金木犀(3)
バス停まで送っていってもらったものの、帰る場所はない。「じゃあ、気をつけてね。もうすぐ来る時間だとおもうから。」と手を振られ急に怖くなった。
「あ!!!!」
急に大声を出した私に驚いて彼は立ち止まる。
「あ、の、」
「今日家に泊まらせてもらえませんか。」
見ず知らずの、たった数分話しただけの男にこんなことを頼むのはおかしいということはわかっていた。しかしこの知らない土地の暗い道に放置されたところで為すすべはない。
彼は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になった。
「家出?お父さんと仲悪いっていってたもんね」
「いや…家出っていうか…。」
私の帰る家はこの土地になくて、なんて言っても信じてもらえないだろう。
「家出…です。」
「あはは、どっち。」と笑ったあと、「いいよ、おいで」と承諾してくれた。田舎ならではの人の温かさに感動しつつ、見ず知らずの女子高生を家に泊める男はどうなんだとこっそり「そういうこと」になる覚悟は決めていたのだが、
「いいんだけど、俺一人じゃないんだ。その、彼女も一緒に住んでるんだけど大丈夫かな?」
と彼が言ったのでそんなことを少しでも考えてしまったことに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「全然、全然大丈夫です。」
「全然は否定の前につける言葉だよ。まあいいや、彼女も多分わかってくれるとおもうから安心して。」
「ありがとうございます。」
「…逆に俺だけじゃなくて安心した?」
冗談っぽく言われた言葉にギクっとして思いっきり首を横に振った。