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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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手術の前日、小山医院の看護師、三木さんが励ましがてらお見舞いに来てくれた。長い間小山先生と共に病院を守り何でもテキパキとこなしていく仕事ぶりや患者さんに対する気遣いはミホにとってこの上ないお手本で、小山医院で三木さんの知らない事はないだろうと思う程だ。ちょうど母が生きていたら三木さんくらいだろうか…。そんな思いもあり、より親しみを感じていた。いつも一緒に仕事をしている時とはまた違う、心の真ん中がじわっと暖かくなって今まで味わった事のないカンカクがミホを包む。これって懐かしいお母さんへの想い…?自分でも気付かなかったが少々気弱になっていたのだろう。温かい涙が頬をつたった。三木さんはそんなミホの心を察してかそっとミホの手を包んでくれた。そして『こんな時に言うべきか迷

ったけれどミホちゃんのお母さんとは親友だったのよ。あなたが赤ちゃんの頃からずっとね…。良かったら今日は本当のお母さんと思って甘えてね。』と言った。少し驚いたけどもしかしたら母は今、三木さんのなかに居て自分を励ましてくれているのかもしれないと、また輪廻転生の話を思い出していた。


そして、心穏やかに移植手術の日を迎えた。川崎医師は何度も『大丈夫だから安心して私に任せてください。』とミホを元気付けた。ミホも川崎先生になら全てを委ねられると、信じ手術室に向かった。ストレッチャー越しに見た別の手術室には使用中の赤いランプが灯っていた。もしや中には今、まさにドナーの人が居るのかと思うと何とも言えなく体中がざわめいた。「いざ!!」手術室に入るとすぐに意識がなくなった。その間どういう事が行なわれているのかは術前の説明で十分聞いていたが、詳しい内容はあえて考えないようにした。手術前に自分で決めた事だ。『生きる』と言う可能性に導いてくれた神様を裏切ることなく誠実に。『生きれるよ!!』と手を差し伸べてくれた善意のドナーの方への尊敬と勇気の想いをこめて。ミホは三度(みたび)長い眠りからやっと目覚めた。「カ.ワ.サ.キ.セ.ン.セ.イ」…何故か後から後から涙が溢れて止まらなかった。先生は術前、ミホから預かっていたクルスのペンダントをそっと手に握らせてくれた。移植手術が成功した時の二人だけの合図だった。しかし彼女のまわりの人達の熱い思いが移植手術を成功に導いた結果であったとは、ミホは知る由もなかった。


幸い、術後の心配されていた拒絶反応も無く、2週間程で一般病棟に移る事ができそして、ほぼ一ヶ月後、順調に回復したミホは退院を許された。またも、父の白髪が何倍にもなるほど心配をかけてしまったなぁ。いつかきっと恩返ししなくちゃね。しかし、譲れない事もある。もう反対する父を説き伏せやっと、小山医院に復帰する日が来た。院長も三木さんも家族の事のように喜んでくれた。さあ、私の人生第三章の始まりだ。はじめのうちは一日一時間程度、だんだん時間を長くしていき2ヶ月ほどで以前と同じ位の勤務ができるようになった。やり残していたファイル整理もそのまま手付かずの状態で置いてくれていた。『無理しなくて良いのでまた続きをお願いできますか?』いつもの様に頭をポリポリしながら先生が言った。そうだ!。この際に思い切って先生に尋ねてみようと思った。母の事、そして母が亡くなった時の事を…。ミホは今、母がとても近くに居るような気がしていた。根拠は、ないが肉親のことなら小山先生も話してくれるはずだ。そう、生意気だかミホにはその権利がある。なんて、こんな時だけ調子に乗りすぎかなぁ…。


助けてもらったこの命で精一杯生きる。ミホは自分でも強くなったと思う。身も心も…。ファイル整理が一段落したら話をできる時間を作って欲しいと院長に申し出た。キツネにつままれた様な顔をしていたが快諾してくれた。10日ほどでファイルの手入れは終了した。そして、その中から一冊を取り出し胸に抱いた。約束していたある日の午後の診察時間が終わった後にミホは小山先生と応接室に居た。その手には母のファイルを握りしめたままでついさっきまで意気込んでいたのに、いざと言うと何から切り出したら良いものやら迷っていた。『とうとう見つけてしまったのですね…。』と先生が口火を切った。「あっ、あの〜母のファイルです。」自分でも呆れるほどの直球すぎる言葉が飛び出した。今では、幼稚園児でももう少しましな返事をするだろうに…。まるで借りて来たネコだ。辞書を引くときっとこんな風な言葉があてはまるのだな。


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