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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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ファイルの内容は出来るだけ読まないように注意をはらった。抜け落ちしたり風化して文字が消えかけてしまっている所を補正した。そんな作業を淡々と続ける。しかし、あるファイルでミホはでを止めざるを得なかった。他でもない『飯島洋子』…母だった。表紙の文字が少しセピア色に変わりその箱のなかで眠っていた時の長さが埃っぽい紙の匂いから伺えた。「久ぶり…お母さん…」美保はファイルをぎゅっと胸に抱きしめた。昔とは逆だね…。優しくて暖かかった腕の中を思い出していた。母が亡くなったのは確か小学2年生位だったろうか…。覚えているのは『いつもニコニコ笑っていた』『手作りコロッケがとてもおいしかった』『風邪で熱にうなされて目覚めるといつも側にいて手を握ってくれていた』おぼろげだったがそんな暖ったかくて優しい母が、ある日突然、ミホの世界から消えてしまった。

数学的には『0(ゼロ)』というものの発見は奇跡で偉大であると学者達は語っているようだが0=無なのか小学生の能力では理解できなかったのも無理はない。多分世の中のほとんどの人がその答えを出すのは難しいと同じように。そしてその答えには正解というものがあるか?。それすらもまた不可解だろう。母のいなくなった無の世界は空虚で冷たい闇でしくなかった。当時の自分のカルテにその心の傷の深さが綴られていた。思い出を手探りでかき集めながらゆっくりとページをめくっていった。そしてあえて中身は読まないように務めた。このファイルを自分の家に迎えてきてから父と二人で母との思い出を話したかったからだ。幼な心に母は交通事故で亡くなったとだけ聞かされていたので一番最後のページにだけ目を通した。まがりなりにも大人になった今ならしっかりとそれを受け入れることが出来ると思ったからだ。

平成○年☓月△△日、雨。箇条書きで記入されていた。ミホはその短い文章の一つずつの単語をなぞる様に拾って読んだ。


お昼すぎに買い物に行くため自転車ででかけ交通事故に巻き込まれた。相手は自動車で当初はブレーキ痕などが見つからなかった事からワキ見運転が原因と考えられていた。はねられた直後の母はまだ意識があり搬送先の救急病院から小山先生の所に連絡が入った。例の約束を出来る事なら実行して欲しいとの事づてだったらしい。加害者は19才の専門学校生で、軽症だったものの、もともと心臓に持病がありその日も事故を起す直前に彼女を襲った発作が引き金となり意識がない状態での走行中の事故である事が後にわかった。相手が未成年である事情も考慮されニュースに取り上げられることはなかった。一時は快方に向かっているかに思われた母だったが頭部強打による脳内出血からの急変で脳死状態に陥った。

以後、意識の回復の見込みは無く最終的には植物人間という結果に至った。

…と。以上の内容が箇条書きされた母のカルテから知り得た事故の全容であったが、やはり何処かがおかしい。そんな漠然とした疑惑を増幅させるからのように文末に書かれた赤色で記されたSpenderの文字…。


母は確かになくなっているいる。確かな事実。でも、カルテには植物状態になった。とまでしか書かれていない。そして「例の約束」って一体何なんだろう?美保には知らされていない何かが存在する。疑いの心の渦は徐々に大きくなりながらも母のカルテは、これ以上の侵入を固く拒んでいるようだった。

今日は久しぶりの川崎医師の受診日だ。前回はあまりにもいろいろな事が起こり過ぎていたので今日くらいは大人しくしていようと決めていた。あんな事が毎回あると心臓がいくつあってもたまらないよ…。久々の血液検査の結果はあまりかんばしくなかった。普通の生活が出来ているとは言え副作用の強い薬も常用しているのでそれも仕方ないと先生は言った。医学の発達につれ生体肝移植も珍しいことではなくなってきている今日この頃ゆくゆくはそれも視野にいれて治療する事になると告げられた。『肝臓』、肝臓は沈黙の臓器ともよばれ、なかなか自覚症状が現れるまで病気の進行に気付かず悪化してしまっている人も多いようだ。


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