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帰宅戦記  作者: 呉万層
1/18

部活動

過去、さる賞に出した落選作です。

改良点を探りながら他の作品を執筆していたのですが、似たようなコンセプトの作品が発売されたため、もう新人賞に出せなくなりました。

勿体ないので投降します。良ければ問題点を明確にしたいので、感想をください。酷評はむしろ歓迎です。

第一章 部活動  

  1

 風の音と、押し殺した息遣いだけが僅かに聞こえる中、三好高校一年の最上政彦は、七十名にもなる仲間と共に、校門を背にして立っていた。

 どうしてこんな場所に立つ羽目になったのか。政彦本人は、一応は知っている。政彦自身のヒネた性格と、非常識極まる三好高校の校則のせいだ。だが、どうしても、理解が追いついていなかった。

 三好高校の生徒は、病気や怪我など、やむを得ない理由を除き、全員が部活動に従事しなければならない。集団行動と強制を憎む政彦は、希望する部活動を記入する用紙を渡された際に、つい「帰宅部」などと、書いてしまった。

 まさか「帰宅部」が本当にあるとは、思ってもみなかった政彦だったが、後の祭りだ。ちょっとした抗議のつもりで書いた入部届のせいで、政彦は修羅場に立たされていた。

 帰宅部員の活動は、文字通り、帰宅だ。ただし、わざわざ帰宅部に入部する以上、ただ単なる帰宅では、学校は納得しない。

 帰宅部以外全ての、部活動従事者からの妨害を振り切って、何が何でも家に帰らなくてはならない。帰宅部の活動初日である今日、もし、時間内に帰宅に失敗するか、捕縛されるかすると、来週まで帰宅は許されず、帰宅部寮住まいだ。

 なんとしてでも帰ってやろうと、政彦は気合いを入れようとして、失敗した。そういえば、したくない事柄を前に気合いを入れようとすると、却ってやる気が削がれると、誰かが言っていたような気がする。

「なんで、こうなったかなー。確か俺は、ちょっと捻くれているけど、善良で平凡な、つい最近まで中坊の、高校一年生のはずなんだがな」

 わかり切っているにも拘らず、政彦の口は、つい弱気を吐き出していた。すると、政彦の左隣から、ハスキーな声が掛けられた。

「今更なに言ってんの。男でしょ、覚悟を決めなさいよ。それに、ちょっとじゃなく捻くれるから、この場に立っているんでしょ」

 赤毛をポニーテールにした、政彦のクラスメート、赤羽悠だった。

 悠は、政彦と同程度の身長で、女子としては、背が高い。ただ高いというだけでなく、均整がとれている。バランスの良い姿勢のため、肩に担いだ競技用薙刀を持つ姿は、様になっていた。

 一昔前の時代劇で、主人公に協力する浪人者のような、味のある立ち振る舞いをしていて、武道の素人である政彦にも、一目で強いと理解できた。

 ほぼ同時に、右隣からも、弱気な政彦に声が掛けられた。

「そうだぞ、最上。骨は拾ってやるから、安心して突撃しろ。なんなら、部長権限で先陣を切る権利をやってもいいぞ」

 政彦の肩ほどしかない低身長ながら、部長にして、高額の賞金を懸けられた帰宅部のエース、三島風子だった。

 身長には不釣り合いな胸と、肩で切ったおかっぱ風の固い髪に、普段の政彦は、つい目が行くところだ。しかし、今は違った。

 修羅場、土壇場では、風子の両手で黒く光るトンファーが、存在を強く主張していた。

 入学早々追い詰められている政彦にとって、唯一の好材料は、政彦と同じ捻くれ者が、他にも存在している事実だった。

 七十名の捻くれ者のうち、やる気のある者は、政彦と悠、風子、その他せいぜい二十名程度だが、一人でないとは、素敵な話だと、政彦は素直に思った。

「そろそろ、時間だな。初の帰宅戦で、緊張しているだろうが、リラックスして臨め。攻撃をする時もされる時も、家族と挨拶するような、穏やかな気分でな」

 スマートフォンの画面を確認し、風子が実行不能なアドバイスをする。戦いの始まりが近い。静かだった校内が、にわかに活気づく。

 いや、むしろ、殺気づくと表現すべきだろう。政彦は、標的にされる感覚を、泡立つ皮膚で味わった。

 政彦たちに殺気を向けている者たちは、他の部活動従事者の集まりである《帰宅阻止有志同盟》の同盟員だ。

 同盟員の半数は、帰宅部員による帰宅活動開始まで、校内で待たねばならない。他の半数は、帰宅ルートを潰すために、町中に散っていた。

 有志同盟などと名乗っているが、文化系部活動以外の部活動従事者は、強制参加だ。強制なのに有志とはいかにも日本的だ。

 普段の政彦なら、皮肉の一つも言ってやるところだ。

 今は、名前に疑問を持つ余裕はない。緊張で胸は詰まり、喉の異物感が取れずにいる。視界は狭まり、視野の周辺が歪んで見えた。

 落ち着こうと深呼吸をすれば、呼吸に意識が向き、却って息苦しくなる。良くない傾向だ。

 これは、落ち着くのは諦めて、開き直るか、目の前の現実から、目を逸らしたほうが良さそうだ。

 幸い、逃げ足にしか自信のない政彦は、帰宅部最初のミーティングで、直接戦闘を行う要員としては、戦力外通告を受けていた。

 政彦の役目は、精々、囮くらいなものだ。

 それに、とって食われるわけでもない。多少は痛い目を見るかもしれないが、それでお終いで、家に帰れるかもしれない。政彦は、首を振った。

 そんな甘くはないと、既に風子から聞かされていた。

 捕獲した帰宅部員の数と強さに応じ、同盟員の所属する部活動に報奨金が降りる仕組みとなっている。報奨金の額により、機材の潤沢さや、合宿所の豪華さが決まるため、同盟員の追及は、熾烈なものになるそうだ。

 政彦には、風子の説明を否定する材料など、欠片も持ち合わせていなかった。

 父親の強い勧めと、他の高校に比べれば、家から比較的近いという理由で入学した自分の迂闊さを、政彦は恨めしくてならなかった。

「あと十秒、九、八、七……」

 スピーカーから、放送部の生真面目そうな女生徒の声で、カウントダウンが流れてくる。きっと、アナウンサーは、大きな目で黒髪をお下げにした少女だろう。最近、胸囲が、同年齢に比べ平均を大きく上回っていると悩んでいたら、最高に俺好みだ。

 馬鹿気た妄想を楽しむと、政彦は、意識と視線を前に向けた。眼前には、大して大きくない町が、ガードレールと木の間から見えた。

 政彦たち帰宅部員のフィールドだ。

「さて、諸君、打ち合わせ通り、楽しく行こう。わたしの許可なく捕まるなよ」

 風子が姿勢を低くし、スタートダッシュに備えた。その横では、悠が競技用薙刀を、背後の帰宅部員たちに、掲げて見せた。

「おう! 野郎ども、ロックン・ロールだ! 気合い入れろ!」

 同時に、カウントが終わった。

「一、 ゼロ!」

 現実逃避は、ここまでだ。合図と共に、政彦は走り出した。

 これから先は、逃げるべき相手に、どうせ事欠かない。自分の意識から逃げるのは最後にするべきだ。

  2

 政彦は、先陣を切る風子の背中を目印にして、坂道を駆け下りていく。高台にある三好高校から、町へ降りる。帰宅活動で、最初にする行動だ。

 三好高校のある三好町は、周囲を山で挟まれた、やや細長い盆地状の地形をしている。町の中央やや西よりに細い川が流れ、東西に分断していた。

 町の最南端で、一番の高台にある三好高校から帰宅するには、住宅街と駅のある北部地区まで行かねばならない。政彦と風子、悠の自宅は同じ北部地区だが、政彦の自宅は、川を挟んだ北西部で、高校から最も遠い場所にあった。

「せっかくの集団下校なのに、最後は俺一人になるんだよな」

 有志同盟の犬どもは、最後の一人を捕まえるまで従いてくだろう。体育会系部活動出身者が就職でもてはやされる理由は、異常なまでのねちっこさにあるのだ。

 汗臭い男の集団に、一人で追い回される光景を想像し、政彦は暗澹たる気分となった。

 せめて、合気道部とか薙刀部の、和風美人に追い掛け回されたいもんだ。政彦は、想像上の追跡者を袴姿の大和撫子に置き換えようとした。だが、体育会系女子のマッチョさを思い出し、想像を中断した。

「もたもたしないで、急げ。すぐに球技系からの攻撃が来るぞ」

 前を向いたまま、急な坂を安定した姿勢で駆け下りる風子が、静かな声で政彦を叱咤する。足音だけで、政彦の微妙な心情の変化に気が付いたのだろうか?

「もう、大きく校門から離れましたよ。届かないだろうし、届いても、当たりゃしませんよ」

「いいや、そうでもない。三好高校は高台にあるからな。そろそろ来るぞ。頭部をガードしろ」

 政彦は、余裕を演出しようと、殊更おどけて見せた。だが、返ってきたのは、風子の冷静な警告――というより、ただの事実の告知――だった。

 急に空が暗くなる。政彦は雨雲を疑い、空を見上げて、絶叫した。 

「ぎゃあああ! なんなんですか、あれは。空が四で、ボールが六じゃないですか!」

 空に影が降りたかと思えば、サッカー部と硬式軟式の野球部、バスケットボール部、テニス部員により放たれた、各種ボールによってできた積乱雲が突如、出現していた。

「いいから、頭部を守れ! でないと、ああなるぞ」

 あっという間もなく、ボールの積乱雲は迫り、政彦より二十数メートル後方で殿を勤める、十数名の集団に、覆い被さった。

 慣性の法則に導かれた、僅か数百グラムのボールは、砲弾を思わせる威力で着弾した。地面と人に当たったボールの音が止むと、ボーリングのピンのように、帰宅部員が薙ぎ倒されていた。

 ボールの命中した帰宅部員の中には、ガードレールを飛び越え、急な斜面を転がり落ちたり、木に引っ掛かったりする者さえいた。

「ウェルカム・ドリンクじゃなくて、ウエルカム・デッドボールですか? こんなヤバイなんて、聞いてないですよ!」

「安心しろ。スポーツ保険が降りる。骨折くらいまでなら、ちょっといい食事ができるくらいは、儲かるぞ」

「いやですよ、骨が折れるのは。勉強とか、内申点の稼げる作業とか、可愛い妹のための労働とかの、疑似骨折で充分です。本物の骨が折れるなんて、冗談じゃない」

「じゃあ、どうする。白旗を上げるか? さっさと上げれば、怪我も痛い思いも、最小限で済むぞ」

 帰宅戦は、一応スポーツという形を採っているため、いくつかルールがある。武器の使用は可能だが、木製や金属製は、尖ったものは不可、などだ。

 また、帰宅部員は、安全のために、白旗を上げる義務を負っている。囲まれて抵抗が無意味になったり、加撃や事故で心や骨が折れたりしたら、自ら適切な判断を下さなければならない。つまり、何があっても、結果がどうなろうとも、責任は帰宅部員にあると見なされるそうだ。

「冗談じゃない。今日もし帰れなければ、次の帰宅部戦までの一週間、また寮暮らしじゃないですか。さっさとおうちに帰って、ママのおっぱいの代わりに、オヤジのベネチアン・グラスに注いだモーモーのミルクを飲む作業に戻りたいんですよ、俺は」

「あんた、凄いわね。あたしが言ってやろうとしてた、ママのオッパイってフレーズ。先に使うなんて」

 競技用薙刀を担いだまま、上半身を揺らさずに走っていた悠が、呆れたような、感心したような声を、政彦に掛けてくる。

「俺の偉大さを分かってもらえて、なによりだ。おっと、惚れないでくれよ。赤羽の胸じゃ、ミルクの出は悪そうだ」

 なんとなく調子に乗った政彦は、全く無意識に、言わぬでも良いセクハラ発言をしていた。

「あんた、ここにはバリツの使い手も、嫌味な脳細胞自慢のデブもいないって、わかってて言ってる? 事故に見せかけて殺すわよ……いや、その必要もなさそうね」

 一瞬で切れかけた悠が、女生徒が浮かべるには邪悪すぎる笑顔を浮かべて、空を指さした。

 球技系の体育会系部活動による、渾身のセカンド・ウエルカム・ボールが、空を覆っていた。

 面制圧と言う言葉が、政彦の頭に浮かぶ。着弾地点は政彦たち帰宅部の先頭集団。逃げ場は全然ない。

「頭を守れ、最上。わたしたちと違って、お前では防ぎきれまい。怪我をしたら、スポーツ保険の適応を申請しておけよ。なんなら、後で書き方を教えてやる」

 風子の忠告に従い、頭部を手で覆うやいなや、政彦の全身に衝撃が走り、叩きつけられるようにして、地面に倒れた。

 朦朧とした意識の中で、風子がトンファーで、悠が競技用薙刀で、ボールを払う姿が目に入った。

 政彦は、何か武術なりスポーツなり、習っていればよかったなと思いながら、意識を失った。


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