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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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意を決したように、ミホはその足でY総合病院に向かった。小山先生から借りたままになっていた「あ.の.ひと」のカルテを持って…。それと忘れずに餌、いや、お土産も買った。あらかじめ半休の日を狙ってハルにアポを取り相談事がある、とだけ伝えていた。地元で、行列ができるという評判のシュークリームを土産に持っていくと言うとふたつ返事が即、帰ってきた。いささかそんなテンションで話すような内容ではないのだが、まずはハルに合う事が先決なのでよくぞ、エサに喰いついてくれたと心の中でほくそ笑んだ。どこでどう転んでも感動的ハッピーエンドな結末にはなりそうも無いが、今日こそは逃さない、さぐらかさせない、そして見極める。「本当のハルがどういう人なのか…。」塗りつぶされた黒が純白に変わるかもなんて期待はしてはいない。それでも切り札は私の手の中にある。ミホ自身もまだ小山先生からカルテと共に借りた未開封の紹介状には目を通していないが本心はこんな物が無くったって本当の事を語って欲しいと、1分の望みを捨てきれずにいる自分は愚か者か…?どこまでお人好しなんだ…?髪を振り払いそんなシュークリームよりも甘い考えは捨てようと思った。


お昼を少し過ぎた頃、ナースの制服から着替えたハルが待合い室のミホの前に姿を現した。さて、ようやくお出ましだ。重いため息を一つ吐き捨てると、身体と心を少し軽くした。まず、大人の挨拶からと、話出そうとしたミホに『お待たせ〜〜世話のやける患者がいてさぁ遅くなっちゃった。ゴメンね』と遅刻した事など全然気にしている様子はなかったし、立場上せめて病院の中にいる時くらいは「患者」ではなく「患者、さ・ん・」と言うべきだろう。やはり疲れるキャラは不滅らしかった。そして、彼女自身それに気付いていないのが尚更「イタい」。挨拶もそこそこにハルの目はすでに手土産のシュークリームにロックオンされていた。ひと筋縄でいかない事はあらかじめ予想済みだが今度は、さっき以上に重いため息をしょいこんでしまった。そんなミホをどこ吹く風と『今日は寒いから中庭はちょっとねェ…。食堂は持ち込み禁止だし、(もう、食べる気満々だ)談話室は人が多すぎて落ち着かないし…。そうだ!あそこがいいわ。』とまくしたてたかと思うとミホを放ったらかしたまま何処かに行ってしまった。完全にハルのペースだ。幸い今の会話を気にする人は周りにはいなかった。ガヤガヤした待合い室が功を奏したようだ。数分後に戻ってきた彼女は、手に一枚のカードをひらひらさせて鼻歌まじりだった。


一体どんな秘密の園に連れて行かれるのか先が思いやられる。不安99%、期待1%というところだ。主導権を握られたままハルの後ろをすごすごついて歩いた。普通だったら並んで歩くでしょ。と率直な思いがするのは私だけだろうか…。ミホより頭ひとつ背のたかいハルは学生時代バレーボールでもしていたのかと思うほど長身である。ミホもバスケでエースナンバーの5を背負ってきた看板選手だったので、病気さえしていなかったら今頃は、実業団かプロで世界を股にかけて活躍していたと自負しているが今となっては「たられば」の話におさまってしまう。もしかしたら、ハルも何かの理由でその道を諦めならざるを得ない人生だったのかと勘ぐったりした事もあったが他人の人生話には先頭をきって、ズカズカと踏み込んでくるものの、いざ自分の事については何ひとつ他人には語ろうとはしなかった。何故なんだろう?…そんな事を考えなが後ろを歩いて、着いた先は…‼あの「STAFF ONLY」というステッカーが貼られただけのパンドラの箱の部屋、正確には『移植データ管理室』だった。「何‼」ミホは思わず声が出そうになったが、ハルはこなれた手付きで部屋を開け次々とセキュリティーを突破していった。


「鳩が豆鉄砲をとか青天の霹靂」などというものをまさか自分が体験するとは、夢にも思わなかったし、まさにこれがそう言う格言に当てはまるのかも定かではないが、兎に角ミホはさまよう自分を探していた。ハルが『ナゼ』ここの入室カードキーを手に入れる事が出来たのか、そして『ナゼ』難攻不落なセキュリティーパスワードまで丸暗記?そうまるで自分のスマホでも操作するようにいとも簡単に「ここ」を自分の部屋にしてしまったのだ。以前、川崎先生からこの部屋の事はトップシークレットなのでくれぐれも内密にするようにと言われたばかりだ。この病院の中でも入室を許されているのはごく限られた医療従事者のみだとまで豪語していたのに、この有り様は何なんだ。『パンドラの箱神話』はたった1匹の兵隊蟻の前にこうも無力に崩れ去る儚いものだったのか…。しかも、ここでも思う事は堂々巡りのキーワード『何故、ハルなの…?』全ての何故ナゼの行き着く先はそこのような気がする。もちろん自分も、ハルの全てを知っているわけではないが余りにもとっぴおしもない事だらけで、思考回路の容量オーバーだった。そんな勝手な妄想をするミホに『コーヒーでいい?シュークリームは少し甘いからブラックの方が良さそうね…。』と慣れた手付きでフィルターのコーヒーの粉にお湯を注ぎながら聞いてきた。


「はい、大丈夫です。」とうわの空の返事をした。テーブルに置かれたシュークリームとホットコーヒー。まるで、ハル喫茶だ。『で、話って何?』とシュークリームをほおばりながら一口コーヒーをすすって、ハルの方から話を切り出した。彼女の口から聞きたい事は山ほどあったが、ついさっきまでの信じ難い出来事に整理してきたはずの頭が、返す言葉を見つけられずにいた。黙ったまんまのミホに、せっかちなハルは『あっ‼もしかしてこの前、ミホちゃんのお母さんのとこにお花を供えに行った時の事じゃない?私的には、なかなかイケてたコスプレだと思ったんだけど、やっぱりすぐに見破られちゃったわね。ややこしい事して申し訳なかったわ。ゴメンなさいね。』と、しらっと片付けられた。だから、そこじゃなくて…。このままじゃどんどんハルワールドに飲み込まれそうだ。かと言って同じテンションで同調するとそれこそ底なし沼だ。ミホはわざと大きく振りかぶって姿勢を正しハルの方を見すえた。『どーしたの?そんなマジな顔しちゃって…』彼女は二つ目のシュークリームに取りかかりながら関心なさ気に言った。


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