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受け継がれるバトン  作者: 伊達サキ
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バスケのシューズじゃなくて生まれて初めてはくパンプスはまだ足にはなじんていなくて二、三歩歩くとこけそうになった。私と同じ一年生同士よろしくね。と話かけた。出勤する道みちではいままで気にもとめていなかった周りの風景全てが、新鮮に目に飛び込んできた。側溝に咲くタンボポの花、それらを囲むようにひらひらと仲良さそうに、戯れるちょうちょ。どこかの家いえの軒先に巣を作って子育て中と思われるツバメは何度も頭の上を忙しく行き交っている。そんな、小さな命が皆いとおしいと思えた。家からだと自転車で数分で着いてしまう小山医院までをゆっくりと歩いて出勤した。もともと約束時間には正確なほうだが今日は特別に余裕を持って出たのでかなり早い時間に病院に着いてしまった。建物のまわりをぐるりと一周し、大きく深呼吸してから元気よくドアを開け「おはようございます。」と挨拶をした。


さあ、ここで止まったままになっていた自分の人生を再びここからスタートさせるのだ。


しばらくの静寂の後、『ふあ〜い』と家の奥から小山先生の眠そうな声が返ってきた。『ちょっと待合室で掛けててください。すぐに行きますから!』と今度はあわてたように叫んでいる。さすがにはやすぎたかな?と思いながら言われた通りソファーに腰かけていると忘れたくても忘れられないあの日のことが頭をよぎる。ほんの今、玄関でリセットしたはずなのにあの悪夢のような3年間はここから始まったのだ。そして今また私の新しい人生がここからスタートしようとしている。その指針はずれてはいない。あのすずめくんどうしているだろう…。川崎先生は元気かな…。ハルは相変わらずボンバーなのかな…。そして最後に見た彼女の涙は…。走馬灯の様にミホの頭の中で回り続けていた。『あぁ、お待たせ…』と小走りで現れた先生の寝グセに思わず「プッ」と吹き出してしまった。全く笑うなんて何年振りだろうとそんな些細な喜びがとても温かに感じられた。お年寄りの朝は早いものだが、こと小山先生に限っては世の中の常識をことごとくくつ返しているように思う。良く言うと『可愛い変人』なのだ。


宵っ張りで朝は遅い。パンやレーズンは好きだがレーズンパンは嫌いでカレーライスに入っているパイナップルは心から許せない、カフェオレは好きだがカフェラテは飲めない、演歌はじんましんものでハードロックが子守歌だと言っていた。

この前だって何やら空を眺めて思いにふけっているようだったので後でその事を聞いてみると本人曰わく、目を開けたまま眠っていたらい。と、まあこんな楽しい人と一緒に仕事が出来るのはさぞ退屈しないだろうとこの日を心待ちにしていた。ひととおりの受付業務やこまごました雑用を教えてもらうとあっと言う間に診察時間になった。少々引き締まった気分で窓口に座った。コンパクトをこっそり見て優しそうな笑顔作りの練習も済ませた。30分経過…小一時間経過か…しかし心地よいポカポカ陽気とやっとここまでこれた安堵感に誘れてつい居眠りをしてしまったようで、待合室の大きな振り子時計が12時を知らせる音で「ハッ!!」と我に返りとっさに「スミマセン!」と反射的に立ち上がった。その時、ふわりっとミホのかたからショールが落ちた。先生…。その暖かさが優しかった。先生は、『初日だから疲れちゃったんだよ。』と慰めてくれたが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。たまたま今日が午前診のみだったので『また、明日お願いね。』と見送ってくれた先生に心機一転頑張らなくちゃ…。と自分に言いきかせた。

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