焼き鳥と店長と喫茶店
商業ギルドを後にし、もはや心身ともに疲れきってしまった俺は、重い足を引き摺りながらセレニアを引き連れて、今日最後の用事を済ませる為に街の中を歩いていた。
「あー、しんどい……まさか、クロードさんと会話するのにこんなに神経を使うことになるとは。結局、リーゼについてもあまり聞けませんでしたし」
クロードさんの衝撃の告白の後は、人形という地雷を踏まないように気を使いつつ軽く雑談をして、次回からは裏口を使って直接ギルド長室にアイテムを持って行く事を決めたのは良いが、あの衝撃の告白のインパクトが強すぎて、リーゼについて詳しく聞くことを忘れてしまったのは失敗だった。また、クロードさんに聞きに行かないと。まさか、クロードさんも変人枠だったとはなぁ……ああ、今から次の事を考えると気が重い。
そして此れから、あの店長に会わなくちゃならないことを考えると更に気が重くなる。
「元気無いわねぇ。もっとシャキッとしなさいよ」
「そういう貴女は随分と元気ですね」
隣で、美味しそうに三本目の焼き鳥を頬張っているセレニアをジト目で睨み付ける。
この焼き鳥は、お袋が遅刻した事に対する侘びの品を買いにいったときに、セレニアが物欲しそうに屋台を眺めていたため、買い与えたものだ。
此れから家族が増える事だし、本当なら節約しなくちゃいけないのだが、いくら引っ張っても屋台の前からテコでも動かなかったので、仕方なかった。
でも、幾らなんでも5本は買いすぎだろ。
「別にあれくらいの変態なら天界じゃ普通だし、特に気にすること無いでしょ」
マジかよ。天界には人形を嫁にするやつが溢れてるのか。やっぱ、天界の住人って頭おかしいんじゃねぇの?
「それより、此れから会う店長ってどういう奴なの? 何か、随分と会うのが嫌そうだけど」
「それはまぁ、あまり大きな声では言えませんけど、何て言ったって七聖六忌の"第5忌・炎雷神"ですからね。積極的に会いたいとは思えませんよ」
「七聖六忌?」
「知らないんです?」
「知らないわよ。一々興味の無い下界の事なんて調べないし」
それは、仮にも神としてどうなんだと思わないでも無いが、知らないと言うのなら、余計なトラブルを防ぐためにも少しは教えておいた方が良いか。
とは言っても、俺も今を生きるのに必死だったせいで、あまり詳しくは無いんだが。
「七聖六忌と言うのは簡単に言うと、強力なスキルと戦闘力を持ち合わせた、7人の聖人と6人の忌人からなっている、この国--いえ、この世界最強の13人の事です」
「スキルって言うと、あんたの錬金術みたいな?」
「はい。この世界に生まれた人は、生まれながらにして一つか稀に二つ、何かしらのスキルを持っています。例えば、耳が良くなる聞き耳だったり、感覚が鋭くなる直感みたいなありふれた平凡なスキルから、七聖六忌の人達が使うような、オンリーワンで強力なスキルまで様々な種類があります。最も、スキルは生涯に渡って覚醒しない人の方が圧倒的に多いのですが」
「ふぅん、その七聖六忌の連中が使うスキルは分からないの?」
「まぁ、そうですね。店長のは、その二つ名から炎と雷にまつわるスキルだと推測は出来ますけど、私は今を生きるのに必死だったのでそこまで詳しい事は分かりません。七聖六忌の人の顔と名前も、知ってるのは、"第1聖・覇王"ダミアン・ユグドラシル、"第4聖・悪滅の騎士"アルフレッド・ゲーティア、"第6聖・聖女"シャルロット・ティマイア、"第5忌・炎雷神"エレミア・ゴッドフォールの4人だけですし」
「うげっ、アルフレッド……」
セレニアはアルフレッドの名前を出した途端、焼き鳥を口に持っていく手を止め、露骨に顔をしかめる。
まぁ、冤罪であんな目に合わせられれば、そういう顔になるのも無理はない。
「何でアレが聖の方に入ってんのよ」
「そりゃあ、普通の一般市民から見れば、アルフレッドさんは悪を裁く正義のヒーローですからね……多少やり過ぎ感はありますけど」
「正義のヒーローねぇ……私にはとてもそうは思えないけど」
セレニアはあアルフレッドの呼び名について何か思うことがあるのか、不満そうに顔をしかめる。
だが、アルフレッドはこれまで悪を殺すことにより、多くの命を救っている。その事実を見れば、聖人として分類されても可笑しくは無い。
「まぁ、あの狂人の事は別にいいわ。思い出したくも無いし。それで、その店長とやらは何なの? 忌の方に分類されてるみたいだけど」
「うーん。その、何て言ったらいいんですかねぇ。一言で言えば、変人でしょうか?」
「はぁ? その七聖六忌とかいう連中は頭の可笑しい奴しか居ないの?」
否定は出来ない。店長の店に時おり聖女が来るらしいのだが、その人も頭の可笑しい言動をしているらしいし。
「でも良いところもありますよ? 自分の店の従業員を家族のように大切にしているところとか。まぁでも、あまりにも大切にしすぎていて、家族に手を出した事がバレたらぶちギレますけどね。5年位前に、拷問狂と呼ばれていた隣国の王子がお忍びでやって来て、王子が気に入った従業員を無理矢理拉致して自国に連れて帰って拷問の末に殺してしまった時なんて、何処かに隠れた王子を殺すために、王子が住んでいた国ごと消し飛ばしましたからね。因みにその件で店長は七聖六忌の仲間入りをしたようです」
「やっぱり、頭おかしいじゃない」
うん、話していて思ったけどやっぱり頭おかしいよな。
でも結構なカリスマ性があるみたいで、同じ店で働いている従業員や店の常連からは滅茶苦茶慕われてるんだよなぁ。その常連と言うのが、どいつもコイツも表世界の連中に見えないのが考えものだけど。
「そんな奴の店で良く自分の母親を働かせられるわね」
「母と店長は昔からの幼馴染みらしくて、凄い仲が良いんですよね。それで、身内に甘いあの店長なら何があっても母の事を守ってくれるかなと」
「ふぅん」
「あ、ここです」
そうこう話している内に、俺たちは目的の店へと到着した。
「うわ、凄い行列」
お袋が働いているこの店--『女神の園』は、この国の中でもかなり人気の店で、連日、長蛇の列が出来るほどの客入りを誇っている。
ただ、この店に来る客と言うのは大分偏りがあって--
「あれ? でも男しか並んでないわね」
--客の9割9分程を男の客が占めているのだ。
「まぁ、それに関しては後で分かりますよ」
特殊は加工により、外からは見えなくなっている窓ガラスから中を覗こうとしていたセレニアの手を取り、裏口の方へと回り込む。
そして、裏口にある従業員専用のドアについているベルを鳴らし、待つこと十数秒。
「はいはーい。今開けまーす」
その声と共にドアが開き、中からオレンジ色の髪に金と赤のオッドアイという奇抜な容姿をした、メイド服姿の人物が現れた。
「あれ、アリサちゃんじゃない。ユリシアに用事? 」
「いえ、今日は店長に用事ががあって来ました」
「私に?」
このメイド服姿の人物こそが、七聖六忌の一人、エレミア・ゴッドフォール本人である。
「あ、もしかして、ようやく家の店で働いてくれる気になったとか?」
「違います」
俺が素っ気なくそう言うと、店長は「何だ残念。ロリって結構需要あるんだけどなぁ」と言いながら肩を落とす。
だが、俺はなんと言われようとこの店で働くつもりは無い。
何故ならば、此処は普通の喫茶店では無く、従業員全員が何らかの衣装を着て、その衣装の役に成りきりながら接客をするコスプレ喫茶だからだ。
因みに店長が俺にやらせようとしている役は、お兄ちゃんが大好きだけど素直になれない妹の役らしい。死んでもやるもんか。というか、そんな妹が居たら俺が欲しいわ。
「今日は母が遅刻して迷惑をかけた御詫びにやって来ました」
「つまり、アリサちゃんが脱ぐと?」
「脱ぎません。これ、どうぞ」
そう言って、右手に持っていた箱を店長に差し出す。
これは、シュガー&スイートと言う菓子店のチーズケーキで、店長の大好物の菓子だ。シュガー&スイートは高級店で、これを買うのにそこそこの出費をしてしまったが、お袋が迷惑をかけたのは事実だし、仕方ない。
本来ならこういうのは、本人がやるべきだと思うんだけどなぁ。俺が気にしすぎなだけで、普通はやらないのか?
「いやぁ、毎回毎回悪いね」
「いえ、あの母を雇ってもらっているだけで感謝していますので、此くらいは当然のことです」
あんなポンコツ、普通の店ならどこも雇ってくれなさそうだしな。それに、生活が苦しいときは、わざわざ差し入れを持ってきてくれたりしてくれるし、店長には本当に感謝している。
「感謝しているなら一肌脱いでくれてもいいのよ?」
「嫌です。此処で働くくらいなら土木工事現場で働いた方がましです」
「おさわりとか一切無しの健全な店だよ?」
「それでも嫌です」
だが、それとこれとは話が別。
感謝しては居るが、こんな店で働いていたら俺の正気がガリガリと削られてしまうので、此処で働く気は毛頭無い。
「給料弾むよ?」
「……お断りします」
「いま、ちょっと迷ったわね」
いつの間にか背中に居たセレニアの突っ込みは無視する。
だって、仕方ないじゃないか。お金は欲しいし。
「というか、私を雇って給料払うくらいなら母の給料を上げて下さいよ」
「ハハハ、冗談は寝てから言った方が良いよ? ユリシアが今月割った食器の数、教えて上げようか?」
そう言う店長の目は全く笑っていなかった。
一体、何れだけの数の食器を割ってるんだお袋は。
そして、そんなお袋を雇ってくれている店長には本当に頭が上がらない。店長のお願いなら何でも聞いて上げて良いくらいだ。でも、俺が働くのは勘弁な。
「すいません。本当にすいません」
「いやまぁ、別に良いんだけどね。ドジっ娘メイドとして店の中でも一二を争うほどの人気があるし。ところでさ、話は変わるけど、その背中の子は誰かな?」
店長の、猫のような目で見据えられたセレニアが、俺の背中でビクッと震え、更に身を縮めて俺の背中に隠れようとする。そんなことしても、物理的に隠れられる訳無いんだから、諦めて普通にしてればいいのに。
しかしまぁ、あわよくば裏方でも良いから、セレニアも此処で働かせられないかと淡い期待を持ってはいたんだが、これじゃ流石に無理だなぁ。
「この人はセレニさんと言って、私の姉です」
「ああ、そう言えばユリシアが言ってたっけ、家族が二人増えたって。その内の一人か」
「はい」
「そうかそうか。ふむふむ」
店長はセレニアの顔をよく見ようと、俺の背中の方へと回り込む。
しかし、セレニアは店長から避けるようにして、俺の正面へと回り込む。
俺の周りで鬼ごっこは止めて欲しい。
「うわ、何この子。めっちゃ可愛いんだけど。持って帰って良い?」
まるで、肉食獣に怯える小動物のようなセレニアの様子に、嗜虐心が刺激されたのか、店長は少し頬を赤く染めながらそんな事を言う。
俺としては別に持って帰ってくれても良いのだが、セレニアに目を向けると首を勢いよく横に振っていたので、此処は丁重に御断りさせていただこう。
「駄目です。セレニアさんは人見知りが凄いんですから、あまりからかわないで下さい」
「ちぇっ、残念。絶対人気出ると思うんだけどなぁ」
「流石にこれでは接客は無理だと思いますよ」
「そう? 実は案外なんとかなるかもよ。家の店はユリシアみたいな、素で接客している連中を除いて、皆何かしらの役を演じて接客しているからね。セレニアちゃんなら、王子様に守ってもらう系のか弱いお姫さま役で普通に行けるんじゃ無いかな」
「いやいや、無理ですって」
俺は店長の言葉を真っ向から否定する。
セレニアがか弱いお姫さまとか全く想像がつかない。コイツはどっちかって言うと我が儘で気が強くて偉そうな女王様タイプだろ。
「そうかな。言っとくけど、私はちゃんと役を演--「店長! 何時まで喋ってるんですか!」--おっと、ゴメンね。今日はちょっとイベントやってて忙しいんだよね」
何かを言おうとして、中から聞こえてきた切羽詰まったような怒鳴り声を聞いた店長は、そこで話を区切って肩を竦めながら俺たちに謝る。
開いたドアから中が少し見えたが、従業員のお姉さん達が忙しなく動いており、どうやら今日は、本当に忙しいようだ。
こんな忙しい日に遅刻して行くなんて、お袋は本当にもう……
「いえ、此方こそお忙しいところすいませんでした」
「いやいや、別に気にしなくて良いよ。私は丁度休憩時間だったし。何だったら店に上がってく? 軽いご飯なら出すよ」
「あー、そうですね……」
折角ここまで来たんだから、少しくらい中で食事をするのも良いかもしれない。食費も浮くし。
「ちょっと……」
そう思って、その申し出を受けようとしたら、セレニアに服の裾を引っ張られた。
何かあるのかと思って、セレニアの方を向くと、セレニアは焼き鳥の串で店の反対側を指しながら、更に俺の服の裾を軽く引っ張る。
これは、つまり早く帰りたいという事で良いのか? まぁ、俺も今日は疲れたし、早く帰ってゆっくりするのもありかもしれないな。
「すきません。今日は、帰らせて貰います」
「そっか、じゃあまた今度ね。セレニアちゃんも、何時でも来て良いからね」
「店長!」
「今行くってば!」
最後に、俺達に軽く手を振って別れの挨拶をした店長は、大急ぎで店の中へと戻っていった。
後には俺とセレニアの二人だけが残される。
「ほら、帰りますよ」
「……うん」
秋も深まってきたこの季節。日が沈みかけ、少し肌寒い空気が辺りに漂う時間帯になってきたこともあり、寒そうに手を合わせていたセレニアの手を取り、来た道を戻る。
さて、今日の夕飯は何にしようか。家族も四人に増えたし、鍋みたいな大勢で囲めるものが言いかな……って、そう言えば食器足りないし。一応金はあるから、帰りに人数分の食器を買ってそれから--
「ねぇ」
そんな事を考えながら歩いていると、唐突にセレニアが覇気の無い声で話しかけてきた。
今日一日しかコイツと一緒に行動してないが、誰かと話している時以外で、こんな元気の無いセレニアは初めてだ。何か、スッゴい気味悪い。
「何ですか?」
「あんたはさ、めんどくさい女ってどう思う?」
質問の意味が分からない。
えっ、何。 何で脈絡も無く急にこんな質問をし出したのコイツは。
しかも、何かちょっと真面目な顔しちゃってるし。これ、真面目に答えなくちゃダメなパターン?
つうか、女とマトモに話した経験すら無い俺に、そんな事聞かれてもわかんねぇよ。現実のめんどくさい女ってどういう女なの?
でも、何か答えなくちゃいけないような雰囲気を感じるし、何か答えないと……そうだ、現実がダメなら2次元を参考にすれば良いんだよ!
2次元のめめんどくさい女……つまり、あれだな。お兄ちゃんが好きなんだけど、素直になれなくてついキツい言葉を言ってしまう妹みたいな女か。うん、萌える!!
「萌えますね」
「も、萌え?」
「はい。中々ポイント高いです」
良いなぁ、妹。俺は日本に居る時は一人っ子だったから、妹なんて居なかったんだよなぁ。
こっちに来て一応今日、妹が出来たのは出来たんだが、電波属性だからなぁ。出来れば、普通の妹が欲しい。どっかに落ちていないかな、普通の妹。
「そ、そうなんだ。良かった、嫌われて無いんのね」
「ん? 何か言いましたか?」
「何でもないわよ!」
妹の事を考えていたらセレニアが何か小声で呟いたことを聞き逃してしまった。
でも、何でもないって言ってるし、大したことでは無いのか?
「それより、ほら早く帰るわよ!」
「あ、ちょっと--」
何故か急に元気になったセレニアが、今度は逆に俺の事を引っ張って歩き出す。
何が何だか正直良く分からないが、まぁとりあえず、セレニアが元に戻っただけ良しとするか。




