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帰宅戦記  作者: 呉万層
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ルールの運用者

三好高校でもっとも高い権威を与えられている者は、校長ではない。本来は理事長だが、実際に君臨している者は、理事長の北畑欣也の孫娘である北畑雪菜だ。

 雪菜は生徒会長兼非球技系体育会系部活動最大派閥の、薙刀部部長を務めている。ただし、最も精力的に活動している役職は、帰宅阻止有志同盟議長としてものだ。

 今日も、放課後の有志同盟による会議に出席し、高く大きな椅子に、地下人を見下ろす貴族のような態度で、座っていた。

 隣には、薙刀部副部長の遠山舞が、司会進行役として侍っていた。

「皆、忙しい中、出席ご苦労様」

 雪菜は思ってもいない労いを口にし、上座から、居並ぶ有志同盟幹部たちを見渡した。

 会議に出席している幹部たちは皆、形の上では雪菜に忠誠を誓う、有力部活動の部長だった。

 コの字型に配置された長テーブルの上座で、大きさより形に注目すべき胸を張る雪菜から見て、四人の幹部が、左右に二人ずつ座っている。雪菜から向かって右の長テーブルに、体育会系が二人座っていた。

 一人は球技系部活動三大会派のサッカー・野球・バスケットボール部を代表して、サッカー部長の西崎翔が出席している。もう一人は、薙刀部を除く武道系部活動の中でも部員数が多い、空手・柔道・少林寺拳法部を纏める、空手部長の大江進が静かに鎮座していた。

 反対側の長テーブルには、文化系からは、有志同盟広報を兼任する新聞部長の栗林美墨と、経理を兼任する算盤部長の古賀由香里が出席していた。

 体育会系も文化系も、大小を合わせて百近い部活動が存在する。しかし、有志同盟の会議に出席を許される者となると、雪菜を除いて、僅か四人しかいなかった。

 当然だった。何を決めるにしろ、結局は、雪菜の意思次第だからだ。

 大人数は必要ない。

 とはいえ、雪菜も、自儘に振る舞い、あえて反感を買う愚を犯そうとは思っていない。もっとも、反感を気にするほど、ナイーブでもないので、支配者の権利を行使するにあたって、遠慮する必要性を感じてはいなかった。

 ただ一応、話くらい通していたほうが、幹部たちも部員を指導し易いだろうからと、気を遣ってやっていた。

「さて、早速ですけど、帰宅戦の報告をしてください。遠山さん」

雪菜が視線を向けると、舞は司会者の仕事を果たすべく、口を開いた。

「はい、雪菜様。一学期初週の帰宅戦の参加人数は帰宅部七十三名。体育会系部活動は四十六団体八百七十二名。文化系部活動は、演劇部とダンス部、各種歴史研究部合計十五団体百九十七名です。体育会系、文化系代表の皆様には、これより、一学期初週の、帰宅戦収支報告を行っていただきます。では、体育会系の、球技系代表からお願いします」

 舞に指名されると、茶髪で色黒な男子生徒が立ち上がり、大して長くもない髪を掻き上げる。強い制汗スプレーの臭いが撒き散らされ、雪菜を苛立たせた。

「はい。サッカー部長、西崎翔が、帰宅戦の報告をさせていただきます。球技系部活動の、一学期初週の帰宅戦参加者は、十六団体五百五十三名。捕獲した帰宅部員は二十二名です。帰宅戦で掛かった費用は、各部合わせて七十八万五千六百円。負傷者の医療費が五万二千二百円。得られた賞金は、捕獲による報奨金が百十万円、帰宅戦参加手百六十五万九千円の、合わせて二百七十五万九千円でした。差引き百九十二万千二百円の黒字です」

 西崎は軽薄な外見が与える印象とは裏腹に、滑舌よく、報告を済ませた。

「ありがとうございました。次は、武道系代表、報告を」

 数字の羅列をしながら、なぜか情熱的な視線を送る西崎を無視して、舞は話を進めた。

「押忍。武道系代表、大江進。一学期初週の帰宅戦について報告させていただきます。押忍。帰宅戦参加者は、二十団体四百七十七名。捕獲した帰宅部員三十九名。破損した竹刀や競技用薙刀の補充に十二万七千五百円。負傷者の治療代二十七万五千六百円。報奨金が二百十万円。参加手当が百四十三万千円。差引き三百十二万七千九百円の黒字でした。押忍」

 指名された大江が、立ち上がり、厳つい声で朗々と報告した。

 報告した団体数が合っていないのは、球技系でも、武道系でもない、体育会家非主流派部活動については報告がないからだ。

 ワイフキャリング部や、エクストリーム・アイロニング部などといった、体育会系非主流派については、ほとんど言及されない。報告自体は、舞に行っているが、大抵、話題にもされなかった。

 雪菜にとっても、どうでもよい話で、大江の声質のほうが、よほど気になった。

 分厚い筋肉を纏っているかのような声質の割に、大江は、一見、細いとさえ思える長身だった。

 武道系代表の空手部長を務めるだけはあり、相応に筋肉質ではある。だが、背の高さが声の質についていけていないように見えて、アンバランスな印象を与えていた。

 顔つきは整った細面で、打撃系の武道家でありながら、顎は弱そうだ。

 西崎に対抗したわけでもないだろうが、大江も舞に熱い視線を送っている。黒髪は、男受けが良いものの、変な奴に好かれやすい傾向にある。雪菜は、後で舞に注意を促してやろうかと考えた。

 いや、舞がすでに気がついている可能性もあるので、今度にしよう。

 雪菜は、舞を案じながら、体育会系部活動の活躍について考えていた。

 医療費から考えて、事前の予想より、怪我人が多い。接近戦が主な仕事である武道系に怪我人が多く出るのは、仕方がない。ライバルとなる部活動は多く、町の路地などは狭いため、同士討ちも珍しくないからだ。

 だが、一番の理由は、あの忌々しい女、三島風子のせいに違いない。雪菜は、根拠ある決めつけを、風子に下した。

 風子は現在二年生で、一年生のころから、帰宅部の部長を務めている。一年生が部長を勤めるのは、どの部活動でも珍しい事態だが、帰宅部では、二年生が部長に就任するほうが、希少な事例といえた。

 と、いうのも、帰宅部は創部以来、九十パーセントが以上を、一年生のみで占められていたからだ。

 また、帰宅部は狩られる立場であるし、なにより、自宅に帰れないデメリットがある。入部した部員は、可能な限り早く、退部しようとする。ところが、一度でも帰宅部員になると、帰宅に成功しない限り、退部できない規則になっていた。

 故に、退部希望の帰宅部員は、必死に帰宅を計る。風子も帰宅に真剣に取り組み、琉球唐手の戦闘技術と、戦術能力でもって、帰宅を成功させていた。しかも、複数回、いや、ほとんど全ての帰宅戦で、だ。

 通常は、帰宅に成功したら、帰宅部を退部し、他の部活に入り直すものだが、風子は違った。何度も帰宅部に再入部し、漆黒のトンファーを振るっている。

 お陰で、有志同盟は予定外の怪我人を多く出していて、議長を勤める雪菜にとって、悩みの種となっていた。

 ストレスが体重に影響しやすい雪菜が、風子を憎むようになるのも当然だった。いずれは、薙刀部部長の実力を、風子に向けてやると、雪菜は密かに決意していた。

 雪菜が、風子についてあれこれ考えている間にも、会議は進む。舞は、文化系部活動の代表二人に目を向けていた。

「ありがとうございました。次は新聞部部長、文化系部活動の収支報告をお願いします」

「はいな。新聞部の栗原美墨が、報告させてもらいます」

 指名された美墨は、勢いよく立ち上あがり、いい加減なイントネーションの関西弁で挨拶した。

 美墨は、丸眼鏡と、緑色に染め、左右で無造作に纏めた髪を元気よく揺らし、滑舌のいい口を動かし始めた。

「いやー去年と同じで、帰宅戦は、よう儲かりませんわ。うちら文化系は、後方支援がにおうとりますからな。でも、いつも通り、体育会系の皆さんから一人融通してもらえましたから、参加手当は貰えたんで、一応、八十五万一千円の黒字です。ま、後は、十五で割って、終いですけどねー」

 通常、文化系部活動は、帰宅戦の前衛として参加しない。足手まといにしかならないからだ。

 だが、帰宅戦において、一人も帰宅部員を捕獲できない場合、参加手当を受けと取れないルールがある。

 部活動が多いため、流石に一部活動が一人の捕獲を義務づけられているわけではない。球技系・武道系・非主流派系・文化系・その他、五系列に分けられた部活動で、一人も捕獲できない場合のみ、参加手当の受給資格は停止された。

「やあ、悪いね。もう少し獲物を渡したいところだったけど、うちらもカツカツでさ」

 額の少なさが不満なのか、目を閉じて頭を振る美墨に、西崎が軽薄に謝罪した。

「いやいや、一人でも回してもらえただけで、大助かりですわ。体育会系の皆さんには、いつもお世話になってます」

 美墨は、如何にも慌てていますと言った風に目を大きく見開き、両手を忙しなく左右に振った。

 文化系は、対外宣伝や広報、活動実績などで有志同盟や生徒会はもちろん、学校そのものにも貢献している。更に、文化系を纏める新聞部長の美墨は、少なくとも表向きは雪菜に忠誠を誓い、体制強化のための宣伝も欠かさない。ために、必ず一人の帰宅部員を捕まえられるよう、雪菜から計らいを受け、体育会系の部活動から、融通を受けていた。

 雪菜に反抗的なところがある非主流派系や、団体に比べて人数が少なかったり、ミリタリー同好会やオカルト研究会など、キワモノが多かったりする、非主流派文化系は、真っ当な文化系ほど優遇は受けていない。他の体育系部活動に、追撃の先頭集団や、町の待ち伏せポイントを先に取られていて、帰宅戦で滅多に帰宅部員を捕獲できずにいた。

 お陰で、両系統の部活動は、乾いた雀の涙のような部費に、少ない小遣いから捻出した金を足し、細々と部活動を継続していた。

 両系統の部活動に、今後も有志同盟の会議に出る機会を与えるつもりは、雪菜には一切なかった。

 雪菜からすると、まず、部員の多さだけとって見ても、球技系・武道系・文化系部活動だけ掌握しているだけで良い。総生徒数の七割強を支配しているからだ。

 残り三割弱の生徒は、非主流派として、主流派の生徒たちに「ああはなるまい」と思ってもらうための、教材として学校生活を送ってもらえば良い。第一、現時点でも、有志同盟所属の部活動は、部費に満足していないので、人数増加はいただけなかった。

 単純に団体と人数が多く、野球・薙刀・剣道など、費用の嵩む部活動もまた、多いからだ。

 更にいえば、雪菜が参加手当と報奨金の三分の二を、個人的に得ているからでもある。雪菜が生徒を纏める生徒会長にして、有志同盟議長、理事長の北畑友和の孫である以上、当然の権利だった。少なくとも、雪菜と両親祖父母、有志同盟幹部たちに、表立って文句を言う者はいない。だからきっと、皆も納得しているに違いないと、雪菜は見なしていた。

 文句があるなら言えばいい、忍術部と情報処理部を握る雪菜の耳は、色々な意味で良好だ。ついでにいえば、学内及び周辺の町限定ではあるが、腕も長い。耳の良さと手の長さについて、気にする気にしないはご自由に、といったところだ。

「新聞部長は、収支の内訳をもう少し詳しく報告してください」

 舞が幾分か冷たい声で促すが、美墨はあっからかんとしたものだった。

「ええやないの。報告書は別にあげてるわけやし。議長の北畑はんが把握しとればええ話やんか。今度出す電子学内報の帰宅戦特集で、薙刀部の活躍をドーンと書いたるから、細かく言わんといて」

「そういう問題ではありません。ちゃんと報告してください。形式というものがあります」

「なんや、ただの形式かいな。報告を形式とは、ははあ、遠山はんも、中々辛辣やね」

 舞は目を吊り上げ、美墨は口だけで笑いながら睨み合っている。この二人は、どうも反りが合わないらいく、事あるごとに衝突していた。

 もっとも、舞が美墨に軽くあしらわれて終わるケースが多い。雪菜としては、舞に負ける戦いはして欲しくないので、二人きりの時に度々注意している。だが舞は、美墨と会うと、つい感情的になってしまうようだ。

「遠山さん。今日は初週で皆、疲れています。仕事も多いのだから、そのくらいで」

 雪菜に諭され、舞は大人しく引き下がる。雪菜の命令であれば、嫌いな相手を前に引き下がっても、悔しくないようだ。

 あっという間に感情を引っ込めた舞を見て、対象となっていた美墨は、興ざめしたとばかりに、鼻を鳴らしていた。

「では、次、算盤部の古賀さん。申請していた、経理からの提言をお願いします」

 舞の指名を受け、不必要に持った算盤を鳴らしながら、古賀由香里が立ち上がった。

 由香里は長身で、整った凛々しい顔立ちをしている。肩甲骨まで伸びた、赤に近い茶髪は硬く、ポマードで固めたてもいないのに、針のように尖っていた。

 前髪は、なぜか右側だけ鎖骨に届くほど長く、表情の半分を隠していた。

 女性的な美しさを持ちながら、顔立ちは男っぽく、女子高で人気になる類の女だった。

「オーケー。ギスギスした空気を和らげつつ、完璧な提言をしてあげる。ふふふ、皆しょうがないなあ。わたしがなんとかしないと、いけないんだから」

 由香里は、気取った声で挨拶し、両手の親指立てて、上下に振った。

 険悪な空気は、何か不思議なものに変化した。ある意味、かなりの才能ねと、雪菜は呆れつつも、感心した。

 舞も美墨もどう反応したものかと、雪菜と同じく反応に困っている。西崎も大江も、笑うべきか、それとも他に適切な感情の表明でもあるかと、筋肉質の体を所在無げに揺らして戸惑っていた。

「ふふ、掴みはバッチリみたいだね。じゃあ、本題に行くよ。正直、かなり収入が少ない。で、提案なんだが、ちょっと獲物を、帰宅部員を増やせないかな?」

 由香里の直接的な言い方に、雪菜を始めとする出席者たちは、言葉を失った。大っぴらに言っていい内容ではないからだ。

「古賀さん、言葉を選んでくださる?」

 雪菜は礼儀正しく、由香里を睨み付けた。

 由香里の言いたい内容は理解できる。だが、日本人らしく婉曲表現を好む雪菜としては、気に入らなかった。

「でもね、帰宅部員を増やすと、報奨金も増えて、費用の掛かる部員は減るわけ。色々、解決じゃん?」

 由香里は静岡県人のような語尾で、主張を繰り返した。

 正直、由香里の主張は正しい。そもそも三好高校の帰宅部員は、九割方、無理やり入るよう説得された、他の部活動に所属していた部員だった。

 帰宅部員の大半は新入生で、入った部活で先輩から命令されて帰宅部員となり、ワザと捕まって、部が報奨金を得られるように工作していた。

 先輩から「最初の一ヶ月だけでいい」とか「戻ってきたらレギュラーだ」などと言われて、渋々ながら帰宅部に再入部させられた新入生が多かった。

 他にも、試合で大きな失敗をしたり、練習中に他の部員に怪我をさせたりした者が、帰宅部に送られる場合があった。

 由香里の軽い主張に、雪菜は不機嫌さを込めつつ、諌めるように反論した。

「そんなに上手くはいきません。昨年の惨事を忘れたのは、お忘れ? 祖父に、理事長にお叱りを受けるのは、わたしなんですよ」

 騙されたり、罰として帰宅部送りになったりした者は、当然、不満が残る。本気で帰宅を望むようになっても、まず帰宅できない。なんとか一学期の終わりに復帰しても、帰宅戦で敵となっていた他の新入部員と馴染めなかったり、練習についていけなくなるなどして、幽霊部員化したりする。

 下手をすると、再び帰宅部に入部して、自分を騙したかつての先輩部員の膝や腰、肘などを狙う、ラフプレー専門の部員まで出る始末だ。

 昨年は、ラフプレーを行う帰宅部員によって、野球部の控え投手が肘を、サッカー部のストライカーが膝を、柔道部の県大会ベスト・フォーは首を痛めた。

 負傷した者は皆、レギュラーになれるかどうかボーダー上の、いわば準レギュラーで、各部に数十名存在していた。ために、直後の各種大会で、成績にはあまり影響を与えなかったが、レギュラーの練習台と補欠候補が減った部活動顧問から、理事長に苦情がいっていた。

 運動部の実績を考えると、生徒会長の雪菜としては、あまり不満分子を増やしたくなかった。

「ああ、去年のあれね。運動部は大惨事たったそうで。いや、御愁傷様。でも、レギュラーだけじゃなくて、準レギュラーも後ろに下げればいいだけですよ」

 またもあっけらかんと、彼女なりの解決策を口にする由香里に、大江が立ち上がって反論する。

「押忍。それは無理です。押忍。帰宅戦は、部員が一丸となって戦い、部費を獲得する場です。エースならともかく、準レギュラー程度の者が参加しなければ、他の部員から卑怯者、臆病者の誹りを受けます。それに、準レギュラー程度にもなれない者だけで帰宅戦をさせても、捕獲率が落ち、怪我人が増えるだけです、押忍」

 押忍押忍と五月蠅い、偶には雌雌とでも言って、個性を出したらどうか。鬱陶しく思いながらも、雪菜は我が意を得たりとばかりに、大江の発言を首肯した。

 ただでさえ、濃密な人間関係の支配する、体育会系部活動での力関係は、複雑だ。

 先輩後輩の上下関係、監督、成果主義、集団主義、競技での実力や、将来性などを巡り、男ばかりの部活動でも、女性の集団に匹敵する粘着性を持つという。そこへ、ただでさえ特別扱いされている者を保護したりすれば、目も当てられない事態となる。危険な帰宅戦に出ない卑怯者とされ、嫌がらせが起き、精神を病んだり、嫌気がさして退部する準レギュラーが数多く出ると、予想されていた。

 濃密な人間は、良好であるとは限らない。良く言えば、仰ぎ見られ、悪く言えば浮いている雪菜も、傍から観察していたために、人間関係の面倒さを、いくらかは理解できていた。

「ついでに言うと。準レギュラーと、補欠候補にもなれない部員の溝が、いっそう深まるんだよね。準レギュラーは、練習にも参加させられない奴らなんて眼中ないけど、準レギュラー未満の部員からすると、同じイレギュラーなんだってさ。後輩が教えてくれたよ。僕なんて、リトルユースの頃からエースだったから、そういう、できない奴らの心の機微って、わかんないんだけどさ」

 西崎が、髪を掻き上げながら、余計な優秀さアピールを入れつつ、大江の補足をした。大江は余り感謝していないようで、恩着せがましい西崎の視線を無視して、口を堅く結んでいた。

 幹部たちは、それぞれ大なり小なりライバル意識がある。当然だろう。有志同盟において、今のところは明確なナンバー・ツーを、雪菜は敢えて置いていない。

 舞は、雪菜に引っ付く、ただの副官でしかない。体育会系で最も多くの部員を要している球技系は、直接戦闘では武道系に劣る。文化系は人数こそ多いため、影響力は馬鹿にならないが、帰宅戦における動員率は、部活動・人員共に低く、活動は低調だ。

 西崎は客観評価が高く、自己評価は、もっと高い。幹部の筆頭ぶっているが、誰も認めていなかった。

 大江は同じ体育会系という区分の、球技系の長である西崎をライバル視し過ぎている。大江を見ていると、武道の教育効果について、時に雪菜は疑問を抱いた。

 美墨は、帰宅戦における捕獲率よりも、帰宅戦を扱う新聞の売れ行きと広告料を気にしている。ただし、最近は、文化系部活動の帰宅戦参加を、もっと強化するべきだと、裏で画策している節があった。

由香里については、何を考えているか、誰にもわからなかった。

 生徒の個性とは、現実はともかく、表向きは、日本の教育界においては美徳と捉えられているのだそうだ。

 しかし、雪菜としては、現代的な独立独行の戦士よりも、戦前の日本にはありふれていたと伝えられる、画一的な兵士のほうが好ましいのではないかと、思えてならなかった。

 ただ命令を聴くだけの、誇り高い兵士、あるいは、鎖の錆色と太さ、主君のために流す血と汗に価値を見出す奴隷、上に立つ者にとって、なんとも都合のいい連中だ。

 思考しない兵士なりの問題はあるのだろうが、雪菜のように指導的な立場となると、都合のいいところばかりに目が行った。

「古賀さんの提案も、もっともですけど、帰宅部員の増員は悪影響も大きい。そうやすやすとは、決められませんね」

 いつまでも、社員と畜獣の区別がつかない経済団体幹部のように、長々と妄想を楽しむ贅沢は、雪菜の如き小娘にもできない。雪菜は、由香里の案を、やんわりと却下した。

「やれやれ、ガッカリだね。うん、ガッカリだよ。議長はお嬢だがら、実感を持てないかもだけどさあ。もっと金を集めないと、体育会系は潰し合いになりかねないよ」

 由香里の口調こそ砕けているが、内容は深刻だった。

「おいおい、由香里ちゃん。急に何を言いだすんだい? 僕らは同じ体育会系として、協力し合う中だよ。なあ、大江」

 西崎は、口元を軽く痙攣させながら、大江に顔を向ける。ぎこちないウインクまでつけるが、大江は顔色と顔の筋肉を小まめに変えるだけで、返答に窮していた。

 どうも大江は嘘がつけない性格のようだ。

 由香里は、半笑いを浮かべ、得意気な声で同意を求めた。

「大江君の態度が答みたいなものさ。体育会系は、とにかく金が掛かる。道具はもちろん、遠征だの合宿だので、ね。そりゃあ、帰宅部員の取り合いにもなるでしょ」

 事実だった。全員が部活動に参加する校則のために、部員数は膨れ上がっている。ただでさえ機材に費用が掛かる体育会系にとって、多人数による遠征や合宿は、悩みの種だった。

野球部など、甲子園に出れば一億円、春夏連続で出れば二億円。サッカーも冬の全国高校サッカー選手権大会に出れば、同様だ。

武道系は、試合がある部活動だと、防具だけで、一人数万円だ。

学校から補助が出るとはいえ、台所事情は常に厳しい。おまけに、部員の多さから、合宿や遠征を一度に行えず、学校側と授業スケジュールを調整しながら、数次に分けて行わざるをえなかった。

 雪菜が部長を務める薙刀部は、理事長の孫である特権を活かし、豪華な合宿所――理事長が経営する会社所有の保養施設――を利用できている。遠征にしても、理事長である雪菜の祖父がよろしく取り計らってくれるので、苦労はない。だからこそ、雪菜は、合宿について指摘されると、黙りはしないものの、口は重くなった。

 帰宅戦における参加手当と報奨金の大部分を、懐に収める権利も含めて、祖父の力で良い思いしているからといえ、雪菜には、罪悪感も後ろめたさもない。活用できる要素を活用して、なにが悪いのか。

 日本は共産主義国ではないし、仮に赤い国であっても、特権階級は存在する。人類皆平等など、最終的に死ぬという生き物の運命を除けば、ありえない話だ。

 雪菜は、日本が封建主義でもないし、富の再配分を重視すべき民主国家である事実を、意識の隅に追いやって、考えを巡らせていた。

 少なくとも、中学までは、雪菜は虚心で傲慢に構えていた。だが、流石に、高校二年生ともなると、嫉妬という感情を多分に持つ小人が多数おり、嫉視の対象が、雪菜だと薄々気が付き始めていた。

 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、おまけに家柄も家族仲も良好、経済的に恵まれている。雪菜にとって、無縁とは言わないが、嫉妬は乏しい感情だ。

 故に中々意識できなかったが、嫉妬とはどうにも理不尽なもので、向けられると不利益しかないと知ると、いつまでも同じ態度ではいられない。気は進まないが、雪菜に与えられた特権の一部を他者に施してやって、嫉妬や不満が分散するように気を配るようになっていた。

 理事長に頼み込み、成績優秀な部活動に、豪華さでは薙刀部と並ぶ保養施設を提供してもらったり、部費を増額してもらったりした。

 結果、雪菜の寵愛を巡り、部活動、特に体育会系部活動で上位を占めるものたちのライバル意識は、強くなっている。雪菜の圧倒的な権限があればこそ、統制に支障はないが、いつ、ライバル心が敵対心に代わるかは、わかったものではない。いや、すでに変化しているかもしれなかった。

「古賀さんの提案、一考に値するかもしれませんね」

 雪菜は、裕福な敗者のような心境で、由香里の案を考慮するべきと宣言した。しかし、そのまま採用はできない。

帰宅部の実情を知った運動部員が、帰宅部に入るように言われて大人しく退部するとは思えない。子供のころから体育会系で、先輩に逆らうという発想がない者なら、唯々諾々と従うだろうが、そういった類の者は、存外少なかった。

「ちょっと、ええですか? 帰宅部員を増やそうっていうんなら、ええ考えがありまっせ」

 さてどうしたものかと、雪菜が思案していると、美墨が、胡散臭い関西弁と顔をしながら、手を挙げた。

「まともな意見なんでしょうね? 栗原さん?」

 舞が、不信感百パーセントの目で、美墨を見ている。冷静な人物評価よりも、悪感情が遥かに優っている声色だった。

 普段の舞は、融通は利かないものの、公平な人間だ。よほど美墨とはウマが合わないようで、会えば大抵、刺々しい態度となった。

「もちろんですわ。ウチの性格と同じくらい、まともで常識的な考えですわ」

 冷たい舞の物言いに動じるどころか、美墨はアメリカのカートゥ―ンで意地悪をする動物のキャラクターのように嫌らしい笑いを浮かべ、いっそう馬鹿にした態度で応じた。

「それで、栗原さん。案と言うのは?」

 舞が言い返す前に、雪菜は先手を打って話を促す。舞が、母親に裏切られた子供のような目で雪菜を見てくる。特権の利用はなんとも思わないが、自分を慕う者の哀しみの目は、流石の雪菜にも、少し罪悪感を覚えさせていた。

「簡単な話ですわ。手っ取り早く帰宅部員を増やしさえすればええんでしょ。なら、ここに代表者を出してない人たちに、泣いてもらえばええだけですわ」

 美墨は、寝業師タイプの政治家がするような、明るい陰性の話し方をして、机を叩いた。

 小気味いい音が室内に響いた。

 雪菜は、美墨の案を、音ほどには良いモノには思えなかった。同時に、無視もできないだろうなと、理解した。

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