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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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それも無理はない。かれこれ二十年以上もの付き合いで赤ちゃんの頃からずっとミホの成長を()続けてきた小山先生には、彼女が大事そうに胸に抱えたファイルと思いつめた顔から全てを察する事は難しくはないはずだった。『そうですね…。そろそろ話しても良い頃でしょうね。お母さんのカルテを読んで何か気になる点がありましたか?』と、そっと助け舟を出してくれた。よし!!この船に乗らなくちゃ!!堰を切った様に溢れ出す言葉…のはずが…やはりダメだ…固まったままひと言も喋れない。聞きたい事は山ほどあるのに、せっかく先生が出を差し伸べてくれているのに、もう一人の私が心に止まれとブレーキをかけていた。「キイテハイケナイ,    シラナイホウガイイ」何故なのか自分でも解らなかった。見かねたのか、先生がボソっと話出した。『これは、ある勇気の持ち主の女性の話です。私の独り言だと思って聞いてください。途中でもし、イヤになったら聞かなくても全然構わないですからね。何かしらサインをしてもらったら私の話はそこまでとしましょう。』先生の言葉はミホの心をそっと揺らした。


『さて、今からかれこれ三十年ほど前になりますかね…。その女性は幸せな結婚はされていたのですがなかなかお子さんに恵まれず不妊治療をしていました。と言っても昔のことです。今みたいな遺伝子レベルの画期的なものなどはなく、それでも彼女なりに努力し、そしてその甲斐が実りそれから二年位たった頃だったでしょうか…一人の女の子を授かりました。その時の彼女の喜び様ときたら、まるで世界中で自分が一番の幸せ者であると信じてやまなかったのです。そしてクリスチャンであった彼女からその感謝の気持ちを何とか人の役に立てないものかと私に相談を受けましてね、話し合いの末、ある約束をしてしまったのです。私としては、まさかあり得ない、起こりえないような内容で…言葉は悪いですが彼女の気持ちを「あしらった」と言うカタチになりました。今にして思えばなんて無責任な事をしてしまったと深く後悔しています。そして、その赤ちゃんはすくすく大きくなり彼女も娘を宝物のようにそれはそれは大切に育て、やっと望んでいた家族の幸せが訪れたれたかに思われていたのもつかの間、それから数年後、彼女は不慮の事故で命を失う事になってしまいました。当時、女の子はまだ小学二年生でした。』

野山のせせらぎの様にやんわりとその声はミホの心に染み渡ってくる。『突然の母親の死はその小さな女の子のこころを閉すには十分過ぎる衝撃でした。自分の存在をカーテンで閉し独りぼっちの冷たい闇にとじこもってしまったのです。無理もない…。大好きな人が自分を残したままある日突然「消えて」しまったのですから…。小学二年生と言えどまだまだ子供じゃからそういう母の事実を受け入れるまでかなりの時間が必要だったのじゃろうのう…。』何処かの長老がたき火を囲み旅人に昔話を聴かせるような口調に変わってきた先生は遥か遠くに想いを馳せている風だった。そして、少し間をおいて再び話し出した。『そう、彼女が事故に巻き込まれた時、しばらくは意識がはっきりしていたので搬送先からうちの病院に連絡がすぐに届いたんですよ。万が一の時には例の約束を必ずやりとげて欲しいと念押しされましてな。私の胸は張り裂けんはがりでした。その後、いっときは快方に向かわれたかに思われたのですが、はねられたときの衝撃で脳の腫れがひどくなり、最終的には脳内出血が直接の原因で植物状態になってしまいました。「脳死」です。残念でなりません。「まさかの約束」が現実に起こってしまったのですから。勿論、彼女の御主人も最初は反対していらっしゃったのですが彼女の切望した強い意思の前には、しぶしぶ受け入れざるを得なくなり、その「約束」は遂行されたのです。そして、私が、彼女のカルテに約束通り一筆を書き入れ彼女のファイルもそこで止まってしまいました。「Spender」』いつしか太陽も傾きオレンジ色の暖かい日差しが窓から注ぎこんできていた。まるでミホを包み込む母のように。『うすうすは気が付いているでしょうが「Spender」ドイツ語で「ドナー」を表す言葉です。運命とはかくも皮肉なものでしょうか…。あり得ない、有ってはいけない事が起こってしまった。しかも神はさらなる試練を彼女に与えた。レシピエントは…レシピエントは彼女の命を奪ったその本人だったのですから…。天文学的数値で二人は巡り会った。交通事故の被害者と加害者と言うカタチで、そしてドナーとレシピエントと言うカタチで。』


『その事実が、後にになってわかった時、私は医者として初めて泣きました。後悔し、自分を責めました。いくら彼女の望みとは言え、こんな事が許されて良いものかと。医者とは言えしょせん、ただの人です。感情もあればミスする事だってある。それを白い布で覆い隠している。しかし、万人に公平で万事を尽くす意志を約束する白衣は患者さん達の心の支えで居続けなくてはなりません。そんな相対した現実の中で医者は常に迷っているのです。そして、彼女の心臓は望みどおり誰かの体のなかで生き続ける事になりました。当時加害者が未成年であった為、また移植倫理規則厳守の為、レシピエントに関してはそれ以上の事は何一つ明らかになっていませんが今もその人の体でミホちゃんのお母さんは時を刻んでいることでしょう。言い忘れましたがレシピエントが加害者であったという事実は移植適合の問い合わせが病院からあった為の偶然の産物だったからで本来ならそれすら分からないのが当たり前なのです。』すっかり冷えてしまったコーヒーをひと口すすり先生は軽いため息をついた。『さて、これがミホちゃんの求めている答えになっているかどうかは解りませんが私の知っている事は全てお話できたと思いますよ。』不思議と涙は出てこなかった。


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