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04話 淡雪猫のユーリ(前篇)

 ボイド帝国や飴猫合衆国の宇宙艦隊は、かつて師団と呼ばれた少将を司令官とする1万~2万の部隊編成に由来する。

 戦艦や母艦のような「全長10km以上・乗組員数万人」の大型艦から、軽駆逐艦や偵察艦のような「全長2km・乗組員数千人」の小型艦、あるいは工作艦や輸送艦のような戦闘以外を目的とした艦まで全て含めて1個艦隊とし、独立した大規模な作戦行動の際に運用している。

 艦隊には制宙権を確保するための短距離戦闘艇部隊が存在し、1個旅団4,000艇ほどが旅団長である大佐の指揮下に組み込まれている。


 最新型の駆逐艦1隻と戦闘艇1艇とでは、「2000倍の人員差」「20倍の全長」「6倍の戦力差」があり、建造コストはあまり変わらない。小型で高性能な短距離戦闘艇はとても高価だ。

 同じ金額なら「6倍強く汎用性も高い駆逐艦を1隻造る方が良い」という考え方もあるし、「戦死者が1名で済む戦闘艇を造った方が良い」という考え方もある。

 人員に関しては、乗せておけばなんとかなる駆逐艦の2,000名と、あまりに高度な技術を要求される戦闘艇の1名のどちらが補充し易いかと言うと微妙な所だ。

 敵味方を問わずに膨大な砲撃とミサイル群とが入り乱れる宇宙空間を跳び回り、自艇よりも遥かに大きな敵を叩き潰す戦闘艇に乗るのは、どの国でもエリート中のエリートばかりである。

 そして飴猫第七艦隊の旅団長はユーリ大佐が務めている。

 今俺の目の前にいる淡雪猫がそれだ。

 ユーリ大佐は戦闘艇による砲撃で山に洞窟の様な穴を掘り、機関ソフィーアの一部が目視出来る位置まで接近していた。

 そんなユーリ大佐の下に転送されてしまった俺は、まさにヘビに睨まれたカエルのような状態であった。張り詰めた空気に耐え切れず、俺は彼女に挨拶をした。


 「ええと、こんにちわ」

 「はい、こんにちは。貴官の階級章は少佐ですか、それはとてもおかしな話ですね」

 「はぁ、何がでしょう」

 「私は貴艦に対して、ジャンプアウト後から惑星着陸前までの2ヵ月間に4回、着陸後から現在までの1ヵ月間で30回の通信を送っています。ですが、貴艦からの返信は1度もありませんでした。交渉権を持つ佐官級以上の士官が全滅していたなら仕方がありませんが、貴官は無事の様です」

 「環境適応するために生体調整していたので」

 「そうですか。では今目覚めて、直接対話の為に会いに来て下さったのですね?」

 「…………はい」


 嘘をつきました。

 大丈夫、相手もそれは分かっている。なぜなら、今目覚めて会いに来たのかと確認する口調が、俺に有無を言わせない程に強かったからだ。


 「確認します。私は飴猫第七艦隊所属の機動旅団長ユーリ・スノーヴァニッシュ大佐です。貴官の官姓名は?」

 「ボイド帝国第三艦隊司令部所属、丹保保男主計少佐」

 「貴官はボイド帝国で生体調整を受けた優秀軍人ですか?」

 「はい」

 「すると緊急時には艦長になれますね」


 俺は艦の損傷率やエネルギー残存量などを一切話していないが、ユーリ大佐はなぜか笑みを浮かべていた。

 些細な会話と仕草とで、まるで内心までも見透かされたような印象を受けた恐怖を感じたが、それを理性でかろうじて押し留める。

 なぜなら俺も主計科とはいえボイド軍人である。つまり給料をもらっているのだ。

 主計科少佐の月給は、各種手当込みで42万ボイドル。ボーナスは年2回で合わせて6ヵ月分の支給がある。額面は756万ボイドル。年収600万を越える事が結婚条件の一つであるとは、脳内にスイーツが詰まっている乙女たちが常日頃から繰り返す夢物語である。

 俺が軍用に開設している銀行口座の管理と振り込みは、旗艦ソフィーアで今も行われている。加えて全長数kmの艦内においては、嗜好品や贅沢品の販売も普通に行われている。

 個人購入できる物資補給は基本的に各星系で行われるが、この惑星ベータで万能物質が得られるならそう言った補給も独自に行う事が出来るだろう。

つまり俺が軍務を放棄する理由は無い。

 テンションを回復させた俺は、ユーリ大佐にキリッと言い返した。


 「当艦に対して通信を繰り返していたとの事ですが、その目的は何でしょうか」

 「ボイド帝国は国際宇宙条約を批准していますね。両国と通信途絶の現状を、同条約規定の「宇宙漂流状態」であると判断します。国際宇宙法第76条から78条に基づき、両軍人生存の為に停戦を提案します」


 庶民は年収600万から逃れられない。だから「攻撃を仕掛けたのはお前らだろうが」なんて事は言えない……ではなく言わない。大人は我慢の生き物である。


 「ソフィーア、飴猫軍ユーリ大佐の提案内容に問題は無いか」

 『問題ありません』

 「理奈はどうだ」

 『国際宇宙条約の優先順位はボイド憲法に次ぐから、憲法に反しない限り大丈夫』

 「よし、提案を前向きに検討しよう」

 「あら、貴官が即時決定権を持つ最上位者なのですね。つまり兵科は全滅。生存者は貴官だけなのかしら?」

 「我々の保有戦力に関しては話せない」

 「実はワイルドキャットの爪を貴艦に立てて、艦内の振動数をずっと調べていました。全員が同時睡眠と同時覚醒しているのでない限り、生存者は1人だけと分かっています」

 「最新鋭艇の性能、高すぎだろ!」

 「やはり貴官だけなのですね」


 キャットファイターにそんな性能があるとは聞いた事が無いが、最新鋭艇のワイルドキャットなら付いているかもしれない。そして淡雪猫のユーリ大佐なら、それくらい出来そうな気がしなくもない。


 「交戦すればお互いに無傷では済まないですし、相討ちの可能性もあります。停戦しましょう」


 相手が撃沈記録4000以上のユーリ大佐で無ければ艦を離して倒す事も出来るが、彼女が相手では逆に倒される可能性も無い訳ではない。

 いや、ユーリ大佐は確実に短距離戦を想定済みだろう。ユーリ大佐にどう動かれるかは、俺やソフィーアでは到底推し量れない。

 ならば生身の今倒せば良いという意見もあるだろうが、ワイルドキャットにも搭乗者を操縦席に乗せる短距離転送機能はあるはずで、こちらが転送機の補正を行った以上は技術力が上の飴猫合衆国軍に出来ていないと楽観視する事も出来ない。

 艦内への転送は常時妨害出来るが、それ以上の妨害は無理だ。

 それに別宇宙に漂流中である今、両国の利益や打算を引き摺る意味は無い。


 「分かった。停戦に合意する」

 「それは良かったです。こちらの勝率は0.42でしたし、例え貴艦を倒してもエネルギーを消耗するだけで得る事は何もなかったので」

 「勝率42%か。最大10%の誤差があるが、貴官の戦績を鑑みれば安易に否定はできないな。試す意思も無い」

 「では停戦の合意書に調印して下さい。こちらで草案を用意しました」

 「ああ、軍同士の停戦にはそう言うものが必要だったな。理奈、ユーリ大佐から合意文書の草案を受け取ってくれ」

 『はーい』

 「ではデータを送信しますね」


 俺のSSである理奈は、ユーリ大佐の万能端末からデータを受け取った。

 飴猫合衆国の端末は人格機能が無くて、装着者が直接操作するタイプだ。

 過去には飴猫合衆国にも疑似人格機能を持つ端末を販売した企業があったが、装着した飴猫人が疑似人格と争いになったという類の裁判が続発し、保険会社が賠償金の支払いで潰れて企業も撤退してしまった。


 『うわぁっ!?』

 「どうした、理奈」

 『凄いデータ量。合意文章が3,000枚で、添付資料が540個もあるよ』

 「ちょっと待て。仮に1枚200字として、3,000枚は60万字か。今読んでいる赤野用介先生の『アルテナの箱庭が満ちるまで』のしおりを挟んだ所までと、同じくらいの文字数じゃないか!?」

 『あのネット小説だと、60万字は製作期間1年くらいだよね。今は8月1日で、5月1日の漂流開始から3ヵ月しか経っていないのに、この合意文書よく作ったね』

 「しかもこの合意文書、専門用語だらけの上に飴猫側に都合の良い解釈が出来る条項ばかりじゃねぇか」

 「飴猫合衆国の様式を基に作りましたから。もちろん話し合いや訂正の相談には応じますよ」

 『…………3年くらいかかりそう』

 「…………5年はかかりそうだ」


 ユーリ大佐から渡された停戦の合意文書の中身は、連隊規模以上の参謀部が主体となって分析すべき内容であった。いくら俺が事務方の主計科とは言え、これは無理だ。

 これを読むくらいなら『アルテナの箱庭が満ちるまで』を読破する方が良い。よし、そうしよう。


 「ソフィーア、今すぐ実行してくれ」

 『何をでしょうか』

 「俺だけを艦内に緊急転送」

 『命令受諾。転送します』

 「えっ、あっ、ちょっと待って!」

 「だが断る!」


 ユーリ大佐が俺に向かってきたが、それを理奈が防御力場を作って押し留めてくれた。流石に15年連れ添った独立人格の相棒、俺の事を良く分かっている。

 その間に俺はソフィーアの転送で艦内へと逃げ込んだのであった。

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