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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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新しい文房具は買ってくれていたにせよ前任者の痕跡がこれほどまで無いに等しいのはどう考えてもおかしい。余りにも入院生活が長くて、気づかなかったがそう、三年前、自分が診察に行った時も窓口にそれらしき人は居なかった。記憶のページをさかのぼってみても、父に再度確かめてみても答えは同じだった。

なら何故、医療事務や簿記、パソコン等々出来ないだらけの自分のような者を雇ってくれたのだろう?再びミホの頭に霧がかかった。先生の奥様は若くして亡くなり以後ずっと今までひとり暮らしをしている位にしか聞いてはいなかったが、長年勤務されている看護師さんが一人だけいたのは覚えている。確か今日の自己紹介で三木さんって言ってたかな。優しくてしっかり者って感じの人だったなぁ。貫禄もあったし。もしや、短時間パートか外注かの事務処理のエキスパートの人でもいたんだろうか?

そういう人の代わりにという事ならば尚更ミホには務まるとは思えないし、失礼だか人を増やすほど、小山医院が流行っているとも考えにくかった。確かに地元の人々に寄り添い皆に信頼されているのは事実だが、何か自分の知らない他の顔があるのだろうか…。

明日、小山先生に聞いたほうが良いのだろうか…。

いろいろな思いが頭の中で渦を巻き、またなかなか寝付けなかった。そして働き出したとは言え「仮」と言う注意書のくっついている退院なので2ヶ月に一度の通院は川崎医師との約束事だった。久しぶりに訪れた病院に少し懐かしさを感じるのはあまり気分のいいものではない。しかし、顔見知りの看護師さんや警備員のおじさんがかけてくれる励ましの言葉が少なからずこの重くうっとおしい空気を取っぱらう良薬だった。ほぼ2ヶ月ぶりに来たここにどうしても会いたい彼がいた。5街までエレベーターで上がりまわりに注意しながらそっとドアをスライドさせて開けた。大部屋ではあったがみんなが個々にカーテンをしいていたので誰にも気づかれずしのび足で窓際までたどり着くことに成功した。

『すずめくん、こんにちは。久しぶりだね。ミホだよ!』ガラス窓の内側から小さな音でコンコンと合図を送った。思っていた通り元からある巣にはちっちゃな卵が4個位見える。お嫁さんすずめが胸の羽を膨らませて体中で卵を温めている。お父さんすずめはそんな母さんすずめのエサ探しに大忙しそうでお留守だった。卵が孵化したものならもっと大変になるね。可愛いヒナ鳥が育つ事を願いながら、気になっていたもう一つの方の巣を覗き込んだ。「あれっ?」巣はちゃんと出来上がっているのにそこにはあるはずの卵はなかった。勿論お嫁さん2号も。以前からからある巣よりもより頑丈そうで立派に仕上がっている別宅はその出来上がりとは裏腹になんだか寂しそうに佇んていた。そう言えば夢の中で、すずめくんは確かお嫁さんは一人だけだって言ってたし。たかが夢の中での絵空事だったとしても、空っぽののその巣はいつ来るか分からない誰かを静かに待っているかのようだった。ヒナ鳥がかえった頃にもう一度見に来ようと思いながらそっと病室を後にした。


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