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月影の祭  作者: 四条建ル
序章
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序章

2012年くらいに書いたやつ



 祭囃子が響いていた。


夜の闇に包まれた森の中。まるで世界から隔離されたような閉鎖された空間。半分に欠けた月だけが、朧気に辺りを照らしだしていた。


 足元さえはっきりと見ることのできないこの暗闇の森を、少女は走っていた。


 息を切らせながら、なにかを追いかけるように走り続ける。


 薄桜色の浴衣姿で、まれに地を這う木の根を踏みつけると、下駄がコツリと甲高い音を立てた。


 遠く響く祭囃子と少女の息遣いが混じる。笛と太鼓の音色が、少女の焦燥を掻き立てた。


 きれいに着付けた浴衣は着くずれ、結わえた髪も既に乱れてしまっていた。それでも少女は辺りを見回しながら、ひたすらに走り続ける。


──嫌な予感がする。


 少女は胸元を強く握りしめた。


 ふと、キンという金属を強く打ち合わせたような、高い音が鳴り響いた。


 音を耳にするや、少女は走る足をさらに速める。


 断続的に金属を打ち合わせる音が耳を打つ。音は徐々に近づきつつあった。


 不意に月が雲に隠れ、辺りが真の暗闇に満ちた。それでも少女は足を止めない。その音は間近だった。もう、周りが見えなくてもそこにたどり着ける。





 やがて、少女は開けた場所に行きついた。足を止め、乱れた息を整える。


 雲が流れ、月が顔を出す。辺りが月の青白い光で弱々しく、ゆっくりと照らし出される。


 少女は息を飲んだ。


 そこには、二人が対峙していた。


 一人は学生服を着た少年。おそらく歳は少女と同じくらいだろう。細身の体躯に切れ長の目、耳に掛かる黒髪が風になびいている。そして少年の手には、その様相にまるきり似つかわしくない、銀色に輝く日本刀が握られていた。


 もう一人はもっと異様だった。全身闇に紛れるような黒尽くめ。黒装束とでも言うのだろうか、まるで影をそのまま実体化したような姿だった。顔には白い狐の面を被っていて、表情は全く読み取れない。異様に長い手をだらりと伸ばし、少年を窺うように立っていた。


 二人は、沈黙のまま睨み合う。


 終わることのない祭囃子だけが、静寂を乱すように鳴り続けていた。


 その刹那、狐面が動いた。


 両脚をつかい跳躍する。その跳躍力はもはや、人間のそれとは比べ物にならいものだった。瞬く間に少年との距離を縮め、垂らしていた腕を少年へと伸ばす。そう、狐面の腕は文字通り伸びた。それこそまるで影のように、鋭く伸びた腕が少年へと襲いかかる。


 少年は襲い来る腕を刀身を立て、鮮やかに左右へと流していく。狐面の腕と刀がぶつかる度、金属を打ち合わせたような甲高い音が冷たく響いた。


刀で流され、目標を失った腕が少年の背後の木々に突っ込んでいく。腕に触れた枝は、まるで鋭利な刃物で切断されたかのようにいとも簡単に落ちていった。


 少年が猛攻をいなし、刀を一閃する。狐面がそれをかわしてまた一撃を放つ。


 距離を詰め、また離れ、目にも止まらぬ速さの攻防が展開されていく。


 そこから少し離れた場所で、木の陰に身をひそめるようにして少女は、月明かりのもと繰り広げられるこの異常な戦いを眺めていた。


 少女は恐怖を感じていた。人間ではないであろう、異形の狐面と戦う日本刀を持った少年。いや、むしろ少年も人ではないのかもしれない。両者の攻防を見る限り、少年の動きもまた普通の人間ではとうていできないような身のこなしをしていた。


 少女はこの奇怪な光景に気圧され、思わず後ずさった。


 そして運悪く落ちていた枯れ枝を踏みつけてしまう。枝の折れる乾いた音が、緊迫した空気の中に響く。あっ、と声を漏らすと同時、足を取られ、尻もちをついた。


 交戦していた少年が物音に気付き、振り返る。


 少年と少女の目が合った。


 身体が恐怖で動かない。少女は少年の瞳から目を離せないまま、その場を動くことができなかった。


 少年の注意が逸れたのを狐面は見逃さなかった。その一瞬の隙をついて、一気にたたみかける。両腕を巧みに使い、少年を追い詰めていく。そして、渾身の力を込めて斬りかかる。


 少年は、その振り下ろされた狐面の一撃を刀の刃で受け止めた。


 重く押し込まれる。少年は片膝をつき、力を込めてそれを振り払った。


 狐面は振り払われた反動を使い、上空高く舞い上がる。そして両腕を頭上に掲げ、構えを取った。


 このまま下降する勢いを利用して攻撃を仕掛けようというのだろう。片膝をついた状態の少年は圧倒的に不利。狐の面で見えないはずの黒い顔が、異様に歪み、笑っているように見えた。


 少年は片膝をついたまま、上空高くに跳躍した狐面を眺めた。白い月に重なる狐面の姿は、どこか神秘的に感じられた。


 眼をつむり、小さく息をついて再び狐面に向かいなおる。冷たい眼差しが、狐面を見据える。


 狐面が両腕を大きく振るう。腕が今までにないくらい膨張し、少年めがけて体ごと急降下していく。


 狐面が迫る。


 対し少年は、ただ静かに刀を薙いだ。


 刹那、月に反射した閃光が、幾重にもなって狐面のいる中空を舞う。


 それは斬撃だった。あまりにも早すぎる、目で追うことも不可能なほどの無数にわたる斬撃。


 狐面が中空で腕を振り上げたまま動きを停止する。


 そして次の瞬間、ずるりと狐面の体がズレた。少年の斬撃は、狐面を見事に斬り裂いていた。


 斬り裂かれた狐面の体が、中空でバラバラになり、崩れていく。そして、狐面の体はまるで溶けるように、影となって夜の闇に静かに霧散していった。


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