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これ以上何を白日のもとにしようと言うのか?それを望んでいる人はいるのか?「○」か「☓」を必ずしも証明する事が果たして全てを終わらせると言うEndになるのか…。そんな葛藤が鏡の向こうの自分が何度も問いかけてくる。しかしながら、小山先生だけには事実を話しておこうという結論に至った。そう、全てはここから始まったのだから。そして包み隠さず全てを打ち明けたミホに院長は少し待つように告げ、診察室の奥にある院長室兼書斎に消えていった。何か気にさわる事を言ったのかな。もしや、この前、三木さんがふと漏らした言葉、『私にはその資格がないのだよ。』と意味深げに語っていたという件と関係するのだろうか…?不安を抱えたまま庭の木から時折落ちる枯れ葉をながめていた。秋の日は鶴瓶落としという名の通りほんの10分こそこそでもずいぶん太陽が傾いたように感じた。決して中途半端な気持ちで話したつもりではないが、今、目の前に再び姿を見せた院長の様子を見てやはり自分は間違った選択をしてしまったのではないかと苦悩に満ちた表情はミホを後悔させた。
片手にファイルを数冊かかえて院長はゆっくり
ソファーに腰をおろした。『まさか…ね。』緊張した空気をその声は静かに流れさせた。そして机の上に持っきたカルテやファイルをミホの方に向けて並べた。全部で5冊、中にはすでに亡くなった方もいるようだ。カルテではなくファイルと言う形がそれを示している。左端から「美保」「洋子」「幸江」「ユキさん」そして「ハル」…。何なのだこれらは!!呆然としながらも、もう一度見間違いであって欲しいという思いもこめて、左から、美保(私)、洋子(お母さん)、幸江(?)、ユキさん(母の心臓を持っていた女性)、そしてハル(上田はる)何度見直しても変わりはなかった。どういう事なのだろう…。院長のみが知る見えない糸で繋がっているのだろうか…?『これらのファイルは私が墓場まで持っていくつもりだったのですが…。』戸惑うミホに院長は重い口を開いた。『最初にひと言だけ言わせてほしい。美保さん今まで本当にすまなかった。』と深々と頭を下げた。
わからなかった。何故、先生が机に突っ伏してまで自分に許しを乞っているのか。少なくともまだミホは全てを知った訳ではないのだと予感した。目の前の5冊のカルテやファイルの名前の羅列を見る限りでは導かれた運命の奥深さは測り知れなかった。これが、自分が知りたかった事の序章とするならばとてつもなく大きな化け物に見すえられた様に身震いさえ感じた。この後、先生の口から語られるであろう全貌に耐えうる自信は正直なかったが今更あと戻りも出来ない状況である事だけはいくら世間知らずのミホ自身でも口に出来るわけにはいかなかった。『まず…。これらのカルテやファイルの中に、美保さんの知っている方はありますか?』と唐突に質問から始まった先生の告白…?戸惑いながらも、気丈に振る舞いながら、自分のもの、母さんのもの、ユキさんのもの、そしてハルのものを選び出し少し上にずらして置いた。それを見届けたかのように、『残った一冊は、私の妻のものです。』と院長はポツリと言った。
「えっ?!…奥様はずいぶん前にお亡くなりになったと三木さんからお聞きしていますがそれが今回の、母の事と何か関係があるとおっしゃるのですか?」素直な疑問だった。『ええ。ここにある五名の人達は運命と言う不思議な糸でたぐり寄せられ、大きな幹の基に集まりました。そして、その大いなる母の幹から枝分かれし、豊かな葉をつけ花を咲かせたものや、途中で折れてしまったり、枯れたりした枝もありますが、もちろん今でも元気ですくすく育ちいずれは立派な太い幹になるであろう成長途中の物もあります。とても比喩的な言葉になってしまいましたがもう、おわかりでしょう。大いなる木は、洋子さん。美保さんという素晴らしい枝を育てられました。そしてまた、一見無関係に見える他の人達もその枝のひとつひとつなのです。』と、ひと呼吸してからまた、話を続けた。『あの事故の時、美保さんのお母さんの想いを確かに受け継いだに私は、ユキさんへの心臓移植の際に、こともあろうか…。こともあろうか妻にも…、私の妻にも洋子さんからの肝臓移植をお願いしたのです。もともと仲の良い二人でしたので、洋子さんの善意のご希望で適合率は調べてあったようです。』
『病気で苦しむ家内の姿を見かねて是非ともとおっしゃってくれました。しかし、医療に従事する者としてそれは決して許される事ではなかった。越えてはいけない一線だったのです。いまさら何の言い訳にもなりませんが事実はそういう事です。洋子さんの尊い命が二人に受け継がれ、それぞれの歯車が時を刻んでいきましたが、妻はそれからしばらくして亡くなりました。肝臓ガンでした。せっかく洋子さんから頂いた命でしたが、もはや手遅れだったのが残念でなりませんでした。本当に申し訳い…。』
とさっきよりももっと深々と先生は頭を下げ続けた。こちらから声をかけない限り、その時間は永遠に止まったままの様に思えた。『私なんかそんな資格はない』と言っていたのはこの事だったのだろうか…。そんな重い十字架を背負っていたからこそ、自己犠牲に徹して、患者さんを第一に考える名医になれたのだろうか…。「お父さん…父はこの事を知っているのですか?」と止まった柱時計のネジを回し、今度はミホが時間を進めた。その問いに院長はうつ向いたまま『ご存知です…。』かろうじて聞き取れた言葉だった。




