表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
35/43

action35



立ち上がり、部屋の電気をつけ振り向いたミホの目に先生の姿が人生に疲れきった流人のように写った。ソファーに戻り「続けてください」と促した。詰問するつもりなど無かったが、少々強い口調になってしまっていたのかも知れない。少し頭を上げた先生は再び告白に入った。『洋子さんから授けられたもうひとつの命、心臓はユキさんの体の中で二十数年という長き時を脈々と生き続けたのです。当時の技術では奇跡と言っても過言ではないほどの手術は大成功で、つい最近の事故で亡くなるまでの長い間、洋子さんはユキさんの中で一緒に人生を歩んでいました。しかし、その時間の長さは、また、ユキさんにとっては後悔と懺悔の日々と比例して重くのしかかっていた事でしょう。どこで知りえたのかは、私にもわかりませんが自分のドナーが洋子さんであるのを知った彼女はうちの病院を訪れ、以後、今までずっと美保さんの事を見守っていました。まるで洋子さんの生まれかわりの様に、美保さんを影ながら愛し続けていました。』


『あなたが病に倒れた時、彼女はできる限りの方法を模索し奔走し、まるで自分の命を削るかのようにあらゆる手をつくし、彼女自身が倒れるのではないかと心配さえしました。そして、万事休すと思われたユキさんは最後の願いに賭けたのです。』机の上のカードを揃えるように先生は「ハル」のカルテを少し上にずらして示した。それは、去年にはあったが今年のファイル整理の時にはどこを探しても見つからなかった「上田はる」(Y総合病院勤務)のカルテ。…間違いなくあの、ハル本人のものだった。途端に今までのハルとの思い出が次々と頭をよぎった。最後に会ったのはあの母の墓地での記憶。思い出したくもなかった。母への裏切りの行為。ふつふつとこみ上げてくる怒りをはねのけながら動揺を悟られまいと毅然を装った。そして膝の上で強く握った拳でハルの存在をひとつひとつ潰していた。少し間を置いてから『ここから先は、御本人から聞いて頂いた方がよろしいかと思います。無責任かもしれませんが私がお話するよりももっと真実に近い事がきっと聞けるでしょうから。』……「また、はる なの?!どこまで私を苛つかせるの!!」


少なくともミホが知っているハルは…ハルの言葉は、がさつで信用に値するものではなかったし母の墓地での態度もこちらをあざけり笑っているとしか思えられなかった。そんな人間性を小山先生は知ってはいないだろう。まるで他人の人生を4コマ漫画にしては腹の中でクスクス楽しんでいるような人に、今さら何を聞く事があるのだろうか…。ここまできて、失望。チェックメイトなんて余りにも悔しすぎる。私の心を返してよ!!…と叫んでみても…しかしそれが現実だった。それにしても何故ユキさんがハルを最後の砦などにしたのか不思議だった。まさか、看護師という立場を利用して職権乱用などの違法な手段を使っていたのなら糾弾されるべきである。ハルに話を聞く場を設けましょうかと言う小山先生に、しばし考えさせて欲しいとの旨を告げハルの〆印された紹介状入の封筒とカルテのコピーだけは持ち帰る事にした。こんな事は父にもおいそれと相談できるはずもなく、いろんな事を抱えまたしても悶々とする時間だけが過ぎていった。


そんなミホを置いてけぼりにしたまま、周りは何事もなかったようにいつも通りの生活が続いている。小山医院も例外ではなく、サッカーで捻挫した中学生や、タバコ屋のおばあちゃん、お鍋をさわってしまってヤケドした3才くらいの女の子が泣きながらお母さんに付き添ってもらって来院したりで、全く何科の病院なんだか…。これこそホームドクターを絵に書いたようなあわただしい日々を送っている。いつの間にかぽつんと残されたミホの心だけがあの日のままだった。駆け足で秋が過ぎ去りまた、冬がきた。そんな小寒い朝、この街にも雪が降った。積もる程ではなかったが北国に降る「こな雪」に似てさらさらとアスファルトの道を駆けては風で消えてゆくはかなさはユキさんを思い出さずにはいられない程、慕情をかき

たてられた。ミホのもう一人のお母さん。


実母、洋子の記憶が曖昧なためかはわからないが母を思う時何故か顔だけかユキさんになる。

色白で優しそうでそして儚なげだった…。早いものでもうすぐ1周忌をむかえる彼女のお墓参りに出かける事にした。やはりお供え花は白ユリが最もふさわしいだろう。彼女もまた花言葉どおり『純潔』な人だった。沢山のゆりを抱えると、イヤでもあの日の事が頭をよぎる。断片的にだがそのひとコマひとコマは今でも脳裏に焼き付いて消える事はなかった。いっそ忘れられたらどれだけ楽だろう。やはり、知らない方が良かったのだろうか…もう何度も自問してきた事だ。しかし、その答えは未だ出ていない。お墓はユキさんが生前に希望していた通り母の隣に建てられたと聞いていた。心の整理がつかないまま遠のいていた足を詫びながら二人のもとにたどり着いた。久しぶりに訪れたミホより先にお参りしていた人がいたようで整然ととしたユキさんの墓石の周りは、白ユリで覆い尽くされていた。しかも、隣の母の所までも同じように…。ミホの目には何だかふたりが手をつないでいるように見えた。ユキさんもまた、愛されていたんだなぁと、この光景から御主人の心があふれて見えた。ありがとう二人のお母さん…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ