運命の出会い
――ティアは、変わらないな。
天井から彼女達の様子を伺いながら、“義賊アッシェ”としてでは無く、レノアール・シュランとして思い返す。
彼女と初めて出逢ったあの頃の事を。
2年前の花の咲き誇る季節。まだ自身の出自に関して多くを知らなかったレノとお忍びで街中へ遊びに出かけたティアは運命に導かれたように巡り逢ってしまった。
その頃は孤児院も第二防壁内の中級市街地にあった。孤児院に住むと言っても“両親”がいて本来ならば必要が無いにも係わらずレノは中等部の授業が終わると街で配達や雑事を引き受ける仕事をこなし生活の足しにと稼いでいた。
配達の途中に迷い込んだ少女をレノは見つけてしまう。王都なだけあり都市は非常に大きく、そして防壁毎に様相が大きく変わる。
王城や貴族の屋敷などが立ち並ぶ上級市街地は大通りが放射線状に広がっていたり環線道路などがあり迷いにくいが、中級市街地は大きく異なる。中級市街地の町並みは敢えて入り組んでいるように作られている。防衛機構としての役割がある為に迷いやすい作りなのは当然なのだが、土地勘の無い人間が歩けば当たり前のように方向感覚を失い、そして最後には迷ってしまう。
「どうしたの?」
「あっ、えっと、貴方は何方?」
背後から掛けられた声に驚きながらも、少女は答えた。
それが始まりだと知らずに……
中級市街地では聞きなれないような上品な言葉使いとイントネーション、それだけでレノはある程度の事情までは察した。と言っても、まさかこの場違いに咲き誇るような少女が王女ティアナフィアとまでは思わなかったのだが。
レノがこの頃から優秀だったとしても、それは幾らなんでも無茶な話だ。式典などで遠めに姿を現す事などがあっても、一般市民であるレノがその容姿まで知りえる筈が無い。
「フフ、駄目だよ、ここは一般市民街ではあるけど上級市街地とは違って人攫いだって居るんだから」
少し無用心だからねと嗜める程度にレノは言った。実際入り組んだ町並みでは時折人攫いなどが発生していたから、明らかに周りと違う格好でキョロキョロと周囲を見回し上品な言葉遣いなどする女の子が入れば格好の餌食になるだろう。
「人攫い? フッ、そんなの私に掛かればポイですわ」
だが世間知らずでもあり、それなりの腕前を持つ彼女はレノの忠告など必要ないと鼻で笑った。
「駄目だなあ、女の子がそんな笑い方しちゃあ、でもさ、道に迷ってたら強がりも言えなくないかい」
「ど、どうして貴方が私が、みみみ」
「み……、ああ道に迷ってるのがどうして判ったかって?」
驚きからか恥ずかしさからか、コクコクと縦に首を振る人形のようになったティアにレノは“一応”優しく答えた。
「まず服装がこの辺りの子供とは大きく違う。それに肌や手、顔が全く汚れていない。建物をキョロキョロしていて土地勘が無い。こんなのは見たら一発で判る。そして、言葉遣いが違いすぎるし、アクセントなんかも微妙に違う、だから君は間違いなく迷子だ」
指を折りながら一つ一つ指摘するレノ、喋り方は丁寧だが、これは言うならば『お前のお忍びなんて全然なってない』と一つ一つを評のと同じであった。
「うっ」
「ハハ、まあ君が中心の方から来たんだなって判ったからね、さぁ送って行くから着いて来なよ」
「一つお願いがあるのです、いえ、あるのよ」
第一防壁まで送ればいいやと思っていたレノにティアは頭を下げた。しかも指摘した喋り方を直しながら。非常に嫌な予感がしたが女性に頭を下げさせたままにするような教育は受けていなかったので一先ず話を聞こうという事になった。
「それで、街の案内と、服や喋り方を教授ねえ……」
「お礼はしま、するわ!」
眼鏡に手を当てながらレノは迷った……如何するべきだろうかと。
――もしも僕がここで断ったら、この子は如何するのだろう?
考えたが、結果は最悪だった。断った場合、彼女が諦めないで何かのトラブルに巻き込まれる姿が容易に想像できた。仮にだ、他の誰かを捕まえて同じような質問をしたらどうなるか……
そう想像してしまった結果、レノは頭を抱えたくなった。
「とりあえず……引き受けるよ」
そう答えるしかレノには道が残されていなかった。