この親にして……
レノは瞬きを数回、そして目を三回擦った。
先ず孤児院の前に馬車が到着した。知らされていたとは云えど空気を読めと云いたくなる仕様の豪華な物だ。
そして致し方あるまいとレノが乗り込んだ前にいた人物に驚きの余りに平静を失った。
「こんにちは、レノ君」
――なんの冗談だ、貴女は王妃だろう!
最初は馬車の中にいるぐらいだからとティアが悪戯をしたのだと思った。だから何も考えないで乗り込んだのだ。
ティアはその頃最後の着替えと化粧に勤しんでいてそれ所では無かったのだが、レノが知る由もなかった。
「どうぞ、お座りになってね」
「では、失礼します――で、これは何かの冗談でしょうか」
何かの目的があるからこそ、こうして現れたのは判るが、それが何か、レノは確かめる為に『冗談にしては性質が悪い』と言葉に意味を乗せて伝える。
「いえ、冗談ではないのよ、レノ君。貴方はあの人ローレンツの息子――」
王妃は嘗て愛を誓った貴族の青年の名前を出す。が、軽率でもあった、喩え壁で遮られていようが馬車には御者も護衛もついている。聞かれる事はないと判っていても、レノはその言葉を遮った。
「何のことでしょう、私の父は――」
「貴方が私を警戒するのも判っているの、だから、こうして他に誰もいない状況で聞きたかったの――あの子についてどう思っているのかだけ」
王族ではなく、ティアの母としてアレクシアは尋ねたのだとレノも理解する。
「――ティアは大事な友人ですよ、例え“何が”あろうがそれは変わる事は無い」
仇の血が流れようと、ティアはティアであり憎む相手では無い――が彼女は友人でしかないとレノは告げた。
「そう、有難う」
レノの返答にを聞いて、どこか儚げに、だが同時に嬉しさの篭った言葉を王妃はレノに向けた。
そしてレノはこれ以上は話さないと不敬を承知で目を瞑り両腕を組んでしまった。
彼女も一人の被害者だったのをレノは知っている、父との恋を引き裂かれ実家の都合で王家へと嫁いだ女性。
当時王太子だったもヘルマンも父ローレンツと同じく彼女に思いを寄せていたからこそ起こってしまった悲劇。
基本的に自由な恋愛など許されない貴族という社会だからこそ仕方が無いことではあった。
失意の中で一人の女性に助けられるなどは――
それだけなら良くある話である。
だが、父はその後処刑されている。
今レノが知っている事実は恐らくという疑惑だけで確証となる物証はなく、状況証拠からの推測に過ぎない。
――公爵だった父の罪状は敵国との内通による国家反逆罪。
有り得ない罪だったとジーク達から説明をされた。王家も知らぬ秘密、初代国王の御世から続く王国の闇の側から守り手、その公爵家が反逆する筈が無いと。そもそも国を潰すにしろ乗っ取るにしろ、そうする気だったならば誇張でもなんでもなく、シュミット家の部隊を使えば国王も暗殺が可能だからだ。
そこからレノ達、いや正確に言えば旧シュミット家諜報機関が探った可能性は謀略に因るものだった。
公爵家を排除したかったのは一体誰なのか。
王妃を娶る事になれば必然的に邪魔になる存在。
王の親友であり王妃の元恋人を排除する意味。
実際に他国と通じてまで得をした人物や勢力はどこだったのか。
実際に他国からの謀略関係でシュミット家の部隊は動かされていたのだ、故に突き止められなかった事を今でもジーク達は悔やんでいた。
現王であるヘルマンは親友でもあり、アレクシアと共にローレンツ先王に助命嘆願をしている。
そして嘆願が叶わなかった事に絶望した事実がある。
だから敵ではない。
反逆罪の証拠の提出者などは明らかにされていない、が、父の処刑後にジーク達が掴んだ情報は明らかにされていないのではなく冤罪だった事が発覚したというものだった。
誰が其れを証明したのかも不明ではあるが。
全ては冤罪という途轍もない事件になる為に表に出されていない。
何れにせよ先代から宰相を務めるヘルツ家の当主クラウスが実際に刑の確定をしたのは事実。
そして先王の断罪を受けて執行されている。
それで利益を受けたもの……
それが指し示すのは王妃の実家ヘルツ家のみ。公爵家が無くなり一番得をしたのはヘルツ家であった。
ローレンツ・ザフィーア・シュミットの仇はヘルツ家と王家。憶測だけだが十二分に考えられる内容。そして実際に断罪した家だった。
その結論に行き着いたのは旧シュミット家の面々だけではなかった。
――王妃は其れこそが事件の闇だと考えていた。
それだけに、レノの怒りがもしも娘に向いていたのなら……命を差し出そうと王妃は考えた。
杞憂ではあったが、可能性としては高い話だった。実際に両家の血をひいてしまっているのだから。
血を憎むのは別段不思議ではない話だ。
そしてだからこそ本当はこう聞きたかったのだ。
「父親の仇を探していますか」
彼女も実家を恨み疑ったのだ、だから知りたければ協力しましょうと……
だがその台詞はレノの態度で遮られていた。そして――
永遠に失われる危機を迎えた。




