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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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その願いがこんな形で叶うなんて「運命」というひと言で済ますには重すぎる現実であった。二人を乗せた車を見送ってから病室にもどった。かすり傷とはいえ1週間程度の入院は必要でそれなりの検査もしなくてはいけないらしい。無理を言って以前居た病室の窓側にベッドを用意してもらった。そう、すずめくんの巣のとなりに。どうしても今のミホには彼の力が必要だった。心も身体も傷ついた自分を持て余していたからだ。しかし、そこにはもはやすずめくんの存在は無く、巣自体が消え去っていた。まるで全てを成し遂げてどこか新展地に旅だったように…主を失った城跡はひっそり静まり返って今となっては誰もそこに何があったのか気にする人もいない。もしかして、あれはユキさんだったのかもなんて…。闘病生活の中で苦しい時、つらい時、いつも側に寄り添っていてくれて、時に投げやりになる自分を支えてくれていた。春には土筆や桜の花びら、秋には真赤なモミジの葉っぱや、ドングリ、たまには毛虫なんて珍客もあったりしたけどすずめくんなりの精一杯の励ましだったんだね。


最後のプレゼント、「友情の証」のイヤリング大切にするね。私はもう大丈夫だから…。さようなら…すずめくん…ユキさん…。十日後、様々な思い出を残しミホは退院した。しばらくは自宅療養する様に言われたミホの元に一通の手紙が届いた。送り主はユキさんの御主人だった。ひと通りの歳事は終えたものの気持ちの整理をするのにはまだまだ時間がかかる等々の内容だった。そしてそれと共に小さな包が同封されていた。『出来る事ならユキの形見として、そして最期の償いとして洋子さんの墓前に供えて頂けたら妻も安心して眠れると思います。勝手ばかり言いますがどうかご理解の程宜しくお願い申し上げます。』と締めくくられていた。綿にくるまったまった包をそっと開けると中からティア形のイヤリングが一つ出てきた。片方だけなんだ…。しばし見つめていると何故か今までの思い出が次々と湧き出してきた。想いが詰まったもののパワーを実感した。ともすると、こちらが想い出に飲み込まれそうだ。


人間の意志とはこれ程まで、静か、かつひたむきに強いものなのか…胸がしめつけられる思いがした。そんな中で何か心にひっかかるものがあった。もしや…これ、私持ってる…!!急いでクローゼットを引っかき回し、あの時着ていた服を必死で思い出して無雑作にポケットを手探りした。無い。そうか、大切に仕舞いすぎて想い出箱に入れたんだった。確か、ここに…。「あった!!」急いでもう片方と見比べてみた。「やっぱり…間違いない。」それらのイヤリングは二十数年の時を越え、今やっと再び巡り会えたのだった。ミホが持っていたのはあのすずめくんから「ちょうだい」して宝箱に入っていた方だ。『友情の証』は何ものにも代えがたいプレゼントになっていた。そして、一対となったイヤリングに秘められた最後のメッセージにもやっと気が付いた。

以前、父から譲られたミホの小学校の入学記念写真、最後の写真になってしまったけど、校門の前で二人で微笑む母の耳にそれらはしっかりと写っていた。間違いなくお母さんのイヤリングだ。持ち主の手を離れたその後、どこをどうさすらってかは、わからないが今、ミホの手の中で安らぎに満ちた光を放っている。『もう何処にも行かないで…。もう離れないよ…。』とお互いが言っているみたいで見えない絆で引き寄せられているようだった。母と娘、父さんと母さん、ドナーとレシピエント、様々な絡んだ糸をたぐっていって今やっと求めていた相手にたどり着いた気がする。そして、次はミホ自身が「絡まった糸」をほぐす番になった。長い間求めていた待ち人。できることなら避けて通りたい、もっと言うなら自分の人生から消し去ってしまいたい人だがここが、上上下下左右左右BAのラストステージだと確信した。初秋の空には、うろこ雲が楽しそうにたなびいて浮かんでいる。もう入道雲にじゃまされる事なく夏の終わりを皆に知らせていた。


ミホの体調も日にち薬で、以前と同じくらいにまで回復し、またまた小山医院のポリポリ頭の院長としっかり者のお母さんのような三木さんと三人でつつがなく充実した毎日を送っている。軒下のスズメ達はとっくに巣立って姿を消し、、また来るだろう春に備えて家の整備は万全にすませ今はひっそり静まり返っていた。「立つ鳥跡を濁さず」そんな格言どうりだった。あのヒナ鳥たちと会うことはもう無いのかな…。親元を離れ新しい生活を送っているだろう彼らに幸あらん事を願った。ミホも彼らに負けてはいられない。自分も新しい人生を生きていくために越えないといけない壁をながめていた。今度こそ、そう今度こそ目をそらさず真っ直ぐ前を向いて事実を受け止めようと思った。ラスボス対策のパスワードは今、ミホの手の中にある。しかし、もしかしたらこの判断は最善ではないのかも知れない。「もういいじゃないか」ともう一人の自分が言う。「いやいやさっき自分で決めた事じゃないか」とまた一人の自分が言う。以前『人生には知らない方がいい事だってある。知るともっと苦しくなる。』と誰かに忠告されたのを思い出した。事実だけを引っぱり出して傷つく人もいるかも知れない。もちろん、ミホを中心としたサークルの内外の人を含めてである。ユキさんの十分過ぎる贖罪も、もう終った。


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