03話 擬似人格と独立人格●
俺が乗艦していた旗艦ソフィーアは、亜空間跳躍の際に要塞艦隊から高出力エネルギーの一斉砲撃を浴び、さらに超空間内での戦闘によって操艦不能となり、異世界へと流されてしまった。
超空間内の歪みに飲み込まれずに異世界へ辿り着けただけでも奇跡的な確率である。
だが全長16kmあった旗艦は十分の一以下の中枢ユニットのみとなり、機能の大半も喪失してしまった。生存者に至っては、主計少佐である俺のみである。
前宇宙へ戻るには同じ現象を逆に再現しなければならないが、それでも元の場所に辿り着く可能性は0に等しい。そもそも飴猫軍の要塞艦隊は用意できないし、艦が万全でも今度は間違いなく死ぬだろう。
異世界移動を実現させているのは、俺たちの遺伝子の元になった高度文明だけだ。それも大海に大量の稚魚を放流するかのようにあらゆる異世界に遺伝子をばら撒いていると考えられており、彼ら自身が別宇宙に辿り着けている訳でもないようだ。
というわけで、旗艦ソフィーアは補給可能ないくつかの星を経由して俺が適応可能な惑星に辿り着いたのである。
ところで、『生存可能な惑星』と『適応可能な惑星』の意味は違う。
生存可能とはそのまま住める惑星の事で、適応可能とは身体を生体調整することで住めるようになる惑星の事だ。
生物が定着できる惑星の大半では、大気成分・重力・地表温度や病原菌など様々な要因が俺たちの生存を阻む。だからと言って惑星を改造すると、数十億年という気の遠くなる年月を費やして息づいた既存の生態系を破壊してしまう。
独自進化した遺伝子から得られる物は多いので、安直な惑星改造ではなく俺達の身体の方を環境に適応させるのが基本的な考え方となる。
適応可能な惑星の一番手っ取り早い探し方は、高度文明がばら撒いた遺伝子が定住できた惑星を探すことだ。
7月1日。2ヵ月の漂流後に条件に合致した惑星へ着陸した旗艦ソフィーアは、艦体を隠して自己修復を行う一方で、生命維持装置内で眠る俺に対しては生体調整と集めた言語の睡眠学習を行った。
そして8月1日、1ヵ月の調整作業を終えてようやく目覚めた俺に、収集された艦外の状況が報告された。
『ソフィーアより。着陸した惑星の概要が纏まりました。便宜上、惑星の仮称をベータとします。恒星系第六惑星ベータは、誕生から53億年。平均気温10度。3つの大陸に高度文明の遺伝種族と他種族とが多様な形態で生息しています』
<<2回クリックすると、惑星ベータの世界地図が拡大投影されます>>
「遺伝種族の技術段階と発達速度はどれくらいだ」
『いずれの国も重力圏外へは到達不可能で、技術は0段階に属します。また、技術発展も0で、今後の飛躍も見込めません。これには理由があります』
「どんな理由だ」
『惑星ベータに比較的強い重力と、化学反応を緩和する大気成分の流動が観測されました。原始的な銃火器類が役に立たず、環境要因から前宇宙のような発展が見込めません。なお、大気成分に関しては極めて特徴的です』
「どんな特徴があるんだ」
旗艦ソフィーアは、俺たちの宇宙常識を覆す説明を始めた。
『まず、宇宙空間全体で微量ながら万能物質の存在を確認しました。それが当艦の転送に誤差を生じさせた原因と推測されます。ベータで進化した生物は、惑星内に溜まったマナを用いて自身を強化し、あるいは変容させて物理現象を起こす能力を獲得しています』
「そんなバカな!?」
『また、生物を倒すことで相手のマナを変換して取り込み自己を強化もするようです。細胞分裂もマナで補い、延命なども行っています。また、高度文明の遺伝種族以外も独自の文字や文明を持ち、遺伝種族との交流を行っています。さらに大型の原生生物も共存しており、それらは竜と呼ばれ……』
めまいと立ちくらみがした俺は生命維持装置内に身体を預けたが、ソフィーアに「話を続けますよ」という目で睨まれてしまった。
つまりこの世界を要約すると、敵を倒すとレベルアップして強くなったり、あるはマナを使って魔法的な現象を発生させたりすることが出来るようである。ついでにドラゴンも飛び回っているらしい。
俺はこの先生きのこれるのだろうか。
『なお万能物質が補給できるため、当艦の中核ユニットは完全修復が可能です。また、艦の燃料となる原油も手付かずで、こちらも当艦にて星油へ生成可能です』
どうやら俺は、この先生きのこれるようであった。
「それは朗報だ。それなら生きていけそうだな」
『惑星の環境的には生存可能と推察されます。艦長の環境適応も終了しています』
「引きこもっていても状況は変わらないし、外に出てみるか」
『命令受諾』
『SSC理奈より警告。外に出ると危ないよ』
ソフィーアが方針を了承した時、左腕の万能端末の独立人格である理奈がそれにストップをかけた。
「ああ、理奈の方の状況を聞いていなかったな。調子はどうなんだ」
『支障ないみたい。でもそうじゃないの』
万能端末、通称SS。
俺が左腕につけている端末は、情報端末機能の他にも通信機能、防衛機能、転送補正機能など各種が全て揃っているので万能端末とされている。
帝国の端末は、帝国ではなくSSの開発者一族が純血ボイド人を対象として提供しているもので、他国の万能端末と比べて大きな特徴を2つ持っている。
1つ目は、人格モデルとなった開発者との相性で端末のランクが上下し、ランクによって使える機能が大きく変わる点だ。
2つ目は、SSがランクD以上で独自人格、E以下で自律人格となる点だ。
このうち1つ目の機能であるランクの上下について。
端的に言えば、SSは装着者が悪質な犯罪などを起こせばランクが落ちて機能に制約が出てくる仕組みだ。但し基準は開発者6人の性格や好みに基づくので、帝国が悪法を作ってもSSは言う事を聞かないという面白機能付きである。
そして2つ目の機能である万能端末のサポートパーソナリティについて。
ソフィーアのような最新鋭艦の疑似人格ですら『判断基準』や『制約』を多数組み込んで制御しているのに、SSは独自人格として完全な自己判断を確立させ、わりと正しく機能している。
あまりに高度なので飴猫合衆国などから技術開示要求が何度もあったが、開発者が6人とも口を閉ざしたまま冥府へと旅立ったため渡さずに済んでいる。
さて、そんな俺のSSは理奈という。
大抵の人は自分と相性が良い人格を選択して概ねランクEになるのだが、俺は相性なんて全く考えずに、『女性型』『同い年』『ショートカットの妹系』を設定した。
男子に選ばせれば当然の帰結である。
取り繕って6人中4人いる男性の人格モデルを選んだ奴らも居たが、彼らはきっと後悔しているだろう。なぜなら後からの変更はできないからだ。昔の自分を誉めてあげよう。
でもチキンな俺はそこで力尽き、あとは一生懸命チキンに生きた。その結果ランクDとなり、それでもやっぱりチキンに生き続けて1,000人に1人くらいが得られるランクCを獲得した。
という事で、独立人格のSSC理奈は自己判断して俺に警告をしてくれた。
「SSが無事なのに、どうして外に出ると危険なんだ」
『だって飴猫軍の短距離戦闘艇が艦体にしがみついていてるんだもん』
「うぉおおおぃいっ、最大の脅威じゃないか。ソフィーア警告しろよ」
『敵戦闘艇が本艦に取り付いた警告は、過去に一度行っています。艦長が自分で外に出ると判断したので従いました』
ソフィーアの擬似人格は、「この人は一体何を言っているのだろう」と言った風の顔で平然と反論した。
俺か、俺が悪いのか!?
「生命に危機が出る場合の警告は二重に行うこと」
『命令受諾。艦外には敵戦闘艇が存在します。警告終了。艦外への転送準備が整いました』
「へっ……待て、待て、待て、中止する。外に出るのは中止するっ!」
なんと言うことだ。警告後の意思確認もセットでしやがれこの女郎。
ソフィーアは命令どおりに転送を中止して、「自分への指示が無い状態ですが」という目で俺を見つめてきた。
ソフィーアに迂闊な指示を出すと危ない事が良く分かった。軍経理学校を卒業して主計科となった俺は艦の設定についてどこでも習わなかったが、艦の擬似人格はまるで無垢な子供のようであった。
ソフィーアは、きちんとルールを設定しなければ何をしでかすか分からない。それでいて攻撃力は圧倒的に高く、下手をすると敵を倒すためにこの惑星を破壊してしまいかねない。
そういえば館野艦長も、食用タンポポの初生成時には「設定を見直せ」と新谷司令に怒られていた。
もしや軍艦の乗組員が多いのは、艦の擬似人格に任せると危ないから各分野を細かく確認するために乗せているのではないだろうか。
……ボイド帝国の技術は大したこと無かった!
もしSSD以上の人格を艦の統制機能に組み込むことが出来れば、控えめに言っても乗組員を大幅に減らすことが出来るだろう。なにせ開発者の人格を模した判断力を備えている。SSD以上に艦の演算能力を加えれば、飴猫軍艦だって上回れるだろう。
だがSSは、あくまで装着者のサポート機能としてしか働かない。こちらはこちらで問題がある。
「とりあえず本艦と、飴猫軍の短距離戦闘艇の状態を教えてくれ」
『命令受諾。旗艦中枢ユニットである当艦と、飴猫軍の短距離戦闘艇との戦闘力差は6:1です。本艦の乗組員が主計少佐1名のみであり、敵が撃墜記録4000の淡雪猫のユーリ大佐であることを加味しても、当艦の勝率は0.65~0.68です』
「そうか、それは良かった」
全長1.5kmの旗艦中枢ユニットと、全長100mの飴猫軍短距離戦闘艇とでは、直径こそ15倍差であるが、体積はさらに大きな差が有る。
『身長150cm・体重50kg』の人間と、『全長10cm・体重100g』の生まれたばかりの子猫とを比べて欲しい。体重は約500倍違う。
だが、それで30%以上の勝率があちらにあるとは情けないと思うだろう。
ボイド軍人として言い訳させてもらえば、こちらは晩餐会から調印式まで概ね対応可能な旗艦中枢ユニットで、あちらは戦闘特化型の戦闘艇だ。
つまり身長150cmの軍人でも10cmの短銃で充分に殺せる。
飴猫軍のワイルドキャットはまさに宇宙空間を飛び回る短銃で、淡雪猫のユーリ大佐は単独で4000を越える軍人や短銃を撃ち落とした最強の狙撃手と言う訳だ。
『本艦は自己修復とエネルギー補給が可能ですが、敵戦闘艇は自己修復機能を備えておらず、原油獲得も星油生成も出来ません。戦闘と超空間内の艇体維持でエネルギーの殆どを消費しており、脅威値は低いと予測されます』
「ワイルドキャットが俺に砲撃して来たらどうなる」
『敵の攻撃が発射される際には、そのエネルギーを観測して丹保少佐を強制転送で避難させる事も可能です』
「じゃあ、改めて外に出て見るか」
『命令受諾。当艦は土を被せて山に偽装していますが、ユーリ大佐は砲撃で穴を掘り、当艦までの道を作っています。そちらに転送します』
「へっ、ちょ、ま……ぎゃおおぉぉ!?」
ソフィーアによって転送された俺の目の前には、飴猫軍最強の機動旅団長ユーリ大佐が立っていた。