第八八話:妹犬の兄の独白
第八八話:妹犬の兄の独白
狭山さんは目を見開いてビックリしている。
オレ「びっくりした?」
狭山さんは首を縦に振って答えた。
......そりゃまぁ......ビックリするよなぁ......
そんは所なんか見たことも無いだろうし......
オレ「オレの周りで知ってるのは勇次くらいじゃないかな......
勇次には......ちょっと色々あって言ったんだよ。」
美紀「......」
オレ「あっ、その病気はもう大丈夫なんだよ、全然、ホントに。
再発する可能性のある病気でもないからね。」
美紀「そうなんだ......」
オレのその言葉で狭山さんはホッとした表情をした。
オレ「うん。オレは運良く助かったけれども、その時、"死"っていうもの
がとても身近な事に感じられてね......」
美紀「うん......」
オレ「何ていうか...... もしもまたそうなった時、オレのその状態を悲しむ人
は一人でも少ない方がいい......ってね、考えちゃったんだよね。」
美紀「でも、それは......」
オレ「うん。分かってるんだ。そんな心配は誰にだってある事だってね。
でも、狭山さんは"死"を身近に感じて、それについて考えた事、あるかな?」
美紀「......」
オレ「ないよね、やっぱり......」
狭山さんはぎこちなく首を縦に振って答えた。
オレ「死ぬのは怖くなかった。でも、周りで悲しむ人を見るのが辛かったんだ。
だから......オレはそれを考えてしまったんだよね。」
美紀「......」
狭山さんは俯いたまままでオレの話を聞いていた。
オレ「オレはさ、臆病なんだって思う。
人を傷つけるのが怖い、人を悲しませるのが怖い。
それが、自分を好きで、愛してくれる相手なら尚の事、ね。」
美紀「臆病なんじゃないよ......優し過ぎるんだよ......」
狭山さんは少し目に涙を浮かべてオレの方を見た。
オレ「......ありがとうね。」
オレがそう答えると、狭山さんは首を横に振った。
ほんの少し、沈黙が続く。
その後、最初に口を開いたのは狭山さんだった。
美紀「私ね、信也君が彼女を作らないのは、何かトラウマがあるんだって思ってた。」
オレ「うん。まぁ、これもある意味でのトラウマだと思うよ。」
美紀「ううん、そんなんじゃなく......
好きな人に酷い振られ方をしたとか......
もっと普通に、女の人との関係が理由かな......って思ってたんだ......」
オレ「そっか......」
美紀「うん......」
そして、そこで狭山さんは意を決したようにオレの方を見た。
美紀「私は信也くんが好きっ! それは絶対に変わらないよ?
そして......例え信也くんが死にそうな事になっても、
私は絶対に信也くんの傍を離れない!」
オレ「ありがとう。でも......」
美紀「私はね、例え悲しい事があったとしても、一分一秒でも長く信也くんの傍にいて、
信也くんとの楽しい思い出を作りたいの。」
オレは狭山さんの言葉に頷いた。
美紀「だからね、その時は悲しむと思うけれども、
信也くんとの思い出があれば、きっと立ち直れるって思うの。」
オレ「うん。」
美紀「だから......諦めないんだからねっ!
これからもアタックしていって、信也くんのトラウマを私を好きな気持ち
で上書きしちゃうんだからねっ!」
狭山さんは、満面の笑みでオレにそう話した。
オレ「......ありがとうね、狭山さん。」
オレは狭山さんに笑顔を向けた。
狭山さんはオレの笑顔を見て顔を真っ赤にして俯いた。
美紀「......信也くん......」
オレ「ん?」
美紀「その笑顔......反則だよぉ.....」
喫茶店を出ると、再び狭山さんはオレの腕に抱きついた。
そして、狭山さんはおどけてこう聞いてきた。
美紀「ねぇ......」
オレ「ん?」
美紀「......惚れた?」
少し立ち止まりオレはこう答えた。
オレ「......チョット......」
美紀「うふふふふ〜......」
狭山さんは嬉しそうにしてオレの腕に更に抱きつく。
オレはおどけてこう言ってみた。
オレ「......今の笑い声はチョット引いた。」
狭山さんはオレの言葉を聞いて立ち止まり、オレを見て少しムッとして、
美紀「......いじわる......」
と言ったが、すぐに笑顔になって一緒に歩き出した。