表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

家族と借金と眼鏡

 

「ただいま」


 もうすぐ日が沈む頃、途中で夕飯の買い物を済ませて、歩き続けてくたくたになった体を引き摺りながら、蝶番が錆びてキィキィ煩い玄関のドアを開けて家に入る。

 その際、ドアノブが取れてしまったが、まぁ些細な事だ。

 いい加減、この風通しの良いボロ家も、立て替えなくちゃいけないんだが、生憎と家にそんなお金は存在しないので、どうしようもない。雨風が凌げるだけでもよしとしなくては。


「おかえり~」


 俺が家に入ると、部屋からおっとりとした緩い声を発しながら下着姿のお袋が出てくる。

 お袋は、一児の母とは思えないほど若い。年はまだ二十代中盤で、しかも、スタイルがもう凄いとしか言いようが無いほと凄まじい。

 ボンッ、キュッ、ボンッではなく、ボボンッ、キュッ、ボボンッとでも表現した方が良いだろうか。

 赤ちゃんだった頃は、毎日このオッパイを吸っていたのだが、それはもうこの場で乳首に吸い付いたまま死んでも良いくらいの、至福の時だった。

 だが、成長して十歳になった今、正直言って実の母親がこんな痴女みたいな格好をしていると、娘として恥ずかしくて仕方ない。


「お母さん、お願いだから服着て。玄関先でそんな格好されると、私が恥ずかしいから」


 何時ものように、無意味だと分かっていてもお袋に止めてくれるようお願いする。

 一応、俺は人前に居るときは敬語。一人で居るときは男の口調。お袋の前では普通の女のく口調と使い分けているのだが、相変わらず何年たっても女の口調で話すと、違和感が酷くて、もにょっとした気分になる。


「ん~、アリサちゃんがお帰りのキスをしてくれたら考えてあげる」


 そう言って、お袋は少しかがんで目を瞑り、唇をつき出す。

 それを見て俺は自分の頬がひきつるのを感じた。ぶっちゃけ、お袋の容姿は好みだし、その極上の体を貪りたいとは思うが、流石に親子、しかも母と娘で、こんな事をする趣味は俺には無い。

 もしこれが赤の他人同士だったなら、遠慮なく行くけど……多分、俺にそんな度胸があれば。

 と言うわけで、突き出された唇はスルーして、額にキスした。


「むぅ」

「はい、終わり。夕飯の準備するから早く服着て」


 不満そうな表情を見せるお袋を放っておいて、台所へと移動する。

 ハァ……何かこのやり取りで疲れが更に溜まった気がする。やっぱり最近のお袋は何処か様子が可笑しい。前までは、俺に対して、あんな甘えるような真似なんてせず、女手一つで俺を育てる為に、真面目で誠実で一生懸命働く良いお袋だったんだけどなぁ。

 俺が九歳の誕生日を迎えて、ある程度一人で行動できる範囲が広がった辺りからだ、お袋はあんな感じにダメになったのは。

 俺と一緒に居たいからって理由で仕事をする時間も減ったし、ほぼ毎日のように少ない給料で俺が喜ひそうな物を勝手に買ってくる。まるでホストに貢ぐ女のようだ。


「やっぱり、どうにかしなくちゃいけないよなぁ」


 流石に、このままだとお袋がどんどん俺に依存して来そうな気がするので、何とかしなくちゃいけないとは思っているのだが、中々行動に移せない。

 というのも、実は少し前にお袋にせがまれて一緒のベッドで寝た時に、お袋が涙を流して、窒息しかける程キツく俺を抱き締めながら、親父の名前を呟いて居たのを聞いてしまったからだ。

 それを聞いてしまうと、邪険にするのも可愛そうで、やはり現状維持のままお袋の気が済むまで好きにさせておけば良いかな、という考えに落ち着く。

 しかし、俺はこれから、男に戻るためのTS薬を錬成する研究に時間を割かなければならず、こうしてお袋の相手をして居る時間よりも、実験やら材料の調達をする為の時間の方を長く取らなくてはいけなくなる。

 そうなった時に、お袋の面倒を見るのに時間を取られるのは、少し困る。何せ、俺が心までも完全に女になってしまうのは、恐らく後、数年程度しかかからないだろうから、TS薬の作り方が分からない以上、あまり他の事に時間を取られる訳にはいかないのだ。

 最も、俺の性格上、何だかんだ言いつつ、お袋の面倒を見る方を優先させそうな気もするんだけど。

 まぁ、そうなったら、睡眠時間を削るしか無いか。子供の内から不健康な生活はしたく無いんだけどなぁ。





「ねぇねぇ、アリスちゃん」


 何時も通りの質素な夕食を食べ終わり、洗い物も終わったところでお袋が後ろ手に何かを隠しながら、笑みを浮かべて俺に話し掛けてきた。

 その笑みに嫌な予感しか浮かばない。

 お袋が手を後ろに回しながら、こう言った笑みを浮かべる時は、俺が喜ぶであろう物を買ってきた時であり、その物というのが、大抵の場合、中学生が修学旅行でお土産に買うような剣のキーホルダーみたいな、微妙な物なのだ。

 そんな物を買うのなら、もう少し食費や家のリフォーム代にお金を回して欲しいのだが、これでも一応、俺の事を思って善意でやってくれている事であるため、中々もういらないからとは言い出せないでいる。


「何、お母さん」

「んっふっふ~。じゃ~ん。これが、今日のアリサちゃんへのプレゼントで~す」


 そう言って、お袋が俺に手渡して来たのが、たいして上手く無い龍の木彫りである。因みに家には既に似たような物が二体あり、これで三体目だ。


「う、うわぁ、嬉しいなぁ」


 あまりにも要らないものだったので、ひきつる頬を抑えるのに苦労したが、何とか笑顔を作ってずっしりと重みのある木彫りを受けとる。

 もう、部屋にがらくたを置くスペース無いんだけど、どうしよっかなぁ。


「うふふ、前も喜んでくれたアリサちゃんなら今回のも絶対喜んでくれると思ったの。今日はアリサちゃん誕生日だから、お母さん奮発したよ~」

「……因みにだけど、これ幾らしたの?」

「ん~、確か銀貨四枚だったような」


 その値段を聞いて、思わず目眩がして倒れそうになる。

 銀貨四枚。日本円にして大体四万円位だ。

 確か、お袋の給料日は今日だった筈だから、一日持たないで残りが銀貨一枚になった事になる。

 危なかった。今日が俺の十歳の誕生日で、錬金術を使えるようになっていなかったら、次の給料日まで、また近所の人達への土下座外交+雑草暮らしが始まるところだった。


「あの、お母さん。こういうの買ってきてくれるのは嬉しいんだけどさ、もう少し考えて買ってきて欲しいなって……」

「何で? アリサちゃん嬉しく無かったの?」

「いや、何でって。前から何度も言ってるじゃん。私へのプレゼントにこんなに使っちゃって、次の給料日迄の食費とかどうするのかって」

「……あ」


 俺の言葉に、お袋はようやく事態を察したようで、慌てて財布の中身を確認して、涙目になりながら俺の方を振り向く。

 その姿を見ていると、俺が幼い頃に見ていた、出来るキャリアウーマンのようなお袋の面影が全く無く、あまりの変貌振りに泣きそうになってくる。

 きっと、今までは自分が何とかしなちゃという使命感で、無理してデキる自分を作っていただけで、俺が一人でもしっかり行動できるようになった今、お袋の本来の姿に戻ったのだろう。

 この凄まじいポンコツぶりを見ていると、親父が逃げ出した事も、あまり責める事が出来な……いや、子供まで孕ませた女を捨てるなんてやっぱり普通に最低だな。うん。


「ど、どうしよう。お金無い」

「だから、お金使うときは考えて使おうって言ってるでしょ」

「だ、だって、誕生日のプレゼント探してるって言ったら、お店の人、これがお勧めですって……もう今日を逃すと買えないって……」

「で、そのまま口車に乗せられて買ってしまったと」

「うん……」


 怒られると思っているのか、肩を落として身を竦ませるお袋を見て溜め息を吐く。

 なんと言えば良いのか、こうしていると、親子では無く、少し頭の弱い妹の面倒を見ている兄のような気分になってくる。

 お袋にはもうちょっとしっかりして欲しいんだけどなぁ……



「すいません。ユリシア・グレーデルさんはいらっしゃいますか?」

「ん?」


 お袋に対して飽きれ果てていた所で、玄関の扉を叩く音と共に、お袋を呼ぶ男の声が聞こえてきた。

 お袋に「ちょっと待ってて」と言い残してから、ドアノブの付いてない玄関を無理矢理開けると、そこにはローブに身を包んだ、眼鏡を掛けた一人の若い男が立っていた。

 そのローブの胸元には、この街のシンボルである世界樹をあしらったマークが付いており、この男の身分が王宮務めの人物である事を示していた。


 一体、王宮の役人がこんな貧乏人に何のようだろうか? もしかして、お袋が何かやらかしたのか?


「あの、何のご用でしょうか」


 予想外の人物の訪問に、不安を覚えながらも、俺はそれを表面に出さず、努めて冷静に男に話しかける。


「えっと、お嬢ちゃん、僕はお母さんに用があるんだけど、お母さん呼んでくれるかな?」

「お母さんは今、出られないので代わりに私が話を聞きます」


 俺がそう言うと、男は困ったような顔をする。

 しかし、俺はなんと言われようとお袋を出す気は無かった。あのお袋に、偉い人の相手をさせるのは不安すぎるからだ。


「うーん、まぁ、お嬢ちゃんしっかりしてそうだし、お嬢ちゃんにも関係ある話だからいっか。はい、これ」


 そう言って、男が手渡してきたのは、一枚の紙。

 その紙の上の方にはこう書かれていた。


『借用書 白金貨500枚』


「え?」

「それね、君のお父さんが十年前に国に対して借りたお金なんだけど、十年経った今でも小銅貨一枚たりとも帰ってきてないんだ。それで、もう返済期限の十年が経ったから、借金を返済する対象が、彼の家族である君達に変わった事を伝える為に僕が来たんだけど……大丈夫?」


 男のこちらを気遣う言葉にも、俺は借用書を食い入るように見つめながら、陸に打ち上げられて苦しむ魚のように口をパクパクと動かすことしか出来ないでいた。


 白金貨500枚、日本円で約五億。

 宝くじで一等が当たっても返せないような途方も無い金額だ。

 こんな額をあのポンコツお袋と俺の二人だけで返せというのか? いやいやいや、無理、無理だから。体売っても返せないからこんな額。体売るなんて死んでも御免だけど。

 つーか、国に対してこんな額の金を借りれるなんて、親父は一体何者だよ。


「えっと、取り合えず話を進めるけど、何も今すぐ返せって言ってる訳じゃ無いよ。取り合えず、君のお父さんの時と同じく十年は待つ。利子も必要ない。とにかく、その間に最低でも半分以上は返済して欲しいんだ。そうすれば、キチンと返済の意思も返済する能力もあるということで、もう十年かけて残り半分を返済してくれれば良いから」

「それが出来なかったら?」

「えっと、その……」


 男は、俺の体を見て顔を赤らめ、言いづらそうに言葉を詰まらせる。

 その反応だけで、どうなるのか察する事が出来た。つまり、娼館にでも売られて体で払わされるのだろう。


「あ、はい。何となく分かりました」

「あ、分かるんだ。最近の子は進んでるなぁ」


 男は、そう言って感心したかのように頷く。

 生憎だが、精神年齢約三十才の俺だから分かるのであって、普通の子供は分からないと思うぞ。


「それで、お金は何処に届ければ良いんですか?」

「そうだね、商業ギルドの中にある銀行窓口に、返済に来たんですけどって言ってお金を渡せば大丈夫だよ」

「何処から借りたとか言わなくて良いんですか?」

「法律で金の貸し付けは民間の間では禁止されてるからね。返済に来たって言えばそれだけで何処から借りたのか伝わる筈だよ。あ、それと出来れば小銅貨一枚でも良いから定期的に入金はした方が良いよ。じゃないと、今日みたいに王宮から君たちを監視する人が派遣されるからね」

「……分かりました」


 俺が頷くと、男は「君は幼いのに随分しっかりしてるね」と言って、俺に目線を合わせるようにしゃがんで、微笑みながら頭を撫でてきた。

 その手の暖かな温もりと、春の陽射しのような穏やかな微笑みに、俺の乙女心はキュンと--


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何っ、がっ、乙女心だよぉぉぉぉ!!! 」

「ちょ、どうしたの急に!?」


 そんなにイケメンじゃないからと油断して気を抜いていたら、不覚にもときめいてしまった俺は、さっきの気持ちを掻き消すために、男の制止を振り切って壊れかけのドアに頭を何度も打ち付ける。

 ヤバイ、ヤバイ、こんな冴えない眼鏡にときめくなんてどうかしてるぞ俺。


「何か、凄い音してるけどアリサちゃん大丈夫?」


 その音が聞こえてしまったのか、部屋の奥からお袋が姿を現してしまった。


「あ、お客さん? えっと、始めまして、ユリシア・グレーデルです。よろしくお願いします」


 しまったと思ったときにはもう遅く、お袋はこのカオスな状況に動じる事無く呑気に頭を下げて自己紹介をし始めていた。

 取り合えず、いきなり変なことを言い出さなかった事にホッとしながらも、その間に、冷静さを取り戻した俺は、ドアから離れてお袋の隣へと移動する。

 頭を叩きつけてた事で、ドアがひしゃげてしまったが、まぁ、ドア一枚の犠牲で俺の心の平穏が保てるのなら安いものだ。


「あの?」


 お袋は、自己紹介をしたのに何も言葉を返して来ない男を見て、首を傾げる。

 俺も気になって、なるべく目を見ないように男を見ると、男は顔を真っ赤にして視線をあちこちに這わせ、その場から少し後退りしていた。


 ははーん、なるほど。さてはこいつ、俺と同類(へたれ童貞)だな。


 お袋は外見だけなら、超の付く程の美人だ。

 それに、此処が犯罪が滅多に起こらない王都でなかったら、一人で外に出た瞬間、変態に襲われそうな位の、ドスケベボディを持っている。

 女に免疫の無い童貞には刺激が強すぎるのも無理はない。


「うぇ、あ、いえ、その、ぼ、僕はクロト・アルバートといいましゅ! ま、また来ます!!」


 男は、噛みまくりながらも何とか自己紹介をすると、勢いよく頭を下げて、その場から駆け足で去っていった。

 出来れば、俺の心の平穏の為にも、もう二度と来ないで欲しい。


「何だったの?」

「何でもないから、部屋に戻ろ」


 壊れかけのドアを閉め、首を傾げるお袋の手を握り部屋の中へと戻る。

 その時に、お袋に借用書を見せないように、服の中へと仕舞うことも忘れない。

 お袋の事だ。もしこれを見られては、俺が何を言おうと、泣きそうになりながら、私が何をしてでも返すから、アリサちゃんは何もしなくて良いからね。と言い出すに違いなかった。だが、普通に働いて稼いで白金貨500枚も稼げる訳がない。

 俺は、自分が体を売るのも嫌だが、お袋にもそんなことをさせるつもりは無かった。だから、この借金は俺一人で全部返すつもりだ。

 それが途方も無く難しい事だとは理解しているが、それでも俺はやる。幸いにも、俺には錬金術という力がある。この力を使えば白金貨500枚なんて借金、十年もかからずに返せるだろう。


 しかし、まぁ、良く良く考えると、TS薬の開発に借金の返済にお袋の世話。とても十歳の幼女がやるような仕事量では無いな……うん、取り合えず、目的を果たす前に過労で死なない程度に頑張ろう。

















 







 






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ