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『辺境の村』

『辺境の村』



 川縁を出発してから数度の小休止を挟みつつも、ネロとマクスウェルは予定通りに村のすぐそばまで到着していた。2人が歩く村へと向かう大きな一本道の周りには畑が広がっている。その畑を区分けするかのようにあぜ道が引かれ、農夫たちはそこに腰かけて休憩をとっていた。

 行商人がよく出入りするのか、村の入り口付近にはいくつもの馬車の(わだち)と馬の足跡が見て取れた。

目的地が見えてきたからか、少し歩調が早くなったマクスウェルをネロは苦笑しながら引き止める。

「逸る気持ちもわからんでもないが、ここで少し待っててもらえるか」

「どうしてですか?」

 楽しみをとられたような顔で不満げに理由を聞いてくるマクスウェルに、ネロは軽く肩を叩きつつなだめる。

「まあまあ、いいから待ってろって。村は逃げたりしねえからよ」

 そういいながらネロがマクスウェルのすぐそばを足で踏み鳴らすと、何かに押し上げられるかのように地面が盛り上がる。そして土が膝のより少し高い位置まで来ると、座りやすそうな四角形の椅子のようなものになった。ただの土くれであるが、ネロは(ふち)の部分をたたいて頑丈さをアピールする。

「ほら、ここに座ってていいからよ」

 どこかやさしげな声で作った椅子を進めるネロに、マクスウェルは付いていくことをあきらめたようにため息を吐いた。

「わかりました。ネロさんが言うなら、何か理由があるんでしょう」

まだ疑問が解消していないためだろうか、マクスウェルは少し(いぶか)しみながらも腰を下ろす。

「まあ、そういうことだ。すぐ戻ってくるからおとなしくしてろよ」

「分かってます。どのみち旅に必要なものは大体ネロさんが持ってるんですから、置いて行ったりしないでくださいね」

 マクスウェルのどこか不安げな言葉にネロは軽く手を振って(こた)えると、どこか楽しげな様子で村へ向かって歩き出した。マクスウェルは少しのあいだ遠ざかるネロを見ていたが、座り心地が悪かったようで、より深く座りなおす。

「うわっ!?」

 その直後、頑丈そうに見えていた椅子の上部分が崩れ、マクスウェルはあいた穴の中にすっぽりと(はま)ってしまった。どうやら、ネロの作った椅子は中身が空洞になったいたようだ。

 マクスウェルは何が起きたかわからないらしく、唖然とした表情で空を見上げている。少したって理解し始めたのか、顔をむくれさせながら抜け出そうともがき始めたが、軽鎧(ライトアーマー)の一部が引っかかってしまったのか、起き上がることすらできない。

 さらに悪いことに、マクスウェルを囲う四つの壁はなかなか頑丈にできているのか、不安定な姿勢のままでは壊すこともできないでいる。

マクスウェルはしばらくのあいだ意味をなさないうめき声をあげながら試行錯誤していたが、やがて無理だと悟ったのか、むくれた表情をそのままに無言で空をにらみつけた。



 マクスウェルが無駄な抵抗をやめてから約半刻ほどたったころ、ようやく村からネロが戻ってきた。ネロは戻ってくるなり声をあげて大笑いすると、ひとしきり状況を観察した後、ようやく埋まっているマクスウェルを助け出した。

「わるい、まさかこんなことになってるとは思わなかった」

「悪いと思うなら笑う前に助けてくださいよ」

 助け出されたマクスウェルはネロがわざとやったことではないと知ったためか、むくれながらもあまり機嫌を損ねてはいないようだ。

「で、何をしに行ってたんですか?」

「ああ、念のため騎士が来ていないか探ってきたんだよ」

 そんなことか、とでも言わんばかりにネロは答えたが、マクスウェルにとっては重大なことだったのだろう、大きな衝撃を受けたように固まった後、乾いた声で確認をするように質問を口にした。

「その、騎士たちが動き始めるのに1日、この村まで捜索の手が届くまで1日かかるから、1日のうちにここにたどり着いて準備した後すぐ出れば騎士たちと鉢合わせることはないんじゃんかったでしたっけ?」

「ああ、そのとおりだ」

 ネロはマクスウェルの言葉にうなずいた。それを見たマクスウェルは納得できなかったのか、再び質問を投げかけた。

「では、なんで騎士がいないことを確認しに行ったんですか?」

「そりゃどんなことにも例外ってのはあるからな。少しでも危険性があるなら確認しとくべきなのさ」

 ネロの説明に納得できたのか、マクスウェルはなるほどと言わんばかりにうなずいた。

「でも、もし騎士が来ていたらどうするつもりだったんですか?」

 ネロはマクスウェルの誰もが疑問に思うであろう質問にただ笑い声をあげるだけで答えると、先に見える村を指さした。

「まあまあ、そんなことよりさっさと村で宿をとっちまおうぜ。そろそろ休みたいだろ」

 あからさまにごまかしたネロに、マクスウェルは残念そうな視線を向けると、言われるがままに村へと向かって歩き出した。




 2人は村に着くとすぐにネロが行きつけにしているらしい宿に向かい、部屋を確保した。その後、マクスウェルは疲れもあってかすぐにベッドに横になり、ネロは旅に必要な分の食糧や消耗品を調達するために商店へと繰り出す。

 もともと何を買うのか決めていたようで、ネロは迷うことなく店を巡り、買った品物を魔法の袋に放り込んでいく。やはりそれなりに栄えている村なのだろう、辺境にあるとは思えないほど通りは活気にあふれ、数える程度だが屋台や露店もあるようだ。

 村の中を一周するように店を回っていたのか、ネロは宿のすぐそばにあった店を出ると、確認するように袋の中をのぞきながら指を折り数え始めた。

 買い忘れなどがなかったのか、ネロは一つうなずくとどこか疲れたような顔でため息をついた。ネロは何かを察知したように宿とそのとなりの建物の間に視線を向けると、唐突に声をかける。

「なあ、そこのあんた。何か用でもあるのかい?」

 ネロが問いかけるや否や物陰から何者かが飛び出し、その手に握られた長剣(ロングソード)を振りかざした。予測していたのか、ネロは転がるように斬撃を避ける。そして素早く短剣を取り出し、体制を低くしたまま地を這うように接近。大振りの隙をつくように相手の膝に向かって短剣を突き出した。

 襲撃者はかなりの手練れのようで、振り切った勢いを殺し切ることなく長剣(ロングソード)を流れるように操り、ネロの突き出した短剣を弾く。あたるはずの攻撃が見事に防がれたネロは舌打ちをしながら、相手の力に逆らうことなく横に跳びさり大きく距離をとった。

 互いに間合いから外れたのか、先ほどとは一転してじれるようなにらみ合いが始まった。

 襲撃者は丈夫そうな外套(マント)の下に軽鎧(ライトアーマー)を着込んでいるようだ。また、その顔は目深にかぶったフードのせいでよく見えない。

 ネロは何を考えたのか、突然切りかかってきた相手に再び声をかけた。

「おいおい、あぶねーだろ。いきなり切りかかって来るってのは、あんたの故郷じゃ挨拶代りだったりすんのかい?」

 襲撃者は静かに剣を向けているだけで、ネロの挑発に乗る様子は見られない。ネロはいら立ちを隠そうともせずに悪態をつくと、どうあがいても一息で切りかかるのは難しい距離にもかかわらず、相手に向けていた短剣を静かに振りかぶった。相手はそのまま突っ込んでくるとでも思ったのか、腰を低くして少し剣を寝かせる。だが、ネロはその体制になるのを待っていたかのようにその場で勢いよく短剣を振り下ろした。突如、うっすらと光を帯びた刀身が細長く伸び、襲撃者へと襲い掛かる。意表を突かれた相手は回避することもできず、苦しまぎれに長剣(ロングソード)をかざす。細く、紐のようになった刀身は鞭のようにしなり、襲撃者の長剣(ロングソード)に巻き付いた。襲撃者は巻き付いた短剣だった物を振り払おうとするが、意思を持っているかのようにうごめきよりきつくからめ取れてしまう。

 ネロは狙い通りに事が運んだからか、戦闘中であるにもかかわらずうっすらとほくそ笑んだ。

「なめるなっ!!」

 襲撃者は意を決するかのように叫ぶと投げつけるように長剣(ロングソード)を手放し、自身の腕をこすり合わせた。鎧同士が擦れ合い耳障りな金属音とともに火花が舞い散った。舞い散った火花は襲撃者の背後で膨れ上がり、瞬く間に民家を丸呑みにできるほどの業火となった。

「さすがに、やりすぎじゃーねーの」

 茶化すように言葉を発したがネロの表情は硬い。襲撃者が勢いよく右手を突き出すと、その動きに伴って業火から数発の火球(ファイアーボール)が放たれる。ネロは地を滑るように動きそのことごとくを回避するが、着弾とともに起きる爆発は避けきれていないようで、徐々に熱による火傷や破片などでのかすり傷が増えていく。

 襲撃者は逃げ惑うネロに向かってさらに数十もの火球(ファイアーボール)を打ち込んだ。度重なる爆発のせいか、あたりには砂塵が舞い上がる。

 視界が遮られるほど砂煙りを舞い上げたところで確実に仕留めたと思ったのか、赤々と燃えていた業火が消失し、襲撃者は先ほどまでネロのいた方向に背を向けた。その油断を狙い澄ましたようにネロが音もなく背後に現れる。

「詰めが甘いな」

「そんなっ!?」

 驚きからか、振り返ることすらできずに襲撃者は細長く変形された短剣に巻き付かれ自由を失った。

「ようやく、捕まえた」

 ネロは普段からは考えられないほど冷たい声でささやくと、ゆっくりとフードに手をかけた。

「とりあえずその顔を拝ませてもらおうか」

 相手に宣言するように言い放つと、ネロは乱雑にフードを取り去る。驚くべきことに、そこにはまだあどけなさを残した少女の顔が隠されていた。

 ネロは唖然とした表情で固まり、少女は怒りから顔を赤らめつつネロをにらみつけている。互いに動きが止まり、膠着した2人のもとに鶴の一声とも呼べる叫び声が届いた。

「トラッ!?」

 戦闘音を聞きつけて、窓から飛び出さんばかりに身を乗り出しながら一部始終を見ていたマクスウェルが、ネロに捕まっている少女の顔を見るなり叫び声をあげる。どうやら知り合いのようだ。

「王子っ! お逃げください!」

 トラは(ネロ)にマクスウェルが捕まっていると勘違いしているようで、その姿を見るなり必死の形相で逃げるよう促すが、とうの王子は困惑した表情で小首を傾げたるだけだ。

「えっと、今逃げてる最中ですが」

「王子、その部屋に拘束されているのですね。すぐ助けに行きます」

 聞く耳を持たずに自分勝手な勘違いを重ねていくトラに、マクスウェルは困ったように苦笑いを返す。

「いえ、特に拘束などはされていませんよ」

 やはりマクスウェルの言葉を聞いていないようで、自身を拘束している細長く伸びた短剣が食い込み、皮膚を裂くのも(いと)わずもがき続けるトラに王子は慌てて静止の声をかける。

「トラ、暴れなくても大丈夫ですからっ! その人は味方です」

 味方という言葉にようやく反応したのか、マクスウェルに声をかけられてからは見向きもしていなかったトラはネロに再び視線を向ける。

 2人の様子を見ていたネロはどこか脱力した様子でため息を吐くと、面倒くさそうに説明を始めた。

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