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鳥と枕と女の子

 

 白金貨500枚という莫大な借金を背負った日の翌日。

 俺は、日が昇り始める前から、錬金術を始める為の作業に勤しんでいた。


「眠い……」


 前日は結局、四時間程度しか寝ていないため、眠気で凄い体が重い。前世ではこの程度の睡眠時間でも平気だったのだが、この子供の体には相当堪える。気をしっかり持っておかないと、今にも意識が飛びそうだ。


「よし」


 眠気を堪えながらも、木の棒を動かし、地面に魔方陣を書き終える。

 この魔方陣は、一回錬金術を使う度に書き直さなくてはいけないので、凄く面倒だ。紙に書いてコピーが出来れば、てっとり早いのだが、生憎この世界にはコピー機は無く、紙も俺みたいな貧乏人が買うには少し躊躇する位の値段がする。

 何か、他に手っ取り早く魔方陣を書き終える手段は無いのだろうか。慣れれば、五分もかからずに書けるのだが、地面に書くのは結構疲れる。


「さて、と」


 魔方陣を書き終え、額に滲み出た汗を拭い、脇に置いてあった水入りの小瓶5つとリンゴ5つと薬草5枚を魔方陣の中に置く。

 今回作るのも前回と同じ、リンゴ味のポーションだ。

 ただ、前回とは少しやり方を変えている。前回は、小瓶にリンゴ一つ、薬草一枚を材料としていたが、 今回は全ての材料の数を増やしてみた。

 何故かというと、一個ずつ作るのは時間がかかるし疲れるので、最初に複数個作る分の材料を置いておけば、纏めて作る事が出来るかどうか調べるためだ。

 これが出来れば、同じものを大量に作るときに、時間短縮をすることが出来る。試す価値は大いにある筈だ。


「クリエイト」


 錬金術を発動させる言葉を紡ぐと、魔方陣が光輝き始める。

 そして、数秒後。光が収まると、魔方陣の中央には薄緑色の液体が入った小瓶が5つ置いてあった。

 軽く舐めて味も確かめてみる。

 うん、特に味が薄くなったりはしてないから、問題無いな。

 実験は無事成功。これで、錬金術を使った大量生産の目処が立った事は朗報だ。


「よし、次」


 実験が成功に終わった所で、俺は早速次の魔方陣を書き始める。

 さっきのは、あくまでも只の実験であり、次に作る物こそが、今日の本命だ。そして、この本命は俺が個人的に使うものであり、この世界にう生まれた当初から何としても作りたいと思ってきた物である。

 さぁ、気合いを入れて頑張るぞ。 





「ダメだ、マジしんどい……」


 2回目の錬金術をするための魔方陣を途中まで書き終えたところで、体に異常なダルさを感じたので一旦休憩する事にした。

 可笑しいな、結構行けると思ったんだけどなぁ。そう言えば昨日も錬金術の魔方陣を書いてる時に、秋なのに汗が滲む位には疲れたっけ。てっきり、自分の体力の無さで疲れたのかと思ったが、もしかして、錬金術って魔方陣を書くときにある程度の体力が持ってかれるのか? ……いやいや、流石に無いだろソレは。そんな話聞いて無いし。


「あー……そろそろ日が昇り始めるのか」


 家の壁にもたれ掛かりながら、考え事をしていたら東の空から日が昇り始めていた。

 騒ぎにはしたく無いから、出来れば他の人達が起きる前に2回目を済ませたかったんだが、この分ではキツいか? ……いや、少し無理をしてでも2回目を済ませておこうか。というか、絶対済ます。


「ん?」


 そんなことを考えながら空を見ていたら、俺のほぼ真上の上空に、黒い鳥が飛んできた。一瞬、カラスかと思ったが、すぐにその考えを否定する。

 何故ならばこの世界では、人間を除く、地球に生息する生物と全く同じ生物というのが、存在しない可能性が高いからだ。

 以前、街中で野良犬や野良猫の一匹すら見かけなかった事を疑問に思い、お袋に尋ねたら、そんな生き物は知らないとばかりに首を傾げられた事があった。それから暫く、自分の知ってる生き物が居るかどうか注意深く辺りを見渡して見たりしたが、結局1匹も見つけることが出来ないでいた。


 では、この鳥は何なのか。と聞かれても、さっぱり分からん。生憎と、今を生きるのに精一杯だったから、生き物の名前を調べる余裕なんて無かったからな。取り合えず、上空を飛びながら此方の様子を伺っているだけで、手出ししてくる様子は無いので、放って置いて魔方陣の完成を優先させる。

 幸いにも、魔方陣は3分の2は書けている。多少無茶をすれば行ける筈だ。


「よし」


 側にあったポーションを1瓶飲みほ干し、両頬を叩いて気合いを入れた俺は、再び棒を手に取り魔方陣の作成に取りかかった。

 その際に、本当に魔方陣を書くことで通常より多く体力を消耗するのか注意深く確認してみると、何と言えば良いのだろうか、棒を動かす度に体の奥から何かがゴッソリと抜け落ちていくような感覚がある。

 これは、体力って感じじゃないな。精神力? いや、もしかして魔力って奴か?

 魔法とか使ったこと無いし、魔法を見たこともあまり無いので良く分からないが、よく考えれば錬金術も魔法みたいなものだし、魔方陣を書くたびに魔力が持ってかれてると考えると、結構しっくりくる。

 しかし、もし魔力が持ってかれてるのだとしたら、困ったな。体力をつけるなら走ったりしてれば、その内付くけど、魔力の付け方なんて分からんぞ。

 この感じでは、かなり無理してやっても連続で2回が限界だし、1度 でも使ったら翌日に響く。この問題は絶対に解決しななければ、今後の計画に支障がでるな。

 というか、こう言うのは最初に説明してほしい。そうすれば、この10年の間にある程度対策を取れたのに。

 まったく……あのクソ女神め。生まれた時に、勝手に知識が頭に入るとか言ってやがったが、その知識ガバガバじゃねぇか。もしかして、他にも何かミスってるのか。もしそうだとしたら、次に会うことがあったら2発ぶん殴ってやる。


「あー、疲れた……」


 怒りに身を任せて書いていた為、最後の方が雑な出来になってしまったが、倒れる前に何とか魔方陣を完成させることが出来た。

 棒を放り投げ、その場にへたり込む。

 流石に、このまま続けて動く気にはなれないから、また少し休憩だ。


 その時に、まだあの鳥が居るのかと思って上を見てみたら、既にあの鳥は影も形も無くなっていた。一体、何だったんだろうか。

 魔物なら、この街に入ってこれる訳が無いし、普通の鳥にしては、まるで俺を観察していたかのようなあの挙動が気になる。

 今後、もし再びあの鳥が現れたとしたら注意した方が良いかもな。


「さて、と」


 多少休めた所で再び立ち上がり、再びポーションを少し飲んで、体を軽く動かしてみる。

 正直言うと、ポーションは傷を治す効果しか無い筈なので、ポーションを飲むのは気休めでしか無い。だが、それでもポーションを飲む前と後では体の調子が多少変わる気がするのは何故だろうか。俺の思い込みか?


「よし、やるか」


 最後に再び両頬を軽く叩いて気合いを入れ、後ろの方に置いておいた材料を魔方陣の上に並べる。

 並べたのは、使い古されてボロボロになった固い枕と、百軽くを越える量の綿鳥と呼ばれる鳥の羽。

 綿鳥は羽が綿のように軽いニワトリのような形をした鳥で、その肉は羽と同じく綿のように軽く、口に入れた瞬間に溶ける程柔らかい。

 前に1度、金も食材も無くなった時に、近所の肉屋へと土下座外交に赴いたら、肉屋のおっちゃんがその場で調理したものを少し分けてくれたのだが、その時の衝撃は今でも忘れられない。

 口に入れた瞬間涙が溢れる程に旨かった。思わず、その場で泣きながら再土下座をかました程だ。

 今回の羽も、昨日夕飯の材料を買いに肉屋に行った時に、おっちゃんに分けて貰ったものである。

 おっちゃん曰く、綿鳥は繁殖力が非常に強くて数が多く、羽もポロポロと直ぐに抜け落ちるため、使い道の特に無い大量の羽の処分には困っていたそうで、喜んで分けてくれた。

 本当におっちゃんには感謝してもしきれない。

 お袋も、おっちゃんみたいな良い男と結婚してればなぁ……って、今はそんなことどうでも良いんだ。早く終わらせないと、他の人達が起きてきてしまう。


  「クリ--」

「間に合った!」

「な、何だ!?」


 魔方陣を起動させようとしたところで突然、背後から荒い息と共に幼い女の子の声が聞こえてきた。

 何事かと思って後ろを向くと、そこにはパジャマ姿で、紫色の長い髪の上にナイトキャップを被った、正に寝起きでそのまま飛び出して来たといった格好の女の子が、膝に手を付ながら立っていた。

 面識の無い、初めて見る女の子だ。


「あ、貴女は、誰ですか? 何の目的で此処に?」

「ハァ、ハァ、ハァ、リ、リーゼ。錬金術を見に来た」


 息も絶え絶えと言った様子で、女の子は自分の名前を告げるも、やはりその名前は聞いたことがない。

 いや、それよりもだ。この子は何で俺が錬金術を使えることを知ってるんだ? 俺が錬金術を使えるようになったのは昨日からで、それまで誰にも言ってない筈だ。それに、こうして誰にも見られないように、使う時間にも細心の注意を払っている。

 俺が錬金術を使える事を知ってる者は誰も居ない筈だ。そもそも、この世界には錬金術という物が存在せず、錬金術という名前が出てくること事態が可笑しい。

 唯一、錬金術という名を知ってるとすれば、あのクソ女神だが……もしかして、この子はあのクソ女神の知り合いなのか? ……いや、違うな。見るからにバカっぽいあのクソ女神と、知力が高そうな雰囲気のあるこの子が知り合いだとはとても思えない。 じゃあ一体、何者なんだ?


「ふぅ、落ち着いた。錬金術、まだ?」

「その前に一つ聞きたいのですが」


 息を整え、無表情のまま首を傾げる得体の知れない女の子--リーゼに対して、俺は警戒感を露に、何かあれば何時でも行動できるよう体に力を入れながら、問い掛ける。


「何?」

「その錬金術というのは誰から聞きました?」

「クロードお祖父様」


 俺の問いかけに、リーゼは無表情のままそう答える。

 クロードさんか。これは、ちょっと予想外。そう言えば、俺と年の近い孫が居るって言ってた気がするな。

 それにしても一体どうやって、クロードさんはあの数分で俺が錬金術を使えることを見抜いたんだ?

 

「お祖父様のモノクル。レアアイテム。良く見る事で人やアイテムの持つスキルが分かったりする」


 思案する俺の様子を見て考えを呼んだのか、リーゼがその理由を説明してくれた。

 なるほど。あの時、背中に浴びた視線は俺の持つスキルを見てたのか。


 ハァ、失敗したなぁ。まさか、いきなりそんなアイテムを持ってる人に見つかるとは。

 これが、もし他の人達に知られでもしたら、絶対に色々と作ってくれっていう依頼が舞い込んで来るよなぁ。

 そうなったら、それに時間を取られて、TS薬を開発する時間がなくなるからバレないようにしたかったのに。

 今日これからクロードさんに会いに行って、他の人に言わないようお願いしに行くか?  いやでも、今は状況が変わって、お金が必要になったし、いっそのこと錬金術で商売を始めるのも……って、その為には先に魔力の問題を解決しなくちゃダメか。それに、商売を始めたら始めたで絶対面倒な人達が来るだろうし。やっぱりひっそりとやりたいなぁ。


「はよ」


 俺がガックリと肩を落としていると、リーゼが俺の服の袖を掴んで引っ張りながら、催促を促して来た。

 そう言えば、何でこの子は俺の錬金術を見たいのだろうか。


「何で、そんなに錬金術を見たいんですか?」

「私、お祖父様と一緒。珍しいアイテム大好き。貴女は色々なアイテム作れる。見たい」


 口下手なのか、無表情のまま辿々しい口調で話すため、いまいち分かりづらいが、どうやら珍しいアイテムが好きだから、俺の錬金術で作れるアイテムを見たいという事らしい。


「ハァ、分かりました」

 

 本当なら誰にも見せるつもりは無かったのだが、もう今さらリーゼに対して隠す必要が無くなったので、仕方なくリーゼの前で錬金術を使うことにする。

 本当は、その前に何故、俺の居場所が分かったのか、とか、他にも何個か聞きたいことがあるのだが、もういい加減時間も無いしそれは後回しにしよう。


 地面に正座しながら食い入るように魔方陣を見詰めているリーゼの前で、「クリエイト」と唱える。

 すると、魔方陣は数秒ほど光輝き、光が収まると、魔方陣があった場所には真っ白い新品の枕が置かれていた。


「おお。凄い」


 リーゼが無表情のまま、感嘆の声を漏らして拍手する。

 こうして、素直に称賛されると、少し恥ずかしいな。


「触って見ても?」

「ああ、はい」


 俺が許可を出すと、リーゼはソッと壊れ物を扱うかのような、慎重さで枕を手に取り、頬を紅潮させて興奮気味に様々な角度から観察を始める。

 そして、ある程度観察した所でいきなり、枕に顔を埋め出した。


「ちょっ」


 あまりにも突然の事だったので、制止する間も無かった。

 まあ、これは売るものじゃ無くて、個人的に使うものだったから別に良いんだけど。こういう事をするなら、その前に一言言って欲しい。


 仕方ないので、そのままリーゼが顔を上げるまで待つことにする。

 しかし、10秒、20秒、30秒と待ってみたが、リーゼは一向に顔を上げる気配が無かった。


「すいませーん。いい加減、離してもらってもいいですか?」


 流石にこれは可笑しいと思い、リーゼに声をかけるも反応無し。

 一体どうしたんだと思い、側に寄って見ると、その原因は直ぐに分かった。


「ZZZ」


 何とリーゼは、枕に顔を埋めた状態で、立ったままスヤスヤと寝息を立てて寝ていたのだ。


「えぇ……」


 これには、呆れた声しか出ない。

 どうやらこの子も、かなり変わった性格をした子のようだった。




 







 

 

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