11話 ラスカ襲来●
9月20日。
ギール将軍の隊が進路を王都へ変えてから5日目の夕方になった。
俺たちはいつも通りに午後3時くらいには水場へ移動して、重傷者を集団に中心にした円陣のキャンプを設営するのと並行して人馬の夕食の準備を済ませた。
俺もテント張りや焚き木拾い、あるいは水汲みなんかを率先して手伝っている。
人が働いている中で一人だけ座っているのが居たたまれないと言うのが主な理由だが、副官のオシエ・マースさんは特に何も言わないので間違った事はしていないのだろう。
しかし竜の巫女のミコナやマイまで騎士に協力して働いているのはどういう訳だろう。その件に関して、俺はこっそりと年長のミコナの方に聞いてみた。
「巫女の事を誤解してない?」
「ん、巫女って竜を操るための人身御供じゃないのか?」
「うーん」
ちなみに人身御供であると説明してくれたのはミコナではなくマイの方である。
そしてミコナの方は、確か巫女の説明に困っていた。
「マイは、竜が高い知恵を持っていて人との会話も成立可能だって言っていたわよね」
「ああ、確かそんな事を言っていたな」
「竜は独自の言語じゃなくて、人が作った言語を理解できるの。でも教えられずに使えるようになるなんて、人より遥かに優れた知能を持っていないと無理よね。一説によれば竜は人の転生体であるとも言われているけれど」
「転生体……?」
それはソフィーアが提出していない新情報だった。おそらく提出時に不確定情報はソフィーアの方で省いたのだろうが。
俺はドラゴンの事を『でかい空飛ぶトカゲ』くらいに考えていたが、ミコナの話が事実だとすれば俺の考え方は全く違う事になる。
いや、転生してしまえば竜は竜なのか。
「高位に達した冒険者の魂が死後に竜へ変わるって言う説。前世の記憶を継承した竜はいないけど、人しか知らないはずの知識や言葉を持っていた竜の記録もあるし……ごめん、本題から逸れてしまったわ」
「いや、それで?」
「私が言いたいのは、竜は人にも勝る知性を持つ生物だと言う事。しかも単体で生活できるから、人以上に個性的で自由奔放なの。国を手伝う代わりに長い年月を掛けて巨大なダンジョンを作らせて、冒険者に挑戦させる竜だって居るわよ」
「おおダンジョン!」
それは実に面白そうな話である。
よし、いつか絶対に行こう。
「そんな個性的で自由奔放な竜を味方に付けるには、一体どうしたら良いと思う?」
そんな事をいきなり言われても、分かる訳が無い……ちょっと待てよ。
彼女達より高度な知識を持つ存在って、例えば俺じゃん。
俺はソフィーアと理奈が居れば、彼女たちの王国に行かなくても衣食住にはまったく困らない。そして王国に行ったところで艦が治る訳でもない。
それなのになぜ行くのかと問われれば面白そうだからである。例えばさっき言われたダンジョンはすごく面白そうだ。
ならば竜もそうではないのだろうか。
「竜の知的好奇心や探究心を満たしてやれば良いのか?」
「正解。それとも昔の記憶を覚えてた?」
「いや、なんとなく当てずっぽうで。すると竜に喰われるというより、竜の遊び相手に近い存在なのか。そして10人送りこんだのは、10種類のやり方を提示しようとした訳だ」
「そうよ。竜の巫女は交渉者。目的は竜が味方に付いてくれる事だから、結果さえ出ればどんな方法でもそれが正解なの。マイが言った人身御供は、竜の巫女の一面でしか無いわ。あの子自身の役割がそれであるだけ」
ウチウーミ王国は、竜に対して10枚以上の手札を持っていると言うわけである。
その中には生け贄も含まれているわけだが、それを選ばれたとしても国にとっては格安だろう。なぜなら5日前のガイカーイ王国との戦闘で140人もの騎士が死んだのだ。
巫女の命で1回だけ戦ってくれると仮定しても、戦闘の代行で140人もの騎士が助かり、かつ敵を減らして将来の味方の犠牲を軽減できる。
その効果は未来永劫持続する。
敵が減って味方が増える分だけ、次の戦いでの味方の犠牲が減って敵への損害が大きくなる。すると次のさらに次の戦いでも同様の効果が生じ、次の次の次でも同じ事が起こる。
国にとっては、巫女の犠牲が1人だろうと10人だろうと惜しくは無い。竜が「手伝ってやるから100人寄越せ」と言うなら、勝ちたい国の指導者は100人渡してしまえと命じるだろう。なにせ勝負の掛け金は国家そのものである。
国に責任を負わない俺が言っても、それこそ間違いなく無責任である。
だが、気に食わない。
だって10代の女の子を食べ物として喰わせるなんて勿体無いじゃないか。
どうせ竜に喰わせるなら、30歳以降の独身女性100人にして欲しい。
それならこれっぽっちも惜しくない。むしろ竜を誉めてやりたい。具体的にはムツゴローさんのように竜の頭をワシャワシャと撫でながら「よくやった、よくやった」という具合にである。
賞味期限切れで返品されるか、あるいは食中毒で訴えられそうではあるが。
「でもさ、別の役割があるミコナはともかくとして、役目が生け贄ならどうしてマイは10年も修行したんだ」
「巫女院に売られた子たちは、各方面の適正を計るために最初は全てを教えられるの。竜が興味を持った前例がある舞踏、歌、詩歌、作話、御伽噺、楽器、知識、問答、遊戯。でも竜に見せるのは一番上手い子だけ」
ようするに2番手以降が食べ物になる訳か。みんな一番良い作品が読みたいよね。他のになんてポイントくれないよね。うぐっ……ポイント伸びないよう。
しかし勿体ない。実に勿体ない。俺にもいらない子を何人かくれ。そう言えばマイの髪の色は緑だったか。まあ俺が貰ったとしても、ソフィーアで砲撃して終戦とかはしないけどな。
しかし冒険者は面白そうだ。俺の身体能力は生体調整でレベル30並にあるらしいし、ソフィーアに作ってもらった杖もあるし、ウチウーミ王国に付いたら冒険者にでもなろうかなぁ。
カァー カァー
カラスの鳴き声も聞こえて来た。
もうすぐ日が暮れるし、どんな冒険者になるかはウチウーミ王国に着くまでに考えようと思う。
そう思った矢先、突然周囲がざわめきだした。
いや、ざわめきのように不確かで生易しいものではない。もっと殺気立って、張り詰めた緊迫感のようなものが周囲の空気を一気に圧した。
「ラスカだっ!ラスカだあああっ!」
「うわああああっ!!」
人々の視線の先に目を向けると、夕暮れの空にカラスっぽい生き物が飛んでいた。
群れは30羽ほどだろうか、それがこちらに向かって真っ直ぐ飛んで来る。
(理奈、ソフィーアに中継してくれ)
『はい、どうぞ』
(ありがと。ソフィーア、あの鳥の情報を出してくれ)
『ソフィーアより艦長へ。収集した情報を投影します』
カァー カァー
「……カァカァじゃねぇよ!」