裏目
1
雪菜の命じた丘で動かない味方部隊への攻撃は、すぐに功を奏した。
「弁当を食べたばかりなので」と、丘の部隊は言い訳しておりり、生徒会長兼有志同盟議長の権威に対した挑戦と、雪菜は判断した。
西崎らサッカー部のエース・ストライカーと、県大会優勝の実績があるテニス部のエースに指示を出し、数百発のシュートとサーブを打ち込んで、出撃を促した。
雪菜の思惑通り、丘の部隊は三好駅へ向かって移動を開始した。既に、礼真源橋を渡っていて、もうすぐ住宅街南部に到着するところだ。
西崎と舞は、雪菜の指示に
「落ち着いてくださいよ。やり過ぎですって」
「そうです会長。お気を確かに」
などと渋って、中々球技系部活動による攻撃を行わなかった。ところが、渋々実行し、上手くいったとなると
「やってみるもんですねー」
「流石は生徒会長。思慮の深さは、軽輩には計れぬものでした」
と、軽い頭を下げた。
皆が、いつもこのくらい素直ならいいのに。雪菜は、商店街で暴れる美墨を、モニター越しに見ながら思った。
美墨は、巨大なペンを棍棒の代わりにし、中国の武侠小説に出てくる豪傑のように振り回していた。
「ペンは剣よりも強し」が、美墨のモットーだと聞いていたが、まさか本当にペンで戦うとは、予想だにしなかった。
雪菜は、元剣道部員の賞金首が、美墨の巨大なペンで、壁に叩きつけられた光景を目撃して、訳が分からない気分になった。
雪菜は、美墨が素直に命令を聞くようになるとは、思えなくなっていた。
まあいいわ。栗原さんには、時間を掛けましょう。思惑通りに運んで、雪菜は気を良くしていた。
美墨の活躍は癪ではあったが、帰宅部の後方集団は壊滅した。
上手くいけば、商店街北部で、帰宅部本隊を挟撃できるかもしれない。あの三島風子が手を打たないとも思えないが、帰宅部の者どもに時間的余裕をなくさせ、戦力の消耗を強いた。
これで、丘の部隊も予備にできれば、住宅街で包囲できる。それに、雪菜の陣取る三好駅は前は、住宅街を通らなければ辿り着けない。ほとんどの帰宅部員が帰宅するだろうから、三好駅前には、ホンの僅かしかこないだろう。勝ちは、ほぼ決まったも同然だ。
雪菜は安堵し、一息つこうと、余裕ある態度で舞を呼んだ。
「遠山さん。お茶を頂けます」
「はい、ただいま。セイロン・ティーの良いものがあります」
「よろしく」
本当は緑茶が飲みたかった雪菜だったが、少し得意気な舞を見て、訂正を止めた。得意技をご主人に披露できるとばかりに尻尾を振る犬のようで、流石に気の毒になった。
「どうぞ。バター・クッキーもあります」
「ありがとう。紅茶に合いそうね」
いい茶葉を使っているのに、カップは安物だった。気が利いているのかいないのか、わからない女ね。雪菜は、舞への人物評価を、少し下げた。
「あれ? あの、生徒会長」
雪菜が紅茶とクッキーを楽しもうとしていると、モニターを見ていた西崎が、間の抜けた声で、話し掛けてきた。
わたしは有志同盟議長なのに、皆、帰宅戦の最中でも、なぜか生徒会長と呼ぶのよね。自分への三人称について疑問を持ちながら、雪菜は西崎に顔を向けた。
「なんですか、西崎さんもお茶を飲みますか?」
「はい、いただきまっす。じゃなくて、丘の、ああ、橘くんの部隊が、住宅街の味方を攻撃してるんですけど、いいんですか?」
「は? なんですって」
雪菜は慌ててモニターを見た。画面には、住宅街で雪菜の本陣を守る支隊が、味方のはずである丘の部隊と交戦している姿があった。
2
なにが起っているのか理解できないまま、雪菜はモニターを凝視していた。すると、一人の有志同盟員が駆け込んできた。
ダンボール製だが一見すると本物に見える赤い甲冑を着ているところから、歴史研究部員とわかった。
赤備の歴史研究部員は片膝を突くと、息を切らせながら、口上を述べた。
「申し上げます。丘の守将、ワイフキャリング部長の橘殿、ご謀反! 続いて、与力のサッカー部副部長の坂上殿、タッチ・フットボール部長の清川殿、エクストリーム・アイロニング部長の三枝殿、チェスボクシング部長の大和田殿、エア・ギター部の木幡どの、全員が部員と共に橘殿へ同調のよしにござりまする」
時代がかった言い回しに、その場の誰も、一瞬わけがわからなくなっていた。しかし、謀反という単語と、モニターに映る同士討ちの様子を見て、誰もが理解した。
「む、謀反ですって?」
帰宅戦始まって以来の大事件だと、理解した雪菜は、常になく狼狽した。自然と、無様に裏返った声を上げていた。
「は! 住宅街南部に布陣していた横山支隊、壊乱。橘部隊、すぐにもここ、本陣へ乱入する模様!」
「総員、南部に隊列を組め! 誰も通すな」
舞が、即座に命令を下す。雪菜も、西崎のボールによる阻止攻撃を要請しようとして、ハタと気が付く。
「西崎さん、これはいったい、どうしたのですか。球技系部活動主流派であるサッカー部の副部長が、謀反に加わるなど」
「いや、俺は関係ないですよ。坂上の野郎、最近レギュラーを外されたんですよ。で、俺と仲悪くて、外されたって、思い込んでて……。最近、退部させられて、帰宅部へ再入部させられた奴、多かったでしょ。それで、帰宅部へ入れられるんじゃないかって、ビビってましたから」
「副部長クラスを、そう簡単に退部させるわけがありません。聞いていたのなら、貴方も否定したのではありませんか?」
「いや~俺、坂上嫌いなんで。退部してくれるなら、ラッキーかなーって。敢えて、言わなかったって感じなんです」
「もういいです。貴方がなにも考えていないと、よくわかりました。さっさと球技系を指揮して、迎撃準備に懸かって下さい。好きか嫌いか関係なしに、急いで!」
西崎のフザケタ態度に激怒しながら、雪菜は指示を出した。
「はい、了解でっす」
西崎は、誤魔化すようにお道化た答えをし、雪菜に睨まれながら、隷下の部員たちの元へ向かった。
「西と東の支隊に連絡、本陣へ合流させなさい。現有兵力で橘部隊を押し留めてからの、逆襲に使います」
西崎の背中を睨みながら、雪菜は舞に早口で命じた。
「東は元々予備ですから、いいとして、西の支隊は、住宅街西部の守りです。残しておいたほうが良いのでは?」
「構いません。帰宅部本隊は、後ろから、栗原さんの文化系部活動総隊から追撃を受けています。本陣乱入は諦めて、住宅街で解散するでしょう。仮に本陣まで来ても、ほとんど帰宅して少数です。こちらが纏まった戦力を持っていれば、恐れるに足りません」
「なるほど、了解しました。伝えます」
舞は、携帯電話を取り出し、雪菜の決定を伝えていく。雪菜は、慌てて隊列を組む本陣の有志同盟員が、じれったくてならなかった。ちょうど、中々お遊戯のできない幼稚園児の我が子を見る、幼い母親のような気分だった。
まだ、大丈夫、ここで防げば、大丈夫。雪菜は祈るような気持ちで、南の住宅街へ視線を向けた。
「来やがった。裏切り野郎だ」
隊列の最前列にいる有志同盟員が叫んだ。
雪菜の目に、土埃と、先頭に立つワイフキャリング部長の橘が映った。
「皆さん、橘さん打ち取った方と、所属する部活動は、予算と報奨金が、思いのままですよ」
舞の持っていたメガホンを毟り取ると。雪菜は、配下たちを煽った。
金で釣るなど、普段の雪菜なら絶対にしない行為だ。舞は信じられないものを見るよう目で見てくる。構うものか。
勝てばいいのよ。帰宅戦は、合戦なんだから。




