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帰宅戦記  作者: 呉万層
17/18

終結

  1

 雪菜を守る本陣の護衛が、政彦の目前に迫っていた。

 思ったより少ない。チャンスだ。

「いたぞ、生徒会長だ」

 政彦が叫ぶ。と、同時に、すさまじいスピードで、横を通り過ぎる、三つの影があった。

「キング・アーサー、参上」

「一番槍は、このランスロットが貰った」

「人間五十年!」

 先陣を切った者たちは、いつのまにか騎馬を組み直していた「ナイトオブ・ライジングサン」だった。

 あっという間もなく、本陣の、僅かな供回りを蹴散らした。

 もはや、生徒会長の前には、薙刀部副部長の遠山舞しかない。せっかく武勇伝を作ろうと思って、格好をつけたのに、もうおしまいか。

「生徒会長の北畑雪菜殿とお見受けする。御首頂戴仕る!」

 赤備えの、戦国中後期風のダンボール甲冑を纏った山県が一人だけ前に出る。抜け駆けだ。

「うわ、狡りぃ」

 政彦の口は、自然と非難の言葉を、山県に向けていた。

「兵法じゃ。手柄首、貰ったぞ」

 もちろん、言葉では止まらない。舞ごと雪菜を貫こうと、山県はカーボン製の槍を繰り出した。

 穂先が標的に届く前に、山県は騎馬役の三人共々、吹き飛ばされていた。

「失礼、遅れました。体調を崩した者が出まして。後は、我々、ラグビー部にお任せください」

 山県を吹き飛ばした者たちは、ラグビー部の面々だった。お得意の、弾丸タックルが炸裂して、楽し気だった。

「押忍。道に迷って、遅れました。押忍」

 空手部員の群れも現れた。

 二つの部員を合わせると、政彦の目測で、百名近くにもなる。政彦にしろ、雪菜にしろ、囲まれたら、アウトだ。

「まだ、予備兵力がいたのか」

 風子は、慌てる様子もなく呟くと、山県を倒したラグビー部員の側頭部に、トンファーを振るった。

「おかしいですよ。二つとも、今日は合宿のはずです。帰宅道連盟のサイトに、書いてありました。情報が間違っていたなんて」

「どっちでもいい。今ここで問題なのは、敵が増えたという事実だけだ。皆、怯むな! 大将首は、目の前だ!」

 風子は倒れた山県を踏み台にして、跳躍、敵の群れに突っ込んでいく。ただ、闇雲に飛び込んだわけではなく、ラグビー部員と空手部員の間に着地した。

 一瞬、ラグビー部員も空手部員も、どちらが迎撃するかで、迷いが出た。お見合い状態となった両者を、風子は両手のトンファーで打ち倒した。

 逆に両者が風子を倒そうと前に出れば、闘牛士のように、華麗な動作で躱す。結果、ラグビー部員のタックルが空手部員に、空手部員の前蹴りがラグビー部員に炸裂、同士討ちが相次いだ。

「部長を助けろ!」

「生徒会長を守れ!」

 帰宅部員と有志同盟員、双方の部員が激突した。

 アーサーやランスロットが、馬上で槍を振って暴れるが、引きずり降ろされる。空手部員の正拳突きを、前田が片方のラケットで捌き、もう片方のラケットで鼻づらを打った。

 乱戦が続く。

 政彦は、いつのまに近づいてきていた「三好三天狗」とスクラムを組み、ラグビー部員の連続したタックルと格闘していた。

 竹刀で突き、払い、打つ。鋭い打撃を気合と共に繰り出しながら、政彦は、風子のように冷静だった。

 なるべく首を動かさないように工夫しながら、眼球運動だけで雪菜を探す。風子の乱入によって、敵味方は混淆状態となっており、雪菜は天幕から動けなくなっていた。

 天幕までの距離は、十数メートルでしかないものの、一メートル進むのも一苦労な状態では、フル・マラソンに等しい距離だ。

 どう行動すべきか、政彦は、冷静さと集中力が減退しつつある頭で、状況を観察する。開けた三好駅南口は、天幕を除き、街灯くらいしか障害物はない。しかし、敵味方でいっぱいとなり、身動きは取りにくい状況だ。

 敵味方が混淆しており、動けない状態は、生徒会長も同じだ。

 生徒会長に張り付いている護衛は一人、得物は薙刀、接近して間合いを潰せれば、竹刀のほうが有利だ。

 風子を見る。一番の賞金首とあって、幾重にも囲まれている。ただし、暴風のようなトンファー捌きと、巧みな位置取りで敵を盾にし、隙を見せていなかった。

 皆いずれも自衛が精一杯で、生徒会長を攻撃できる距離にいる帰宅部員は、一人もいない。政彦を覗いて、だが。

 政彦が古賀からパルールを習っていた目的は、逃げ回るためだけではない。上手くいくかは、とても保証はできないが、他に方法はなかった。

「ちょっと、肩を借りるぞ」

 我ながら律儀にも、許可を求めた。

「ぬふう、構わんが、怪我をしたのか? 気をとけたほうがいい」

「左様、油断大敵。されど、背でも肩でも貸そうぞ」

「ほほほ、おのこなら、自力で立つがよいわ」

 男二人は心配してくれた。女は厳しい。そういえば、三好三天狗って、個々の名前は知らないな。

 政彦は意を決し、短い竹刀を口に咥える。すぐに跳躍し、男二人の肩を踏み台にして、更に跳んだ。

 空を飛ぶ感覚。自由落下が始まる前に、途中で街灯に掴まり、右手一本で前へ。天幕に乗り、滑り落ちる。目の前に遠山舞、左手の長い竹刀で突き。顎端を捉えた。

 生徒会長は驚愕に顔を引き攣らせ、目を見開いている。それでも、武道家の意地か、競技用薙刀の石突で、政彦の喉を狙ってきた。

 長い竹刀で牽制し、咥えていた短い竹刀を離して右手で持つ。政彦は、下から這うような姿勢で、生徒会長の前腕を打った。

 生徒会長は、競技用薙刀を取り落し、前腕を抑えて頭を下げた。

 今だ。

「せえぇい!」

 政彦は、ありったけの声を張り上げる。短い竹刀で、最大限のスナップを利かせて、生徒会長の頭頂部を打ちにかかった。

 手応えが僅かに浅いと感じた瞬間、背中に寒気が走る。反射的に、肘を折り畳んだ左手の竹刀を、頭上に揚げた。

「舐めるな下郎! 私を誰だと思っている!」

 風を切る音と鈍い打撃音が、ほぼ同時に鳴った。

 国孝が手刀で打たれたと理解すると同時に、雪菜はそのまま腕に体重をかけて、押し倒しに来た。

 全く意識せずに、国孝は体をズラして雪菜を前のめり視させ、短い竹刀を鳩尾に突き刺した。

 声にならない悲鳴を上げ、雪菜は顔面から地面に突っ伏した。

 その時、モニター全体に、意識を失い、倒れた生徒会長が映し出される。数秒後、数百名が引き起こしていた喧騒が、掻き消えた。

 敵味方関係なしに、皆、顔を見合わせ、相手も見ずに、短く呟き出す。

「え、マジ?」

「終わったの?」

 よく見れば、新聞部長の栗原美墨も、広場まで二、三十メートルの位置で、茫然としていた。後ろには、同じ顔をした、文化系部活動の有志同盟員たちが、棒立ちとなっていた。

 敵味方の部員と、モニターを往復していた視線は、最終的に一つの場所に落ち着いた。

 尻を頂点とした三角形を、体で形作っている北畑雪菜生徒会長だ。

 数秒の沈黙の後、いち早く衝撃から立ち直った風子が、雪菜の傍らで立ち尽くす政彦に近づいてきた。

「あ、あの、部長。俺」

 風子は、何を言っていいのかわからなくなっている政彦の腕を取ると、高く掲げた。

「生徒会長の北畑雪菜、帰宅部一年の最上政彦が打ち取った! 今回の帰宅戦、帰宅部の勝利だ!」

 勝利宣言がなされると、一瞬の沈黙のあと、敵味方の区別なく一斉に拍手が起こった。

 帰宅戦が始まって以来の快挙、帰宅部員全員が帰宅達成した瞬間だった。

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