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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

手紙シリーズ

明日を生きられなかった貴方へ

作者: 辻一青

六月の梅雨の時期にも関わらず、今日は空がひどく澄んで、太陽が明るく照らす日であった。あの日だってそうだ。



『久し振りに良い天気だね、今日は何か良い事がありそうだ。』



もう二度とそんな言葉は信じないと誓った、良い事何て一つも無かったではないか、寧ろ最悪な日だったではないか。


気を奮い起こし、向かい側の無機質で冷たい部屋のノブに手を掛ける。

一つ息を落としてゆっくりと扉を開ければ、更に冷えきった薄暗い部屋に一箇所、照明を浴びてそれは寝かされていた。

後からもう1人が入って来る、共に此処迄やって来た、言わば己の相棒の様な奴だ。険しい顔で奴はゆっくりと歩を進め、寝かされているそれを挟んで己と向かい合わせの位置に止まる。旧知の仲だというのに、二人の間では言葉の一言も発せられず、唯傍らに添えられた蝋燭の灯だけが空間を撫でんが如く揺れている。

奴の手がゆっくりと、それの布に触れる。布が肩であったろう部分迄捲られる、己はつい崩れる様にしてしゃがみこんでしまった。昨日散々喚き散らした筈だった、なのに、(しん)は酷く拍動し、息が苦しく呼吸が侭ならない。ヒューヒューと音をたてて呼吸をする。



(先生……先生……ッ)



一昨日迄何も変わらず何時も通りに過ごしていたのに、仕事終わらせて帰ったら一緒に何処か呑みに行こうと約束していたのに、何故……?


寝かされていたそれーー先生の遺体は高層から落ちた様で、所々骨が飛び出し、胴が平たく見える。そして火傷の様な跡もあり、顔も焼け爛れている部分があった。

発見迄凡そ1日経ってしまっただろうという、その昨日は雨がざんざん降りだったのもあり、先生の遺体の状態は更に酷いものになっていたという、もっと遅れていれば、もう誰かも分からなくなっていただろう。

昨日突然呼び出され、現場に向かったところ迄は覚えている。然しそれからどうなったか余り記憶が無い。



『ーー良い事がありそうだ。』



その答えが遺体の発見が遅くなり過ぎ無かった事ならば、己は二度と神仏を信じたりなどはしないだろう。こんな白状な事があって良いものか。

後程奴に話を訊けば、己は泣き、喚き散らしたかと思えば過呼吸を起こして倒れたという。それ程大事な人だった、当たり前だ。




「……こんな事になるなんてな」



暫くして我々は部屋前の待合の様な空間に戻った。これは奴が弦を張ったような空気を断ち切った一言である。



「こんな簡単に……人って……死んでまうんやな」



奴は先生が死んでから泣く事もしていない。伏した目に薄ら笑った口元に己は一握の苛立ちを覚える。

何が可笑しい。



「今でも、未だ先生(せんせ)が居る気ぃすんねん……見守ってくれはるかな、わいの事も、あんさんの事も。」



此方を見てにこりと笑う、苛立ちが更に進む。何が見守ってだ、何を縋っている、先生は死んだ、死んだのだ、此処には居ない、居ない、居ないのだ。天国?そんなものあってたまるか、先生という人は、もう、何処にも、居ないのだ……!


己は奴に殴り掛からんとした、然し身体が動かない。壁に凭れた身体を動かす程の余力など残っていない。唯俯けていた頭を辛うじて少し持ち上げる事が出来る程であった。



「呆気無い位が……ええんかな、弱っていく姿何て、屹度わい、見てられへん」



ではこの死は?この死は見ていられるとでも言うのか?貴様は……貴様は……元はと言えば貴様が……!



あの晩、大きな爆発があってから先生との連絡は途絶えた。その後遺体を回収しに現場に向かった際、先生であった肉片の傍らには爆薬が転がっていた。あの爆薬は、どう考えても奴の自作のもので間違えが無い、他にその爆薬を使うものも居なければ、真逆敵が持っているとも考え難い。他に爆発があった訳でも無い事を考えると、奴が、奴の爆薬のせいで、先生は……!




(貴様が……貴様が先生を殺したんだろう……!)



その言葉が脳内を横切った時、己は恐ろしくなった。

元々その爆薬は、先生が別の目的に使う為、持っていたものだ。起爆は奴の操作で行われたが、予測するに、これは先生の計画の内の出来事だったのだろう。

分かってはいた、分かってはいたが、仲間を、同じ師の元で学んだ相棒を、恨み憎む事でしか、己の気持ちを制御する事が出来ないという事が、とても恥ずかしく、情けないと思った。

良く考えればもっとそれに気付いて居れば、



『此処は任せて、後は大丈夫。先にお行き』



その言葉の裏を、先生の言葉に反して傍に居られれば、屹度何か変わったかもしれないではないか。


奴は己を見て険しい顔へ変わり、それから視線を外して俯いてしまった。

己は、今度は奴への申し訳なさと、自分の情けなさに涙が零れる。

こんな事なら、こんな情けない己ならば、何一つ守れない、人を傷付ける事しか考えられない様な己ならばーー

ーーいっそ、死んでしまえたら良かったのに。

それで何が変わるでも無い、先生は戻らない。奴に直接言葉を吐いた訳では無い、故に奴との関係が変わる訳でもない。

だが、こんなに醜い己ならば、こんなに苦しい思いを、これから何度も、何度も繰り返し何一つ守る事も出来ないのならばもう、生きていても仕方が無かろう。若しそれを許してくれる者があったならば、己は直ぐに実行に移しただろう。


己はまた過呼吸を起こし倒れ込む。奴が駆け寄る、庇わないでくれ、いっそ、若しかしたら、此の儘ーー


ーー拝啓 若し先生、貴方が傍に居るならば、天国とやらから己を見守ってくれていると言うのならば、どうか、其方に連れて行って下さい。


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