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常識と非常識

「まずは喋り方、それと服装をなんとかしないと話にならないなあ」

 レノでなくてもティアの服装は上品過ぎると思うに違いない。ギリギリ上級市街地で浮かない程度といった作りだろう。まず素材がシルクであり、そして縫製も丁寧なのだ。一言で評するならばシンプルだけど品が良すぎる。


「えっ、でもこの服はオ、侍女に頼んで用意してもらったのよ?」

「あともう一つ……確かに僕は君に雇われた、けどね侍女がいるなんて言わないように、喋り方だけじゃなくてさ、そうした事からでも身分が高い“向こう側”の人間だって見抜かれるよ?」

「あっ、ごめんなさい」


 やっぱり断った上で強制的に返した方が良かったんじゃないか、そうレノは思いながらも素直に頷く態度に好感をもった。全員では無いがやはり上級市街地に住む住民は壁を隔てた人間を見下す傾向にある。そう考えれば自分に非があると素直に認める態度は悪くないと感じさせる。


「うーん、まずは慣れだろうけど服を調達しよう、お金は持ってる?」

「えっと、コレでい――キャッ」

 彼女の取り出そうとしたのを慌ててレノは手首を握って止めた。

「待って待って……ふう、そんな物を街中で出さないで!」


 ティアの出そうとしたのは半金貨であり、普通にお目にかかる物ではない。服を買うために取り出す金額としてはありえない物だった。

「まさかと思うけど……持ってるのってソレだけ?」

「え?」


 ――洒落にならないよ、どうするよこの子!


 レノは頭を抱えるだけじゃなく、後頭部を張り倒してから『悪気は無かった』と言いたい気分に襲われた。


「知ってるかな、ソレ一枚でコレ100枚分、服を買うにしても一般市民用の物ならソレより一つ下のでも十分だよ……」

 半銀貨を見せながら小声で説明するレノ。上に『白金貨』『半白金貨』『金貨』があるといえど、それこそ一般人には存在するのか怪しいとさえ思う貨幣であって、ティアの出そうとした『半金貨』だけでも普通の一家の2ヶ月分の稼ぎにはなる。


『半金貨』の下には『小金貨』『大銀貨』と続き下には銅貨や黄銅貨がまだ控えているのだ。最小単位の黄銅貨を1として10倍で『小銅貨』更に10倍で『銅貨』となり、そのまま『小銀貨』『銀貨』『小金貨』『金貨』『白金貨』となれば、『金貨』の半分の価値となる『半金貨』がどれだけこの場に不釣合いかが判って貰えるだろう。(※『半金貨』の価値は50万程とお考え下さい)


「どうしよう、コレが私の持ってる一番小さなお金なの」

 更に洒落にならない言葉が飛び出す、手持ちにこれ以上の金額をもっているだなんてもう悪夢だった。

「どういった理由があるか判らないけど……上級街ですら君は浮くんじゃないかな……」

 言外に『世間知らずなんだからさっさと家に帰れ』と言った心算なのだが、ティアとしては身分が判明したかとヒヤッとする科白だった。


「屋敷から出た事がなかったり……うーん、上級の中等部ってそういうの教えないの?」

 ものすごく単純な疑問。中等部や初等部ではそうした教育は無いのだろうかと思ったのだ。

「そういうのを知りたくて……」

 ティアのその告白が全てを物語っていた。


 全ての上級街の子息がこのように無知ではない。だが金銭に対する知識としては似たり寄ったりの者が多かったりするのもまた事実。買いたい品があれば従者が金銭を払うか、もしくは全ての会計が屋敷に回されるのだから本人は幾ら使ったのかまで把握していなかったりする。商家などの子息以外は貨幣をもった事が無いなど別段驚く程の事ではない。


 レノはまだ知らないが、王族であるティアの現状は更に予想の上を行く。ティアの場合は級友と買い物に出かける事すら無かった。全ては王宮に用意されているのだから当然だろう。寧ろ現状が異常事態と言えた、護衛の一人も付かずに出歩いている王位継承権第一位の王女などありえる事ではない。


 そうした上流階級の子息達の事情もまたレノが詳しく知る筈も無く、相互に理解が及ばなかった。相手が王女で常識の一つや二つ位は消し飛んでいても気が付かなかったのも仕方が無い。


 では互いに理解が出来そうにないとして如何すればよいか。


 ――勉強させてやるか。


 レノの結論は単純明快だった。コレ程までに馬鹿なんだから俺が鍛えてやる、そんなスパルタ方式が採用された。いやされてしまった。


 原因は彼の育ての親達にある。


 レノの“両親”は孤児院の院長とシスターである。

 だが、この育ての親達普通ではなかった。父親であるジークムント・シュランは王都の闇の世界で名を知らぬ者無しと言われた人物で190cmを超える筋肉の塊。表向きはブカブカのローブを纏った柔和な顔の院長、だが本当の顔は旧シュミット家諜報機関の長という人物だった。


 そして母親のエッダ・シュラン。ジークの妻であり、レノの実の母親の親友であり姉であったこの女性も()()の如くこの孤児院の出身であり、実際の経営を一手に引き受けるだけで終わらない女傑であった。実際にジークムントが数回吹き飛んでいるだけの腕を持っている。

 シュミット家が断絶しようともその忠誠は変わらずにレノへと捧げられたのだが……


 育った孤児院はもうお分かりだろうが、シュミット諜報機関の育成機関であった。そして彼らの子育てとは“少々”世間から()()ていた。彼ら自身も受けた子育ては一人で何にでも対処ができるスペシャリストの育成であったのだ。大切には育てられたが、本人の素養も相まって超一流の腕前とジークが感嘆する程の成長を遂げていた。


 故に――


 スパルタ方式が採用されてしまった。この子にはソレぐらいじゃないと矯正は不可能だと判断したのだ。




「じゃあ改めて自己紹介をしよう、僕の名はレノアール・シュランだ」

「えっとティアナです」

「じゃあティアナ、自分の常識の無さは痛感したよね」

「え、うん」

 改めて自己紹介をした後にレノは“接し方そのもの”(育成方法)を変更した。



「宜しい、では己の無知を其のままにしていいと思うのか!」

「お、思わない」

「違う、返事は『いいえ』だ、――め!」

「えっ、いいえ」

「うむ、宜しい。では改善が必要だな」

「必要よね」

「違う、返事は『はい』で答えろ、馬鹿なのか?」

「はい」

 奇妙なやり取りが開始され戸惑いながらも答えるティア。そして少し疑問に思った事を口にしようと問いかけた。


「し、質問してもいいかな」

「ふむ、そこは『質問しても宜しいでしょうか』となるのだが許そう」

「え、えっとどうして口調が変わったのかな」

「ハッハッハ、コレぐらいじゃないと――の常識の無さを叩きなおせないと判断したんだ」

 レノの答えは飾りのない罵倒といえるような一言だった。にも拘らず、何故か驚きつつも食い付くティア。

「えっ、えぇ!? じゃあ、コレで私に王都の常識が見に付くの?」

「当たり前だ――か貴様! 有り難いと思え――、どうせ常識の教育すら出来ない――な家で、そんなに抜け出す機会もないような――家なんだろう、今日一日で見事に――な貴様を鍛え上げてやる」

「あ、有難う!」

 どう考えても王女にする訓練ではないのだが、何故かそこには、不思議な事に感謝するティアがいた。成る程感謝されているのだからと、レノも間違ってなかったなと安堵する。

 多いなる勘違いとはこういうものだ。



 何故ティアがここで感謝してしまったのか説明しておかないといけないだろう。それは今までティアに対して怒鳴って物事を教える人物など存在しなかったからだ。可笑しい、変だと思うだろうが、得てしてこういう物だ。


 あまりにも意味不明な言語は理解できなかったと言うのもあるのだが、ティアに理解しえる限り脳内変換された内容は“この男の子は真剣に怒ってまで”私の為に手ほどきをしてくれるという事。


 自分に対してこんな態度で接してくれるなんて、なんて優しい男の子だろうと意味のわからない捉え方がされていた。原因は唯一の親友と認識する背丈の低い少女の日々の態度、その無礼講が許されていた事が二人にとって災いした。


 世界は不思議にも話が噛み合わなくても上手に転がる事もある。無論正しい方向とは限らないけれどもだ。

参考までにどうぞ。

見ればティアの価値観が!

最初の事件の袋には金貨がざくっと。

高額金貨銀貨以上には魔石と魔術処理がされています。

 白金貨10,000,000

半白金貨 5,000,000

  金貨 1,000,000  

 半金貨   500,000 

 小金貨   100,000   

 大銀貨    50,000  

  銀貨    10,000    

 半銀貨     5,000   

 小銀貨     1,000     

 大銅貨       500          

  銅貨       100      

 半銅貨        50     

 小銅貨        10      

大黄銅貨         5

 黄銅貨         1

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