一方的に…私だって、私にだって話させてよ‼ねえ、ハル。はるさん聞いてよ‼ずるいよはるさん。私のこの気持をどこに持っていけっていうの?誰にぶつければいいのよ‼」モニターに向かって必死に叫んでいた。雨音にも似た砂あらしは何も答えてはくれない。ミホには絶対音感などはないがハ長調のその音は傷ついた心を優しく包んでいった。そして、院長が気を利かせてリモコンに手を延ばした時、急に画面が変わった。小山院長はとっさに手を止めミホの隣に再び腰をおろした。画面の向こう側に写る男の人には、二人とも心当たりはなかった。年は35、6位だろうか、背が高くがっちりした体格でやはり日焼けしていた。左手には「NPO」と書かれた腕章がつけられており、首からさげている名札からは「Japan海外医療援助隊医療チーム隊長『成瀬(Naruse)』」とかろうじて見ることが出来た。
長い間、ミャンマーに滞在しているのか重ねた日焼けはまるで彼を現地の人と見間違えるほどだった。白衣と名札でようやく日本人と確認できた。興奮冷めやらぬミホにモニターの向こうの彼は静かに話出した。『初めまして、美保さん。私は成瀬と言います。こちらの医療チームの隊長をしている者です。そして、上田はるさんは私の婚約者です。』ええっ‼??思いもかけない展開と思いもかけない人物の登場に、半泣きのミホはお隣りさんと顔を見合わせた。心地よい南の風が二人の頬をかすめたようだった。
But endなんて思いたくなかった。目指す山は高ければ高いほど登りきった時の達成感は大きいと聞く。長い人生でも困難が多いければ多いほどその後にはHappy Endが待っていると信じたい。だから、はるさんもユキさんの分まで幸せになって欲しい。そして、今の私なら素直にそれを祝福できると確信している。しかし、画面の中の成瀬さんの表情が急に雲ってきた。ひとつの言葉を飲みこんでから彼は何かをこらえるように話出した。
『実は、このDVDやレポート一式は自分の判断で私自身が日本に住む弟に送ったものてす。「はる」、いえ上田はるさんは数週間前から行方不明になっています。いつものように山合いの村に薬を届けに出かけたまま帰って来ないので、何かトラブルにでも巻き込まれたのかもと心配し、現地の人達も手伝ってくれて皆で捜索していましたが未だ彼女を見つけられていません。ただ、崖沿いの狭い道にはるさんの靴が片方だけ残されていたのを私達の仲間が見つけました。以後、何度も探しに出かける私はそのたびに失望を抱えて戻ってくる。そんな事の繰り返しで今日に至っていますが、以前、はるさんに頼まれた事が頭をよぎって、もしやこの約束を果たしたら彼女が帰って来るような気がして、これらを送る決心をしました。彼女は日頃、日本にもう一人妹が居ると言っていました。そして、心ならずもその人を傷つけ騙していたことを常々悔やんでいました。今更、会って詫びることは出来ないので、自分にもしや何かあった時はこれを妹に届けて欲しいと私に宅していたのです。それが「美保さん」だったのですね。』彼女はこの小包をパンドラの箱と呼んでいました。様々な災いと希望が封印されている、まさに彼女の人生そのものだったのです。




