飯と女とショルダータックル
「貴女の作るもの。特殊な効果ある」
枕を力付くでひっぺがし、目を覚ましたリーゼが放った第一声がこれである。本当だろうか。
「私、眠くない。普通は立ったまま寝ない。常識。でも、その枕眠くなる」
ジト目でリーゼを見ていた俺を見て、俺が信じて無いことを察したリーゼが、慌てた様子で更なる弁明を繰り出してきた。
更なる言い訳にも重ねてるようにも聞こえるし、本当の事を言ってるようにも聞こえる。まぁ、でも、リーゼの言う通り、普通の人は立ったまま寝ないよな……パジャマ姿で他人の家にやって来るリーゼが普通の人かは疑問だが。
「試してみれば分かる」
「……分かりました」
確かに、試してみれば分かることか。それに、この錬金術は神から与えられた力だ。もしかしたら、本当に作った物には特殊な効果が付く可能性もある……まぁ、そんな説明、頭の中には無かったけど。だが、魔力の消費とという前例がある以上、その説明が抜け落ちている可能性もある。
と言うわけで、実際にリーゼがやった通りに顔を枕に埋めてみた。
あ……ヤバイ、これ良いわ。
今までの石のように固い感触の枕とは違い、フワフワとしたマシュマロのような感触に身を頭を包まれ、何時までもこうして居たい気分にさせられる。
これこそ正に俺が求めていた究極の枕。前世で使っていたような枕が作れれば良いなと思って作ってみたが、これは嬉しい誤算だ。
これなら短い睡眠時間でも、前の枕より疲労の取れ方が改善するはず。時間も節約でき、疲労も取れる。正に一石二鳥の枕である。
ああ、それにしても何て気持ちいい枕なのだろうか。
もう、この枕から起き上がりたくないなぁ。そうすれば、この気持ちよさをずっと味わっていられるのに。ああ、そうだ。此だけ気持ちいいんだから、起き上がる必要なんて無いよな。ずっと、俺はこのまま--
「起きて」
「んぁ」
急に顔の前から枕の感覚が無くなり、目を開くと、目の前には涎で濡れた枕を両手で持ったリーゼが立っていた。
「5分位寝てた」
リーゼのその言葉に、首を傾げる。
というのも、俺には寝た記憶なんて無かったかからだ。
枕に顔を埋めてみて、その気持ちよさに感動してたのは覚えて居るが、寝てたなんて--いや、だとしたら涎が枕に付いているのはおかしい。まさか、意識があるのに涎を垂れ流すなんて真似をするわけないし。となると、やっぱりリーゼの言った通り寝てたのか?
「私、言った。この枕には特殊な効果がある。多分、私も貴女も起こされなさったら、ずっと眠りっぱなしだった」
リーゼの言葉はにわかには信じがたいが、先程の枕に顔を埋めていた時に思感じた事を考えれば、それもあながち間違いでは無いように思える。
あの気持ちよさは永遠に味わって居たいものだった。枕から離れた今でも、気を抜けば枕に顔を持ってきそうになるくらいだ。
「ちょっと、これは危険ですね」
流石に、これを普段の就寝用に使うわけにもいかない。
かといって、売り物にしようにも、使った人が死ぬかもしれない物を売るわけにもいかず、この枕はクローゼットの奥に仕舞うことになりそうだ。
ハァ、枕買い直さないとなぁ。
「ん」
「ありがとうございます」
リーゼから枕を受け取り、なるべく意識しないようにしながら脇に抱える。
この枕に触ってると、つい顔に持っていきそうになるが、我慢しなくては。
「もう終わり?」
「はい、そうですね」
もう既に日は昇りきっており、近所の家に住んでいる人達も家の外で活動し始めた。
お袋を起こして朝飯も作らなくちゃいけないし、体力的にも此処が限界だろう。
「残念」
リーゼは、まだ錬金術を見たかったのだろうか、そう言って残念そうにガックリと肩を落とす。
リーゼのお腹が大きな音を立てて鳴ったのはその直後だった。
「あう」
恥ずかしいのか、リーゼは顔を真っ赤に染めて、俯いたまま必死にお腹を抑える。
そんなことをしても、お腹が鳴るのは止まらないんだが……まあ、見てて可愛いから指摘はしないでおこう。
「良かったら、ご飯食べてきますか? あまり、マトモな食事は出せませんけど」
「良いの?」
「はい」
本当はあまり食料に余裕があるわけでは無いんだが、流石に目の前でお腹を空かせた女の子を放っておく訳にはいかない。
毎日、飯を集られに来られるのは困るが、今日くらいは良いだろう。
「じゃあ、お願いする」
「はい、それじゃあ中に入りましょうか。あ、その瓶持ってくるの手伝ってください」
「うん」
リーゼに、残った4本のポーションの内2本を持たせ、残りは俺が持って家の中に入る。
「付いてきて下さい」
そのまま、先ず先に向かったのは俺の部屋だ。
置き場が無くて、床に散乱しているガラクタの類いを足で蹴飛ばしながら、目的のクローゼットを開け、その中に枕を投げ入れる。
「何か、凄い」
「ポーションはそこの机の上にでも置いといて下さい」
そして、部屋の中を物珍しげに見渡しているリーゼにそう言って、持っていたポーションをボロボロの机の上に置いた。
取り合えず、片付けはこれで良いか。どうせ、ポーションはこれから商業ギルドに持ってくし。
さて、後はお袋を起こして飯だな。
「いただきます」
「「いただきます」」
いつもは2人分の声しか響かない居間に、3人分のいただきますの声が響き渡る。
今日の朝食は、昨日買ってきたパンにバターを塗っただけ、というシンプルな献立だ。
冷蔵庫が存在すれば、食料の保存も効くからもう少しマシな朝食を作ったり出来るんだが。まあ、それ以前にお金が無いからマトモな食材を買えないんだけどな。
現状、食材は常温で置きっぱなしだから、夏場は常温でも日持ちするもの以外、毎食食材を買いにいって、毎食作ってってやってるから結構大変なんだよなぁ。
その内、錬金術で冷蔵庫っぽい物を作ってみるか。
「ねぇ、リーゼちゃん」
「ん?」
「この子だぁれ?」
そう言って、お袋は片手でパンを口に運びながらもう片方の手で、黙々とパンを口に運んでいるリーゼを指差す。
あー……そう言えば、まだ説明してなかったっけ。ていうか、今更かよ。もう、二人が出会ってから十分以上経ってるぞ。
「この子は、リーゼさん。私の……えっと……友達?」
今日会ったばかりの人を友達と言って良いのか分からんが、かといって、わざわざ飯を食べさせる為に家に呼んだ人の事を、赤の他人って言うのも変だし、他に良いものが思い付かなかったので、取り合えず、友達と言うことで押し通す事にする。
「えっ、アリサちゃんって友達居たの?」
「う、うん。まぁ」
実際には、一人も居ないけどな。
「そうなんだぁ」
曖昧な笑いを浮かべながら、お袋の言葉に頷くと、お袋は意外そうに目を丸くした後、何かを考えるように「う~ん」と唸りながら天井を見詰めて微動だにしなくなった。
「おかわり」
「はい、どうぞ」
マイペースにパンのおかわりを要求するリーゼに、残っていたパンを渡しつつ、自分の分のパンを食べなながら、お袋が再起動するのを待つ。
そして、俺もリーゼもほぼほぼ飯を食い終わり、ぬるい水で喉を潤していた所で、お袋がようやく現実へと戻ってきた。
何やら珍しく真剣な顔をしている。一体、何なのだろうか。
「アリサちゃんって、やっぱり女の子が好きなの? その子彼女?」
「ブッッ! ゴホッ、ゴホッ」
ヤバイ、お袋がいきなりおかしなこと言うもんだから、驚いて水が変な所に入っちまった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫。それよりお母さん。何でいきなりそんなことを聞くの?」
まあ、確かに、俺は男だから女の方が好きだけど、あの話の流れで何でそんな事を聞くのか理解出来ない。相変わらず、お袋の思考回路は謎だ。
「え~。だって、アリサちゃんって、昔っから女の子の体ベタベタ触って避けられてたり、男の子の告白を片っ端から断ったりしてたでしょ? そんなアリサちゃんが家に連れ込む位仲の良い女の子なんだからぁ、てっきり彼女さんなのかなぁと」
あー……確かに。お袋の言うことも一理ある。正直、思い出したくも無いし、過去に戻れるなら戻ってやり直したいと思っていることだが、昔の俺は、アニメの知識を参考に女の子に接するなどという、馬鹿な事をしていた。それに、男と恋人関係になるなんて虫酸が走るだけだから、そう言った告白は全て断るようにしている。お袋が勘違いするのも無理はない。
だが、此だけはハッキリ言おう。俺は女は好きだが、ロリには全く興味が無い。だから、リーゼを彼女にするなど有り得ないのだ。
まあ、それ以前に今日会ったばかりで、彼女以前に友達ですら無いんだけどな。
「いやいや、無いから。リーゼさんは友達だから。ほら、リーゼさんからも言って下さいよ」
お袋を勘違いを解く為にリーゼにも協力して貰おうと、そう言いながらリーゼの居る方を向く。
しかし、さっきまで直ぐ側に居た筈のリーゼは、いつの間にか部屋の隅まで移動しており、何故か怯えた目で俺の事を見ていた。
「あの、リーゼさん?」
「女の子が好き。否定しなかった。つまり、私の体を狙ってる?」
「いやいやいや、違いますから! 別にリーゼさんの体なんか興味無いですよ!」
「あ、女の子が好きっていうのは否定しないんだねぇ」
「や、やっぱり私の体を……」
何だコイツらめんどくせぇ!!
くっ、リーゼは相変わらず怯えたままだし、お袋は何でか嬉しそうだし、こう言うときって、どうすりゃ良いんだよ。
普通に男が好きだと言えば良いのか? だが、一人の男として、それだけは死んでも御免だ。
なら、他に何かこの面倒な状況を収める方法は……
「すいませーん」
俺が内心、頭を抱えながら悩んでいると、玄関の方から若い女性の声が聞こえてきた。
「ちょっと、行ってくる!」
その声が聞こえてきた瞬間、この場を離脱する好機だと察した俺は、直ぐ様体を反転させて玄関へと駆け出した。
助かった。これで、訪ねてきた人と話すついでに、外へと逃げれば、この話をうやむやに出来る。少し時間を置いてから帰れば、お袋は仕事に、リーゼは自分の家に帰っている筈。
そうすれば、この話が蒸し返される事も無い。仮に蒸し返されてもそれまでに良い切り返しを考える事も出来る。全く、実に良いタイミングで訪問してくれたこの女性には、感謝しないとな。
ありがとうございます。救いの女神様!
「はい、どなたですか?」
心の中で神に感謝しながら、ウキウキ気分で玄関の扉を開ける。
すると、まず目に入ったのは、目を疑うようなロケットおっぱいに、痴女としか呼べないような服装。そして、次に見えたのは見るからに頭の緩そうなバカっぽい顔。
間違いない。この顔は、この世界に生まれてから、片時も忘れた事が無かった顔。この現状を作り出した全ての現況である、あのクソ女神のものだ。
「えっと--」
「死に晒せや、このクソ女神がぁぁぁぁ!!!」
「--ぐほぉっ!?」
気が付けば俺は、クソ女神が何かを言う前にクソ女神の鳩尾へとショルダータックルをかましていた。
そのまま、二人して縺れるように玄関の外へと転がり出る。
「ゴホッ、ゴホッ、な、何するのよ!?」
「それは此方の台詞だ! お前のせいでどんだけ苦労したと思ってるんだ!」
「うぐっ」
クソ女神のお腹に馬乗りになりながら、怒鳴り付けるとクソ女神は気まずそうに目を逸らして「ご、ご免なさい」と小さな声で謝る。
どうやら少しは反省してそうなその態度に、怒りで熱くなっていた俺の頭も少しは冷静になって来て、そこでとある疑問が頭に思い浮かぶ。
そう言えば、つい勢いのまま飛びかかってしまったが、何で神であるコイツが此処に居るのだろうか。
「何か凄い音がしたけど、大丈夫~?」
その疑問をクソ女神に投げ掛けようとした所で、家の中からお袋の心配そうな声が聞こえてきた。
まあ、あれだけ派手な音を立てれば当然か。
「大丈夫! ちょっと、出掛けてくるから! ほら、立て」
「あ、ちょっと--」
しかし今は、お袋を安心させるよりも、このクソ女神に話を聞く方が優先だ。
俺は、その場からお袋に返事をしながらクソ女神の上から降りて、クソ女神を無理やり立たせると、戸惑うクソ女神の手を引いてその場から駆け出す。
取り合えず、人気の無い路地裏辺りでゆっくり話を聞くことにしよう。




