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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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「今日は上田さんにお聞きしたい事がいくつかありましてお訪ねしました。」話の軌道を修正させた。さて、ここからだ。やはり順序だてて話した方が良いだろう。もし、ハルがウソをついているとしたらきっとどこかで「ほころび」が出る。そこが狙い目だと思った。『別にぃかまわないけど、ややっこしい話や難しい事は苦手だからちゃちゃっと終わらせてね。ミホちゃん!』手に付いたシュークリームの粉をはたきながら気のない返事が返ってきた。ううっ…。ちゃちゃっとだと⁉どうやらハルの集中力は、幼児並の5分くらいが限界のようだ。そう、疑問点を数えるときりぎないのだがこの人から全てを今、聞き出す事は三歳児に六法全書読み聞かせるより難しい。「わかりました。すみませんが紙とペンをお借りできますか?」と攻め口をかえた。ハルは面倒くさそうにデスクの引き出しをがさごそと漁りボールペンを手渡した。『紙は…っと、これでいいかなぁ?』とシュークリームの袋に入っていた薄い紙ナプキンを差し出した。

ううっ…‼湧き上がる怒りを奥歯で噛みつぶしながら「できれば、便箋などを…なければコピー紙でも構いませんので。」ハルは益々面倒くさ気に、ぱぱっと手についた粉をはたき、部屋の奥からコピー用紙を持ってきて、これなら文句ないでしょ的に無言でミホに差し出した。悔し涙なんて今はいらない‼ハルからもらった紙に箇条書きで思い当たる疑問点を列挙した。その間も彼女はおかわりのコーヒーと3個目のシュークリームを食べようとしていた。十数分たったろうか、ミホは静かにペンを置いた。


そして、「質問状」をハルに渡した。片手にコーヒーカップを持ちながら時折あくび混じりで隅々まで目を通したように見えた彼女は『あらまぁ何かと思えば‥こんな事なの?もしかしたら、ミホちゃん自身の体の具合かと思って、これでも心配していたのよ。』と悪びれもせず自らの献身さをアピールしている。よもや、珠玉の渾身作と自負していた「質問状」が『こんな事』と一笑されるとは考えてもいなかった。いや、考えたくなかった。それゆえミホは何の反論もできなかった。でもここで諦めたらまた全てが闇の中「蜘蛛の糸」のカンダタの事が何故か頭をよぎった。どうかこの残された、最後の細い糸が切れてしまいませんように、光ある所に繋がっていますようにと。しかし、あまりの失意が顔に出てしまっていたのか、ハルから思ってもいなかった反応が返ってきた。『このメモ預ってて良いかしら?今いちいち答えてたら折角の半休が…、いえ日が暮れちゃうから宿題にしてよ。冬休みのネ。赤点にならないようにするからさぁ…』勉強嫌いな子供がなにやら理屈をこねてはその場をやり過ごしたいような口ぶりだった。とまあ、ひと筋の光の糸を残してハルとの面会は幕引きとなった。後になって冷静に考えるとハルの言い分にも一里ある。思いつく限りの疑問を書きなぐった物を渡され、即答せよ‼と迫られても躊躇するのが普通の反応だ。ドラマのように台本なんてないのだから、それこそ、全て即答していたらむしろそちらを疑うべきだ。


しかしながら、この倦怠感はハンパなかった。同じ人間同士とはとても思えないさっきまでの空間、ハルはマジで宇宙人かとさえ疑った。それはさておき、そこいらの政治家(屋)さんのポロリ失言や揚げ足取りをするようなほころび探しはてきなかったが、今はハルからの宿題の提出待ちとしよう。あとは、彼女の心の中にあると切望する『誠意』というものに全てをかけるしかなかった。そして、少々失礼な内容があった事は今度会う時にでも謝ろうと思った?

一、貴方は何故ここ(移植データー管理室)に

  入ることが出来たのか?        

一、あの時の涙の訳

一、小山医院への受信そして紹介状の内容につ 

  いて

一、母へのお墓参りの理由

一、ユキさんとの関係

一、職権を利用しての金銭の授受はあったのか

一、小山先生があなたの事は直接本人に聞いて

  欲しいと口をつぐんだ訳

一、ハル、あなたは何物なの?


ひとつひとつが重い問いになってしまったが果たしてどこまで答えてくれるだろうか?

お正月を間近にひかえ小山医院でも大掃除が始まった。相変わらず整理下手の先生のお守りにも毎年のことながら随分時間がかかった。しかしながら、院長いわく、診察室のイスから手を延ばせば全ての用を済ませられるように幾何学的配置がなされているらしいが、うず高く積み上げられたそれらを合理的と呼べるのは本人だけだろう。少なくとも、ミホにはジェンカのタワーにしか思えなかった。ちょっと間違ってパーツを抜き取ろうものなら総くずれしかねない。仕方なく、ここだけは院長自身に整理をお願いした。まあ、あまり期待はてきないが…(笑)看護師の三木さんも巻き込みながら、デコボコトリオの充実した日々が過ぎていったがあれから一ヶ月、ハルからの音沙汰はまだなかった。様々な事が目まぐるしく過ぎていった年は暮れ、新しい年が明けた。今年こそ飛躍の一年にしたいものだと初詣で近所の神社にお参りをした。運だめしに引いたおみくじは「末吉」だった。言葉どおり受け取るとそのうちに良い事があるって意味なのかなぁ…。ふと目が止まった。「待ち人…来たるとも遅し…」っかぁ。ふうっと白いため息をついて境内の木の枝に願掛けをしたおみくじを結んで帰った。


新年の松の内も過ぎ、世の中が少し落ち着いたのを見計らってY総合病院を尋ねた。と言うのもハルとの連絡が途絶えてしまったからだ。去年面会した時に交換したケータイの番号に何度かけてもその度に『ただ今電話に出る事ができません。ピーと言う音の…』というお決まりの留守電に切り替わる。それならメールを送るとこれまた、ポスティングエラーで帰ってくる。たまりかね、最終手段とばかりアポ無し訪問という手に出たのだ。今さらながら病院に入るという行為は、いとも簡単にできるもので警備員が二人ほどいてあちらこちらに注意を払ってはいるがよほど、そうとう挙動不審でない限り呼び止められる事はない。こちらから道案内をお願いすることがあって呼びかける位しか話はしない。本当の防犯は24時間絶え間なく動き続けている天井の監視カメラなのだが人々はあまりそれには無関心のようだ。それより今、自分が…、家族が…、友人が…、の病気やケガの方に気持ちがいっぱいで、そんな救済を求め集う人達の前に病院側はプライバシーを守り、生前説を信じ続けることを求められるのだ。そんな事を考えながら歩いているといつの間にか東棟のナースステーションまで、誰に呼び止められることなく来れていた。


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