王女様の特訓
恋なんて勘違いから始まるものだとよく言われるが、二人の、いやティアの初恋はこうして始まった。
少々違う例となるのだが、犯罪現場で時折見られる監禁現場でもそういった勘違いから生まれる恋などが報告されているし、吊橋や密室、二人きりで壁に追い込まれて迫られたりと、そんな状態で齎される緊張を、恋だと脳が勘違いを引き起こす事に比べれば、まだ実際にお互いに好意的に相手を受け入れているだけ、レノとティアの関係は自然な方なのかもしれない。
まあ尤も顔などが生理的に受け付けなければ起こりにくい現象なのだから、ティアはレノを外見的にも受け入れていたのだが、それは言わぬが花。まだこの時点ではっきりとティアは恋だと認識はしていないが、意識し始めていた。そんな状態で訓練もまた始まる。
「まずは、金に関する常識を身につけろ」
「はい!」
返事はよかった、が現実は無残だった。
聞いている内に、自分の常識が音を立てて崩れると言うほどの物よりも酷い衝撃をティア。
残念な事に……
銀貨以下の貨幣の価値など全くもって考えていなかった。というよりも貨幣価値についての自分の常識のなさを知って恥ずかしくなってしまった。
「判ったか、貴様の――な常識などそんな物だ!」
「はい……」
「落ち込む必要は無い、知らないと言う事を貴様は知ったのだ、それを喜び誇れ! では先ずこの貨幣を使える物にしなくてはならない、方法は判るか」
「えっと、判りません!」
自信満々では無いが判らないものは仕方が無いとティアはハッキリと答えた。判りきっていた事だが褒める訳にもいかない。買い物をして小銭に崩すと言わなかっただけマシではあるが、注意はしておくべきだ。
「自信をもって答えるな――か貴様は!、買うのに使えないだろうが、こんな貨幣だとおつりを用意する店が困るだろう、それは価値を理解した今ならば問題ないな?」
「はい」
「よって今回は俺が立て替えてやる……両替商という者達もいるがアレは駄目だからな」
「どうして?」
「まあ理由は色々さ……まあそのうち教えよう」
「はい」
こんなやり取りをお金以外にも繰り返す。
元々レノも無理やりに厳しくする心算もなかったのだが、受け入れるティアとの遣り取りの為にノリで何故か続いていた。だがこれが予想外に初対面の緊張を吹き飛ばし適度な言葉遣いをティアに学ばせていった。
「次は先ほども言ったが、外見が問題だな」
「これでも作業着を着てきたのですが、やっぱり駄目?」
「――か?――なのか?駄目に決まってんだろう」
「で、でも」
侍女がと言いかけて注意された事を思い出すティア。
「いいか、今、貴様がしたい事はなんだ!」
「常識を身につける事?」
どうして其処で疑問系なのかとレノは思う。がティアは真剣であった。
「まあいいや、それで……その服が僕らの服と比べてどうさ」
「え?」
「凄く綺麗で上品だろ、汚れさえ無い」
「なるほど! 汚せばいいのね」
「違うよ!」
「だって、汚せば……」
「あのね、素材が高級だし、仕立ても違うだろって事」
「じゃあ破いて……」
「その価値観からか! つい先ほどの常識を身につけるって言葉は何処にいったの。そんな勿体無い事をして如何するんだよ。その服だけで普通に一週間分以上のお金の価値があるし、作った人に申し訳ないと思わない?」
しゅんと落ち込むティアだが流石にこれは無いなとレノも真剣に言った。
「御免なさい、やっぱり私って世間知らずよね」
「まあ知らないから学んでいく事ができるんだし……知ればいいよ」
「はい!」
どうにも真っ直ぐで困るんだよなとレノは頭を掻いた。惹かれるというよりも保護欲と言えば言いのだろう、仕方が無いとレノもティアに対しての感情が少しずつ変化し始めていた。
「仮にそこで転がって泥をつけたぐらいじゃその外見も変わらないからなぁ……ほんとによく無事だったね」
服もそうだが、肌が綺麗だったりと一つ一つのスペックが高い。これでは確実に誘拐してくださいとお金が街を歩いているようなもので、よく無事だったと思わざるを得なかった。
「言ったと思うけど、こう見えても私って強いのよ!?」
そう言うと“フンスゥッ”といった感じに答えたティア。思わずレノは噴出した。
「君がかい。まあ多少は出来ても……そんな驕りは危険だよ」
そう言われてはプライドが傷ついたティアも言い返す。初等部、中等部と同級生はおろか高学年の生徒でも叩きのめしていたからだ。実際に彼女の腕前は悪くは無かった。
「驕りかどうか試してみる?」
「いいよ、でも細剣も波剣や長剣も持ってい無いのに大丈夫かい」
剣について尋ねたのは、ティアの可憐な見た目に反して手は確りと剣の練習によって鍛えられているのを、レノが見抜いていたからであり、武器を使わなくても大丈夫なのかと確認したのだ。
「え? ええ、大丈夫よ」
何で得意の武器の事を知ってるのかしらと思いつつもティアは組み手でも十分に出来る所を誇った。
「じゃあ、ほら但し“素手”でね」
素手で何処までか判らないけど、実力を知っておけば万が一の事態にも指示がしやすいとも考えてレノは両手を広げて掛かっておいでと告げた。素手と言ったのは隠している護身用のナイフは怪我をしたら危険だからと告げたのだ。
所謂ノーガードの状態で馬鹿にされたと感じたティアは一撃ぐらいは入れてやろうと女子らしからぬ踏み込みを見せる。優秀な家庭教師の下で護身術を習っているのだ。天狗になるほどにその実力は高かった。
但し――中等部の生徒としてはという言葉がつくが。