『街道』
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『街道』
鞘で叩かれたネロは頭を押さえながら床にうずくまる。その様子を見てトラは満足したように王子の横に座ると澄まし顔で口を開いた。
「王子がお世話になったようですし、これで許すことにします。あと、この場ではあなたの意見が正しいようなので従いましょう」
「ネロさん、大丈夫ですか?」
自分の従者がしでかしたことだからだろうか、マクスウェルは申し訳なさそうに声をかける。
ネロはどうにか顔を上げるとふらつきながらも立ちあがり、ゆっくりと席に着いた。
「どおってことねえよ。で、そいつは何なんだ?」
不機嫌ながら、ネロは自分にも非があると思っているようで、反論するでも反撃するでもなくぶっきらぼうにトラの紹介を促した。
「はい、こちらは僕の専属メイドのトラです」
自身の主に紹介され、トラは礼儀とばかりに立ち上がり腰を折った。
「マクスウェル殿下の専属メイドをしております。トラ・ルミウスと申します」
やはり王子の専属メイドはいいところの育ちじゃなければなれないようで、その立ち振る舞いは見た目とは裏腹に気品があった。
ネロは先ほどまで長剣を振り回していた軽鎧姿のトラが貴族のようにお辞儀をしたことが面白かったようで、わずかに笑い声を漏らす。
「いやいや、専属使用人というより専属狂戦士だろ」
狂戦士と呼ばれたのが不快だったのか、トラは腰に挿した長剣の柄に手をかける。
「まだお仕置きが足りなかったでしょうか」
「もう充分です」
先ほど鞘で叩かれたのがよほど痛かったのか、ネロは即座に遠慮した。
「そうですか」
トラはどこか残念そうに鞘から手を放すと、再び静かに口を閉ざす。そんなトラを見てほっとしたように力を抜いた。2人のやり取りを見ていたマクスウェルがトラを擁護するように口を挟んだ。
「トラはもともとメイドだったのですが、幼少のころに僕が暗殺されそうになったなったことがありまして」
「王子、その話はしなくても」
トラにとってはあまり知られたくないない話なのか静止をかけるが、マクスウェルは止まらない。
「その次の日に近衛騎士の稽古場に突撃しまして。最初は追い返されたのですが、次の日もその次の日も通い詰めて認めさせちゃったんですよ」
マクスウェルはさらに楽しそうに言葉を続ける。
「そのまま稽古場に通い詰めて、今では騎士を5人同時に相手にしても勝てるほどになったんですよ」
トラは恥ずかしそうにうつむき、マクスウェルは楽しそうにこにこしている。
ネロはトラが恥ずかしそうにしていることが不思議なのか、皮肉ったように質問を飛ばした。
「で、なんでトラさんは恥ずかしそうにしてるんだ? 騎士5人程度じゃ恥ずかしいってか?」
「その若気の至りといいますか、とても気恥ずかしくて」
かなり恥ずかしいのか、トラはほほを朱に染めながら顔をそむけた。どうやら勢いだけでメイドに必要ない技能を身に着けてしまったことを気にしているようだ。
「僕はとても誇らしいのですが。まあ、さすがにトラから剣を習うことになるとは思いませんでしたけど」
マクスウェルの言葉に、ネロは感心したようにうなずいた。
「王族も剣の稽古とかするんだな」
「ええ。知っているかもしれませんが、この国の王になるには北にある魔境に遠征しある程度力を持った魔物を狩らねばなりませんから」
トラはマクスウェルの言葉にうなずくと、補足するように口を開いた。
「それも伝説に倣い7人で魔境を巡らねばなりません。その旅は毎回過酷なものになると語り継がれております」
「伝説ねえ……もしかして光信仰のもとになってるあれか?」
マクスウェルはネロに肯定を返すと 興奮したように声を荒げた。
「それに、僕たち王族はその伝説に出てくる勇者の血を継いでるんです。だから、その力を衰えさせないためにも遠征を成功させて武功を示す必要があるんです」
ネロは息巻いて熱弁するマクスウェルをなだめると、話の流れを断ってトラに質問を投げかけた。
「で、その王子様専属使用人のトラさんはどうしてここが分かったんだ?」
「ああ、そのことですか」
トラは特に隠すこともないらしく、言いよどむことなく答えた。
「ただ、お兄様に教えてもらっただけですよ」
「お兄様、ねえ」
ネロが相槌をうつと、トラはゆっくりと説明を始めた。
「はい。お兄様は国の騎士団に所属しておりまして、その伝手を頼って王子と合流することができたのです」
ネロは信用していないのか、トラの説明を聞いても納得していないようだ。
「ネロさん、トラの家名を聞いて気づきませんでしたか?」
マクスウェルに言われてネロは何かを思い出したようだ。
「ルミウスって、もしかして英雄のカインの?」
「はい、あなたの言う英雄は私のお父様です」
おそらく、今この国の国民が英雄と聞いて思い浮かべるのがこのカインという名前だろう。かの者は15年前に魔物が大量繁殖した際、なだれ込む魔物の大群を一手に引き受け、わずか8人で町を守り切った衛兵の隊長だったものだ。カインは平民の出ではあったが、その功績を讃えられ爵位を与えられ貴族となった。
ネロは貴族になったことは知っていたが、英雄カインの名が有名すぎたため思い出せなかったようだ。
「確か、その息子は騎士団の副団長だったな」
ネロは思い出したようにつぶやく。
「そうなんですよ、近衛騎士に稽古してもらえたのはそのことも関係しているようです」
「そのようなわけで、ここにたどり着けたわけです」
ネロは何度かうなずくと、おもむろに立ち上がった。
「よし、事情は分かった。とりあえず水も食糧も2人分しか用意してないからな、買い出し行ってくる」
ネロは言いながら扉を開けると、主従コンビを残して部屋を後にした。
翌日、まだ夜が明けない頃に3人は村の入口に立って最後の確認をしていた。
「よし、足りないものはないな」
「はい」
マクスウェルに合わせてトラもうなずいた。
「んじゃ行くか」
3人はようやく顔を見せ始めた太陽に向かって歩き始めた。
半刻ほど歩いた先に、3人は馬車が入れ違えるほどの広さの街道にたどり着いた。
果てまで続くような道にマクスウェルは感嘆の声を漏らした。
「この道を進むんですね」
広大な草原の中に一文字を引くように太い街道がひかれている。見渡す限り、遠くのほうに山がある程度で視界を遮るものがほとんどない。
「このような場所に来れるとは、人生何があるか分かりませんね」
「あんたはここら辺の出身じゃないのか?」
ネロの言うように、カインが守り抜いた町は3人がいる場所からそう離れてはいない。
「ネロさんのおっしゃるように、お父様はこの地域の出なのですが。私は何か事情があったらしく、王都で生まれたのです」
「そうなのか」
3人は道を歩きながらたわいのない雑談に興じている。
「確か、トラの妹も王都から出たことがないんでしたね」
「はい。私ともども王都を出るのは嫁に行く時だと思ってました」
その言動は深窓の令嬢なに傭兵のような恰好のトラが面白いのか、ネロが笑いながら相槌を打つ。
「そんな使い込まれた軽鎧着込んでるのに、王都出たことないのか」
「トラはずっと僕に仕えてくれてましたから」
マクスウェルは親しいトラを擁護するように口を挟む。
「まあ、僕も王都を出るのはこれが初めてですが」
「それも王族のしきたりですから」
「しきたり、ねえ」
互いの身の上話をしながら3人は小休止を挟みつつ進んでいく。
辺りはすっかり明るくなり、暖かい風が吹き始めた。
太陽が沈み始めたころ、3人は草原に入り野営の準備を始めた。近衛騎士に習ったのか、トラが一般的な野営の仕度をする。ネロはその横でしゃがみ込むと、以前と同じように地に手のひらを付けた。
「ネロ様、何を……?」
訝しむトラを尻目に、ネロは力を込めたように鼻を鳴らした。すると、あたりに生えていた草達がうごめき、ネロから遠ざかるように移動していく。さらにわずかながら凹凸のあった地面が平らにならされた。
「ネロさん、またあの家を出すんですね」
「そういうことだ」
ネロは袋から以前使った大きくなる家の模型を取り出すと、開いた地面の中心に置いた。
「マクスウェル様は知っているのですか?」
「見てれば分かりますよ」
ネロが少し離れて指を鳴らすと模型が大きくなり、人が入れるほどの大きさになった。
「これはっ!!」
やはり一般には知られていない魔道具なのか、トラもマクスウェルが初めて見たときと同じように驚愕している。
「さ、入るぞ」
ネロの言葉に従い、マクスウェルは驚いているトラの手を引いて家へとはいった。
村を出た次の日も特に問題もなく旅路は進んだ。だが村を出て三日目、町への行程を半分ほど進み今日の野営地を設置しようと草原に入ったところで、汚らしい恰好をした男たちが3人を取り囲んだ。
「よう、旅人さん。ここを通りたきゃ荷物と女を置いていきな」
言葉とともに取り囲んだ男たちの中から大柄な男が進み出てきた。どうやら、この男がまとめ役のようだ。
「ネロさん」
「まあ、落ち着けよ」
薄汚れた男たちに囲まれおびえたように身を縮めるマクスウェルに、ネロは安心させるように声をかける。荒事になれていない王子に気を使いながらも、ネロは油断なく袋の中に手を突っ込んだ。
「あなたたち、そのような汚らしい恰好で近づかないでいただけますか」
普段から多対一での戦闘訓練を積んでいるためか、トラは涼しい顔で挑発する余裕もあるようだ。
「はん、気の強い嬢ちゃんだ」
盗賊たちはネロたちのことを脅威と捉えていないのか、トラの挑発に笑って返す。
「いつまでその余裕が続くか見ものだなっ!」
盗賊の長は聞きがたい雄叫びをあげながらトラに切りかかった。