第十話:妹犬と散歩
第十話:妹犬と散歩
......藤崎信也が.......笑っている......
目の前の光景が信じられない。
私は唖然として彼の姿を見ていた。
声:『浮島さん、どうしたのですか? 浮島さん?』
浮島:「.......』
声:『浮島さん!? とうしたのです!? 浮島さん!?』
切羽詰まった香織お嬢様の声に、私はやっと正気を取り戻す。
浮島:「あっ、いえ...... 返事が遅れて申し訳ございません、お嬢様
少しボーっとしてしまいました。」
溜め息の後、安心したようなお嬢様の声が携帯電話から聞こえる。
香織:『そうですか......それで、何があったのですか?』
浮島:「それが......藤崎信也様が笑っておられました......」
香織:『......は?』
浮島:「だから、藤崎信也様が、笑っておられたのです。」
香織:『藤崎信也「様」?』
浮島:「......はっ!」
香織:『浮島さん? あなた、藤崎信也の事を様付けで呼ぶなんて、
一体どんな理由がおありなのかしら?』
お嬢様の声は何気に怒ったような声に変わっている。
いけない.....危険だ....... お嬢様が怒ったらとても大変なことになる......
浮島は焦った。いつの間にか藤崎信也を「様」付けで呼んでいた自分にも、
その理由を聞いてくるお嬢様にも.......
浮島:「あっ.....いえ......何というか.......」
正直に答えるべきだろうか......それとも、嘘を........
香織:『何とか仰いなさい!!』
浮島:「はっ、はいっ! 信也様の笑顔に心を奪われましたっ!
......あっ......」
お嬢様の怒号に押され、つい口が滑った。
香織:「.......話は戻ってから詳しく聞きましょう.......
早く戻っていらっしゃい!!」
浮島:「......はい......」
お嬢様の声、怒っていらっしゃった...... あぁ......何と言えばいいのかしら......
でも......彼の初めて見る笑顔.......素敵だった......
23歳にもなって、この私が17歳の少年に心を奪われるなんて.......でも.......
......あぁ.....信也様......
浮島のクネクネ悩む姿を見た近所の人は、「警察を呼ぼうかしら.......」などと考えていた。
オレはリルと高速道路下の公園に来ていた。
高速道路下の公園は中々に広い。リルを思いっきり走らせるには丁度いい場所なのだ。
オレ:「リル、遊ぼうか。」
......と、オレはビニール製のボールをポケットから取り出し、リルに見せた。
リルは、嬉しそうにオレの持つボールの方に飛び跳ねた。
オレ:「よしよし、んじゃ、取って来い!」
とボールを転がして投げた。
すると、リルは追っていってボールを咥えた。......が、戻ってこない。
オレがリルを呼ぶと、ボールを放して自分だけで戻ってきた。
オレ:「リル......ボール取ってこようよ.......」
頭がいいんだか悪いんだか.......分からない部分があるなぁ(^^;
オレがボールに向かって走りだすと、リルが一緒に走ってくる。
オレがボールを掴んだ後、リルの方を見ると、リルは微妙な距離を取ってオレの方を見ていた。
オレがチョット構えると、リルはグッと前足を伸ばし、臨戦態勢を整えた。
......鬼ゴッコの方がいい......のかな?
オレはリルに向かって走り出した。
すると、リルは一気にオレから逃げ、それから円を描きながら走ってオレの方へ突っ込んでくる。
オレがリルを待ち構えていると、オレの服の袖を噛んで、「ガウガウ」吠える。
オレがリルを捕まえようとすると、服の袖を離してまた走り去り、再びオレに突進してくる。
リルとオレの遊びはこんな感じで、リルが疲れるまで10分位続いた。
......やっぱり、リルは体力あるわ.......妹とは言え、やっぱり犬なだけはある.......
リルが舌をだして「ハッハッ!」としているので、リルを水の飲み場に連れて行き、
オレの手に水を貯めて飲ませてやる。
リルは、オレ手から美味しそうに水を飲んだ。
オレ:「リル、そんじゃ家に帰るか」
オレがそう言うと、リルは少し名残り惜しそうにしながら、オレの持つリードを噛んで、
一緒に帰宅の途に着いた。