金木犀(2)
どれぐらいたったのだろう、目が覚めた私は辺りを見渡す。
ふわりと金木犀の香りがする。思い出して、もう一度辺りを見渡して青ざめた。
「ここ、どこ。」
そこは一面の野原だった。
そうだ、私はあの家から逃げようとしてベランダから飛び降りたんだ。そんなに高くないはずなのに。
もしかして、死んだ?
わたしの家の前は味気のない住宅街で、野原ではなくコンクリートだ。
そうか、いくら高くないと言ってもコンクリートだったら………。
頭をかかえて泣きそうになる。なんて馬鹿なことをしたのだろう、と後悔が押し寄せる。
「なにしてるの?」
声がする方を見上げると、1人の青年がいた。
「ここらへんの子じゃないよね、その制服見たことない。どこから来たの?そこ、立ち入り禁止だよ。」
私は意外にも人がいたことに安心し、縋るように青年に近寄る。
「ねえ!!あなたはここの人なの?ここはどこ??私、気づいたらここにいて、もしかしてここって天国??私死んだの??」
彼はきょとんとしてから吹き出した。
「寝ぼけてるの?君おもしろいね。ここは静岡の天竜市だよ、天国じゃないよ、大丈夫。」
肩を震わせながらも優しく説明をしてくれた。
「この辺、夜になると街頭ないから明るいうちに帰った方がいいよ。そこにバス停あるから送っていこうか?」
なにも答えない私に、彼はハッとして言葉を続ける。
「ごめん、正体不明の男にそんなこと言われても怪しいよね。俺は正義。ここに住んで22年。血液型はA型。趣味はカメラ。好きな食べ物は…………ってなに?変なこと言った?」
顔をしかめた私に不思議そうに尋ねる。
「いや、父親と同じ名前。」
「…仲悪いの?」
「仲悪いとかじゃなくて、嫌い。あいつのせいでお母さん出てったから。」
会ったばかりの人になに話してるんだろう、とハッとして誤魔化す言葉をさがすが見つからない。しかし彼は「そうなんだ。」と優しく笑っただけで何も聞いてこなかった。