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それどころか、そういう母の娘に産まれてきた事を誇りにおもえた。ましてやミホ自身、二度までも善意の第三者に命を助けてもらっていたという事実が、より母の心を理解する根底になっているような気がする。自分の気持ちを整理するにはもう少しの時間が必要だが本当の事が聞けてよかった。しかし、果たして父はどこまてこの事を知っていいるのだろうか?飄々としたその姿からはこんなに重い十字架を背負っていたとは夢にも思い及ばなかった。愛する人の頼みとは言え、いや、愛している人だからこそドナー承諾に踏み切るまでには相当な心の葛藤があったに違いない。全てをひとりの心に秘め自分には何も語らずに今に至ったのはミホがまだそれを受け入れるには幼すぎると判断したのだろうか?不器用な父らしいと思う反面、そろそろその重い荷物を半分持てる程大人になった自分を父に伝えたかった。今まで散々心配をかけてきたので偉そうな事は言えないがいつかきっと、そう遠くない未来に、父と母について話をしようと心に誓った。その日の晩ごはんは珍しくミホが作った。カレイの煮付け、タコの酢の物、けんちん汁だ。スマホのクックパッドを見ながら、どれも初めて作ったものばかりだった。父はどういう風の吹きまわしなのか…。と少々不思議そうにそれらを何度も見比べていたが、ちょっと早い花嫁修業だよ(笑)とふざけて言った。「ふーん…」と鼻を鳴らしながらも、美味しそうにペロリと完食してくれた。全く便利な世の中になったものだ。母に習うはずの「おふくろの味」が今や「スマホのググる味
」としてまかり通るのだから。そしてそれがまた、「ウマイ」ときているのだ。母が生きていたら話は別だが、きっとどこかで見て笑っているに違いないと苦笑した。
翌日、ミホは初めて一人で母のお墓参りに行く事にした。父から聞いた母が好きだった「白ユリの花を買い電車で少し離れた街に向かった。駅に降り立つとぴりっと冷たい潮風がほほをかすめた。緩やかな坂を登った港のみえる丘の上に母はいた。偶然にも今日が母の命日であることを昨日聞いていたので父からの伝言もちゃんと預かってきていた。久々の再会にお母さんは喜んでくれるだろうか?いろんなことを思いながら母のお墓を探した。日本式のお墓とは違いカトリック教の墓石はどれも同じような形なので広い敷地の中で母を探すのは骨が折れるなぁ…。と考えていたミホの目にひときわ白くそれは飛び込んできた。迷うことなく引き寄せられるように足が動いた。近づいて見るとそこは、ミホの母のお墓だった。すでにきれいに掃除されて母は白ユリに囲まれお線香の煙と交じり合いここだけが異空間だった。戸惑っているミホをよそに、揺らぐ煙の向こうに誰かの影が見えた気がした。
思わず「あの〜…」と声をかけてみたがその人は振り返ることはせずに丘のむこうに消えていった。一体誰だろう?母には親類縁者はいないと聞かされていた。という事は友人なのかな?帰りに教会の牧師さまに話を聞いたところ、月命日には必ずお参りに来るらしい。そしてその女性は年一の命日にはいつも抱えきれないくらいの白ユリで母を飾り亡き人への感謝を欠かしたことがないそうで、そんな事が十数年続いているのだと教えてくださった。今まであえて避けていた母への想いがじわじわと湧いてくる、これが母の温もり…。お参りを済ませて帰る道々いくつかの単語がミホの頭の中でパズルのように絡み合う。「白ユリ」「母の命日」「十数年」「墓参り」「女性」「感謝」たった一つの答に何度も考えを繰り返しては「まさか…」という消しゴムで消してはみるが、やはり答は変わらなかった。そうだ。母の心臓を持つ彼女しかいない。一体どういう経緯で知ったのかはわからないがその人は生きていた。母とともに…。「会いたい。」胸がキュンとした。いざ、会ってどうこうするなんて二の次だった。聞きたい事は山ほどある。言いたい事もそれ以上あるが、本能が彼女を求めていた。何か手掛かりは無いのか?なにか…。「アナタハダレ…?」
Y総合病院は、移植分野にかけて特化していると以前、川崎医師が言っていたことを思い出した。もしかしたら何か情報が得られるのではないか?と、ない知恵を絞り出して唯一の望みをそこに絞った。次の診察時に探りを入れてみようと考えた。三寒四温を繰り返しもうすぐまた、春がやってくる。その後の移植に危惧される変異もなく乗り越えて順調に回復し望んでいた普通の人と同じ生活を送れるまでになっていた。
ミホにとっては特別な意味をもつ「普通の人」という言葉はもうすこしで手の届く所まできていた。また、すずめくんと再会できるかなぁ…。そんな中、手術後の三ヶ月定期検診の日を迎えた。診察前の待ち時間に久しぶりに友達に会いに行った。窓ガラスのノックの音が「来たよ!!」のサイン。いた!居た!
今年も自分の家のメンテに抜かりはなかった。サッパリと掃除も行き届いていて後は、お嫁さんを待つばかりだ。そして隣の巣には相変わらずおもちゃ箱のように着々と宝物?を集めつつあった。木の実や真っ赤な葉っぱ、ドングリなんかもあった。そんな中で何やらキラキラ光る物に目がいった。なんだろう?お嫁さんへのプレゼントかなぁ?小さなガラスの欠片みたいに見える。イヤリングかな?窓にはロックがかかっているので勝手に開ける訳にもいかず手に取る事が出来ないのがもどかしい。そうだ!写メだけは撮っておこう。周りの入院患者さん達に気付かれませんように「カシャッ…。」




