帰宅部員たち
1
帰宅戦から一日が明けた土曜日の朝、政彦は妹の見送りを済ませた。
激しい帰宅戦の末に会った割に、大した会話はしていない。
「ただいま」
「お帰り」
「具合、どう?」
「良ければ、東京の病院になんて、行かない」
家に帰った政彦が、病院へ向かう妹と交わした、会話らしい会話は上記だけだ。
感激して飛びついてくるのではと、予想も期待もしていなかったものの、三か月ぶりの会話としては、淡泊だった。
家族なんて、こんなものだろう。会ったくらいで一々感動していては、身が保たない。
土曜の後半と日曜日は、寝るか、久しぶり触ったスマートフォンで、ネットを見て過ごした。
両親との会話も、妹よりは多いくらいでしかない。内容は、両親にとってやや刺激的なものとなったが、父親はバツが悪そうにし、母親は「好きにしなさい」と言っただけだった。
両親にとっては悪い話ではない。特に、最初から狙っていたと思える節があった父親にとっては、都合のいい話だ。
2
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
月曜日、政彦は母親と久しぶりとなる朝の挨拶をして、登校した。
教室では、クラスメートたちが待ち構えていて、政彦を褒め、親しげに話し掛けてきた。普段はあまりクラスメートと交流を持たない政彦も、この時ばかりは、帰宅戦について、楽しく語った。
担任が来るまで、クラスメートたちは、帰宅部側、有志同盟側双方が、帰宅戦における活躍を語り合った。
「もう駄目だった場面が、かなりあったけど、意外になんとかなるもんだな」
「今回、初めて、リタイアせずに、最後まで行けたよ」
「最上君、忍術に興味ない? そう、楽しいのに。再入部、どこにするか、もう、決めてる?」
雑談のあと、授業中はほぼ寝ていた。土日で二十時間は寝たが、まだ寝足りない。悠に起こされて、昼休みに気が付く。
「政彦、昼ご飯なに? わたし弁当」
悠は、赤いポーチを指し示し、返事も聞かずに、空いている隣の席に座った。
「俺も弁当、御握りしかないけど」
「そう。ブチトマトとピーマンなら、あげるわよ」
「豚カツかミートボール希望」
「これは牛カと丸いハンバーグだから、あげられないわね」
「太ってしまえ」
「運動してるから。食べないと痩せ過ぎちゃうの」
「ああ、それで胸が」
「死ね」
「いいや、生きるね」
昼休みが終わっても、政彦は、放課後まで寝続けた。
3
放課後、入部届を持って、政彦は廊下を歩いていた。
職員室は、帰宅部から解放された数百名の生徒たちが、入部届の受付を求めて長蛇の列を形成している。人気のある部活の顧問は、大忙しだ。
政彦は、人口密度過剰な職員室を通り過ぎ、目的地へ向った。
「待っていたぞ」
「あんた、今日、寝過ぎでしょ」
目的地の帰宅部寮には、予想通り、風子と悠がいた。
「お待たせしました、三島先輩。悠、寝る子は育つんだ。お前の胸に代わって、俺の背を伸ばしす努力をしているのさ」
首を絞めようとする悠の手を逃れながら、帰宅部寮の顧問室をノックし、返事を待たずに開けた。
「おう、来た来た。へえ、最上もか」
「お前は、最上政彦!」
顧問室には、紙が積まれた机と、小汚い無精髭を生やした帰宅部顧問の古賀は当然として、その姪の古賀由香里もいた。
「どうも。入部届を出しに来ました。また、よろしくお願いします」
「最上、この前は世話になったな」
由香里がハスキーな声で、挨拶の形態をとった威嚇をしてきた。
「お久しぶりです、由香里先輩。この前というと、先週の帰宅戦ですよね。どこかでお会いしましたっけ?」
「先週は、風邪で休んだから、会ってないの! その前だ、よくも首を絞めてくれたな。今日こそはなんとしても、叔父さんに証言してもらって、退学にしてやる!」
「首を絞める? 覚えてないなあ」
「はあ? とぼけるっていうの。ここに証人がいるんだぞ。見てたよね。叔父さん」
「さあ、記憶にないな」
古賀は、収賄について質問された、与党政治家のような態度だった。裏切っているのは、倫理・道徳ではなく、姪であるという違いはあったが。とぼける時の口調は、大差なかった。
「叔父さんまで!」
「因みに、身内の証言は、証拠能力あるけど弱いから。充てにしないほうがいいよ」
「そんなぁ」
政彦の忠告を聞くと、由香里は、ハスキーな声とボーイッシュな外見で、傷ついた幼女のように打ち拉がれた。
なんだか変な気持ちになってくる。この感情は、何と呼ぶべきだろうか?
「ところで、ここ帰宅部寮だから、帰宅部員か、帰宅部に入部する気のない奴は、帰ってくれる?」
「叔父さーん。くそう、もう二度と来てやらないよ。いい気になるのも、今のうちだからな。生徒会長、本気でお帰宅部を潰しにかかると、息巻いてるぞ。じゃあな! 寿命以外が原因で死ね」
古賀に追い打ちをされ、由香里は涙目になる。ボーイッシュというより、ガキ臭い言動をしながら、走り去って行った。
「いやあ、可愛い姪っ子なんだが、あの日以来、最上を退学にしろって五月蠅くてな。助かったよ。ところで、なんの用だ?」
被害者の姪っ子を泣かせておきながら、古賀は、あっけらかんとしたものだった。
「わかってて、言っていますよね。古賀先生」
風子が紙を差し出しながら、薄く笑った。
「人が悪いですよ。姪っ子さんに言ってたでしょう? 帰宅部員か帰宅部に入部する気のない奴は帰れ、って」
悠も、風子と同じ紙を差し出した。
「ま、そーゆーわけで、これからも、パルクールのご指導、よろしくお願いします。最後の最後で、スゲー役に立ちました」
政彦は、風子と悠が差し出したものと、同じ紙を、古賀に差し出した。
差し出された紙の上部には「入部届」と印字されていて、下の枠には、三者三様の文字で「帰宅部」と書かれていた。
「三島と赤羽は、いつもの話だからいいとして、最上、お前は後悔せんか? 帰宅部を抜けられる、最後のチャンスかもしれないぞ?」
紙を受け取った古賀が、揶揄半分、心配半分で、政彦に問うてきた。政彦は、とっておきのジョークを披露するコメディアンのように、笑った。
「後悔なんて、先に立たないものでしょう?」
「知った風なことをいうガキだな。よし、三人とも受理だ。それにしても、この学校はアホが多いな。帰宅部が廃部になって、お役御免にならんかドッキドキだったが、お陰で杞憂で済んだ。見ろ」
古賀は、机の上を顎で示した。
紙の束の中身は、全て、帰宅部への入部届だった。
流石に半減はしているだろうが、それでも、随分と残ったものだ。
「この学校は、物好きが多いみたいですね。部長」
「ああ、わたしたちのように、な」
「政彦と同類ってところは気に入らないけど、ま、我慢してあげるわ」
三人は、互いの顔を見ながら笑った。
「さて、帰宅部再始動となったわけですけど、これから先、どうします?」
充分な睡眠を摂っていた政彦は、元気よく風子に向き合った。
「決まっている。訓練だ。イベントもあるしな。古賀先生、今日は、わたしが最上を鍛えていいですか?」
「おう、パルクールの訓練は、週一か週二でいいだろう。基礎は毎日やっとけよ。どんな華麗な技も、基礎ができた上でのものだからな。最上、わかっているな?」
「もちろんです。覚える技術とか、鍛える筋肉とか、多いですからね。毎日やっても、足りないくらいです」
「今日は、あたしも付き合ったげる。帰宅戦は、薙刀部員を相手にする機会が多いから、対薙刀の戦い方を、強化しておいたほうがいわよ」
三人は、雑談を交わしながら、帰宅部寮の武道場へ向かった。
「それにしても、俺たち以外にも沢山、帰宅部に入って良かったですね。俺らだけじゃ、廃部だったんじゃないですか?」
「帰宅戦は、これと言って特色のない三好町、観光資源だ。理事長の孫である、生徒会長の肝煎でもある。部員が集まらなければ、他の部員を、強引に辞めさせて、無理やりにでも入部させるさ。だから、廃部はないな。我が帰宅部は、永遠に不滅だ」
「何嶋一茂ですか?」
「政彦、三島部長は、茂雄の言葉について言ってるんだと思うわよ」
「冗談だって。なんども懐かしの昭和史的な番組で見たから、知ってるよ」
三人は、馬鹿な話で盛り上がった。きっと、少なくとも二年半は、これからも盛り上がり続けるだろう。
「おーい。ちょっと待て」
後ろを振り向くと、古賀が、追いかけてきていた。
「古賀先生、どうしたんです?」
姿勢のいいフォームで走るのだなと、内心かなり感心しながら、政彦は尋ねた。
「自発的に再入部する連中が多くて、安心してたら伝達事項を伝えるの、忘れてた。今回の帰宅戦がいい内容だったから、帰宅道協会が、三好高校帰宅部の、帰宅甲子園出場を認めたぞ。時間はあまりないが、うちも、夏の大会に出るからな」
「帰宅道協会? 帰宅甲子園? なんですか、それ? 部長、知ってますか?」
「無論だ」
「あたしは知らない。古賀先生、帰宅甲子園って、実在するんですか?」
「嘘ついてどうする。帰宅道協会が、新聞社の後援を受けて、毎年夏に帰宅甲子園を主催しているんだ。全国の高校から、帰宅道の猛者たちがやってくるぞ。三島なんて、腕が鳴るんじゃないか? そういうわけだから、今のうち鍛えとけ。俺は、これから国語の椎見先生と飲みに行くから、詳しい話はまた明日な」
悠の質問のような疑いに答えると、古賀は一方的に話を打ち切り、元きた道を戻って行った。
残された三人は、しばし見つめ合った。
「とりあえず、いい目標ができましたね」
「ああ、帰宅の猛者どもか、楽しみだ」
「面白そうだけど、どこで何をやるのか、すごく気になるわね。まさか、阪神じゃないだろうけど」
三人は力強く歩みを再開すした。
数分で、武道場につく。政彦は、風子を通すために、扉を開けた。
武道場は、再入部した帰宅部員たちの熱気と、気合で溢れていた。
皆、帰宅甲子園の話を聞いたのだろう。部活再開の初日から、随分と飛ばしていた。
「行きましょうか」
「ああ」
「そうね」
三人は、次の、より大規模な帰宅戦に備えるため、武道場の喧騒に飛び込んでいった。
了
書きため分はこれで終わりです。
読んでくれた方、どうもありがとうございました。
もしよろしければ、励みになるので感想をください。批判的なものでも歓迎です。
どうぞよろしくお願いします。




